25. 〜清也〜
見渡す限りの段ボール、段ボール、段ボール……さらに
いつのものかわからないカップラーメンの残り汁、少しだけ中身が残ったペットボトル。
俺は無心で手を動かし、段ボールやビニール袋にゴミを突っ込んでいた。
高く積み上げられた紙の山の1番上を指で摘んで手に取ると、その下には秋桜の花が入った透明な栞があった。
これは瑞希と撮影に行った秋桜畑で無料配布されていた栞だ。
それを思い出した瞬間、全身が熱くなった。
“好き”と言ったときの瑞希の赤くなった顔や震えた声が脳内に蘇る。
「どうしたら良いんだろう……」
俺はたしかに瑞希が好きだ。
だけどそれが恋愛感情と呼べるものなのか確証が持てないでいた。
今までの恋愛経験の少なさをここで悔いることになるとは思わなかった。
「ん? なんだこれ」
ベッドの下に小さな機械があった。
再生、録音などのボタンがあるからボイスレコーダーだろうか。
興味が湧いてうずうずしながら再生ボタンを押してみると澄んだ歌声が聴こえてきた。
光穂の声だと確信する。
聴いたことがない曲だから、彼女が作曲した曲のアイデアかもしれない。
そうやっていろいろと推測していると、短い30秒くらいの歌は終わってしまった。
今度はじっくり聴こうと、他にはなにも考えずに曲だけに集中した。
歌詞はないが、音の高低のひとつひとつに引っ張られるように聴き入る。
太ももに置いていた手の甲に一滴の液体が落ちた。
慌てて目元を触ると指先が濡れた。
自分でも信じられなかった。
メロディとその歌声だけで泣いてしまうなんて。
2回目の再生が終わった後も涙は溢れて止まらず、少し声を漏らしながら泣いた。
しばらく泣いたら心がすっと軽くなったような気がした。
それは涙を流したことにもよるだろうが、光穂の美しい声によって心が浄化されたようにも感じる。
3回目に聴いたとき、胸がぎゅっと締め付けられる気分だということに気付いた。
不思議な気持ちで俺は家で1人で首を傾げた。
レコーダーは机の上にそっと置いて、今度はクローゼットを片付けだした。
クローゼットもハンガーに掛けていないスーツが何着もあって悲惨な状態である。
昨日着たばかりのスーツを手に取ってハンガーに掛けようとする。
すると、鼻にふわりと自分のものではない香りが届いた。
瑞希の甘い花の香りだ。
女性らしい包まれるような香り。
先ほどまで忘れていた告白のことをまた思い出した。
心臓がまたどくどくとうるさい。
この日の夜は瑞希が夢に出てきた。
どんな内容だったかは覚えていないが、それだけはたしかだった。
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