11. 〜光穂〜
「じゃあ1ヶ月後、モデルよろしくね」
清也との約束をした後、私は友達に相談して化粧水や乳液やパックを購入した。
今まであまり美容には興味がなかったし、そういう話題を出すことすらなかったので友達にさんざん冷やかされた。
でもなんだかんだ言って真剣に相談に乗ってくれた。
パックのパッケージを開ける。
花のようなふわりとした香りがする。
なんだか女性の香りという感じだ。
未だに目が見えない自分がモデルで良いのかとぐるぐると悩んでしまうが、なによりも私は彼の真摯な想いに感化された。
彼が情熱を注ぐもの、それが私の苦手なカメラであったとしても、協力できるならばしたいと思ったのだ。
今では毎日のスキンケアとヘアケアはすっかり日課となっている。
「光穂、最近肌とかすごく綺麗だよね」
私の努力に初めて気付いてくれたのは理人だった。
髪を切ったなどの細かいことによく気付くタイプだとは知っていたが、それにしても改めてすごいと思う。
もっと女子からの人気が出ても良いと思うのだが。
「気付いた? 今度ね」
清也との約束のことを話している間、1人で話しているのかと錯覚するほど静かだった。
話し終わったときの「そうなんだ」という相槌は元から機械音ではあるのだが、より無機質に聞こえた。
母が運転する車が家に着いた。
玄関に入るなり自分の部屋に入り、普段はすぐ部屋着に着替えるというのに今日は制服のまま発声練習を始める。
どんどん高音になっていき、それにともなって声が発せられる位置が頭の頂点あたりに移動していく感覚。喉が揺れている感覚もする。
“自分、声を出してるなあ”と思わされるようなこの感覚が私は好きだ。
それから「Ah」だけで自由に歌う。
家に帰る車の中で聞いていた道路の様々な音……例えば小石がじゃりっという音、エンジンをふかす音、タイヤがアスファルトと擦れる音、こういった音からインスピレーションを受けた即興曲だ。
初めは車が走り出すシーン、そして車内に入り込む風や窓の外に広がる景色の爽快なシーンが続き、車が走り去っていくシーンでこの曲は終わる。
最も盛り上がる部分は私の声域的にはかなり限界に近いのだが、その部分がなんと気持ち良いことか。
つい手が動きつつクライマックスに向かう歌。
そのときドアがノックされ、脳内に広がっていた風景はすうっと消えた。
「ごめんね、歌ってるところ」
母だ。なにやら紙の音がする。
「今日入ってたチラシのことあなたにどうしても言いたくなったの」
「チラシ?」
母によると、とある有名音楽家が主催する作曲コンクールが隣の区で開かれるという。
声でも楽器を弾いても打ち込みでも良いというが、ジャンルは私が好きなクラシック調がテーマ。
冬……つまりあと4ヶ月後が締め切りだ。
私は歌うことや音楽を聴くことは好きだが、作曲の経験はない。
「私、光穂が即興で歌う曲素敵だなあって思っていつも聴いてるの。良いチャンスなんじゃないかなって思ってね」
母が私の将来を考えて持ってきてくれたのはわかっている。
でも作曲ってどうしたら良いかわからないし……そう思っていたが、グランプリの特典に惹きつけられた。
主催の音楽家が指揮をとり、日本を代表するオーケストラが演奏をしてくれるというのだ。
それを聞いて私はすぐに、
「私やってみる」
と決断した。
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