002 治療

#002 治療


 俺は別室に運ばれた。金属のゴツゴツした上に抱えられて余計に気持ち悪くなったが、吐く気力もない。


「神官様が到着されました。あなたの怪我を見てくれますから大人しくしててくださいね」


 マリーさんが親切に現状の説明をしてくれるが、俺の頭はガンガンしていて聞き流している。


 初老の男が俺の体に手を当てて何やら呟いたかと思うと、手を当てている部分から激痛が走った。


「む、これはいけませんな。魔力回路が歪んでいます。肉体的には頭部の打撲が重症ですな。このままでは後遺症が残ってしまいます」


「治療は可能ですか?」


「頭部の打撲は可能ですが、後遺症はわかりません。症状によります。

 魔力回路はしばらく安静にしてみないとなんとも言えませんな。

 とりあえず打撲だけ直しておきますぞ」


 男が頭に手を置くとまた何やら呟いた。


 その手から光が出て俺の頭を覆っていく。


 ああ、痛みが引いていく。最後に一瞬痛みがあったが、すぐに無くなった。


 俺は安堵のせいか意識を失った。







 俺は尿意を覚えて目を覚ました。どうやらどこかのベッドに寝ているようだ。病院と言うわけではなさそうなので、どこかのホテルだろうか。


 とりあえずトイレだ。


 ベッドのあった部屋からドアを開けて出ると、ソファーなどが置いてある応接室のような部屋があった。どうやらホテルのスィート的な場所らしい。


 正面に扉が二つあったのでどちらかがトイレだろうと開けてみると、小さな個室があった。どこかの事務所かと思うほど狭く、小さなテーブルと椅子があるだけだった。

 そしてそこにはメイド服を着た女性が座っていた。


「あ、起きられたんですね。お体は大丈夫ですか?」


「あの、どちら様でしょうか?」


 初めて会う相手に上手なコミュニケーションが取れるほど社交的では無い。なんとか捻り出したのは相手の素性を問う内容だった。


「失礼ました。私はあなた様のメイドを担当させていただくクレアと申します。今顔を洗うお湯を持ってきますのでお待ちくださいね」


「あ、ちょっと待って!トイレの場所だけ教えて!」


 顔を洗うのなんて二の次だ。まずはトイレだ。


「あ、隣の扉がトイレになります。使い方はわかりますか?」


「大丈夫ですよ」


 トイレの仕方も分からないほど幼くは無い。というかこの歳で分からなかったらなんらかの病気だろう。


 クレアさんが部屋から出て行ったのをみてから、隣のドアを開くと確かにトイレのようなものがある。ぼっとん便所と言った風情だ。

 穴が開いていて、横には足を置くのだろう板がついている。


 もしかしてここは田舎なんだろうか?今時ぼっとん便所なんて存在するんだ。しかも部屋にぼっとん便所がついているという事は回収とかどうしてるんだろうか?


 とにかく出すもの出して多分トイレットペーパーだろう紙でお尻を拭くと、ソファーに座り込んで現状を確認する。


 こんな部屋は見た事もないから知らない場所だ。これは間違いない。ベッドはふわふわで高級品っぽいし、ソファーも皮張りで高そうだ。他に置いてある調度品も壊したら弁償しきれなさそうだ。



 まず俺は神崎仁、37歳。ブラックな職場で十五年働いてきた。部下も数多く持ったが一人とて会社に残っていない。大体一年も持たずにやめていくからだ。給料は少なく、ボーナスはなし。一応国民の休日は休みに設定されているが、休日出勤が多く、まともな休みは取れなかった。有給なんてとんでもない。一応数字上存在するのは知ってるが、申告の仕方すら知らない。


 うん、自分の事は分かってるな。


 じゃあ現状だが、豪華な部屋にいる。そして隣の狭い部屋にはメイドが控えていた。トイレはぼっとん。うん訳分からんな。



「お待たせしましたお湯をお持ちしました」


 色々と想像を巡らしているとさっきのクレアさんとかいうメイドさんが戻ってきた。手にはお湯の入ってるであろう桶と手拭い。どうやらあれで顔を洗うらしい。


「ありがとうございます。

 あの、怪我を直してくれてありがとうございました。このお礼は必ず・・・」


「ああ、怪我に関してはお嬢様が手配されたのでお礼はお嬢様に言ってください。私はただのメイドに過ぎませんので」


 お嬢様?って事は俺はどこかの良いとこのお嬢様に助けられたって事?

 いや、それならこの豪華な部屋も納得できるんだが、ぼっとん以外は。


 だけどそんな金持ちに知り合いはいないし、昨夜は俺のアパートの近くだったはずだが、近くにこんな高級マンションはなかったはずだ。


 とりあえず顔を洗って落ち着くか。


 持ってきてもらった桶に入ったお湯はちょうどいい温度で顔がさっぱりした。タオルで顔を拭くと頭がリフレッシュしたような感覚になる。


「ふぅ。

 それでクレアさん?俺は今どうなってるんでしょうか?」


「召喚者への説明は誤解がないようにお嬢様がされる事になっていますので、私からは説明しかねます。

 ですが、あなたはこの屋敷で客人として迎えられていますので、ゆっくりされて結構です。お世話は不詳このクレアがさせていただきますので、御用があればお言いつけください。先程の部屋が私の待機室となります」


 どうやら俺つきのメイドと言ったのはまさにその通りで、俺専属のメイドという事らしい。


「それと私の事はクレアと呼び捨てにしてください。メイドのさん付けなどするものではありません」


 怒られてしまった。だけど呼び捨てかぁ。女性を呼び捨てにするとセクハラで訴えられる可能性もあるけど、自分から言ってきたしな。


「クレア」


「はい」


 なんか照れるな。


「そのお嬢様という人とはいつ頃話せますか?」


「今日の夕方には帰ってこられるかと思います。

 まずはお食事でもいかがですか?簡単ですが朝食を用意させています」


「ああ、じゃあいただこうかな」


「では食堂にご案内いたします」


 ついてくるように言うので、一緒に歩いていくと、途中にある窓からは緑あふれる風景が見えた。とても日本にある風景とは思えない。どっかの国立公園とかじゃないだろうか。

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