012 魔道具屋

#012 魔道具屋


 この世界にやってきてから数日、俺は何もせずにのんびりと過ごしていた。


 だけど、ただのんびりするのにも限界がある。この世界にはスマホも漫画もないのだ。だからクレアに何か簡単な仕事がないか聞いてみた。一応暇つぶしというのを強調しておいたので何か適当な作業でも割り振ってくれるだろう。


「ジン様、リリアーナ様がお会いしたいそうです」


「ん、分かった」


 冒険者登録をジンで登録してからはクレアにもジンと呼ぶようにお願いした。カンザキとは呼びにくかったそうで、歓迎された。


 リリアーナさんの執務室に行くと、机に書類が積み重なり、崩れ落ちそうになっていた。あんな量どうやって処理してるのだろう。いくら紙が分厚いからって積み上げすぎじゃないだろうか。


「あ、ジン様、少しお待ちくださいね。切りの良いところまでやってしまいますので」


 うん、それは良くわかる。途中で止めると、再開するときに結局もう一度最初から確認する羽目になるんだよね。


「お待たせしました。

 えっと、クレアから聞きましたが、何か仕事を探しておられるとか。何かお金が必要な事でもありましたか?この間ので足りないようでしたらまた用意しますが」


 いや、あの金は全く使ってないから。というか金貨で払える場所なんて限られてるよ。覚えてるうちに銀貨に交換しておいてもらわないと。


「いえ、毎日ボーッと過ごすのも悪くはないんですが、何分することがなさすぎて暇になってきまして。仕事とは言いませんが、何かする事がないかなと」


「そうですか。でもする事と言ってもお客様であるジン様を働かせられるような事はないんですよね。基本使用人で賄えてますし。

 あ、冒険者登録をしたとの事ですけど、そちらはどうですか?あまり危険な事はして欲しくありませんが、街中の仕事とかもあるそうですし、暇つぶしにはなると思うんですけど」


「それも考えましたがどうも、本格的な仕事になるとまだ抵抗感があって。

 なんせ元の世界では寝る以外の時間は全て仕事に使っていた生活をしてたもんで、しばらくは本格的な仕事はしたくないんですよ」


「うーん、それだと手伝いレベルになりますが・・・ああ、そうですわ。ジン様は大工仕事の経験はおありですか?」


「まあ簡単な工作程度なら」


「それでしたら、馬小屋の屋根の修理とかどうでしょうか?急ぎでもありませんし、板の張り替え程度の仕事ですし。もし出来なくても職人を呼びますから失敗しても大丈夫ですよ。暇つぶしにはちょうど良いのではないでしょうか」


 おお、そういうのを待ってたんだよ。


「それなら俺でもなんとかなりそうですね。やってみます」


「資材も手配してませんのでそこからお願いする事になります。街中を散策する気持ちで出歩かれてはどうでしょうか?それも暇つぶしになるかと思いますよ」


 それも良いな。なんせ異世界の街だ。スラム位しか見てない俺が楽しめる要素は多いと思う。というか何で仕事探す前にそれを思いつかなかったんだ?休みといえば部屋でぼーっとする位しか思いつかなかった社畜時代が悪いと思う。たまの休みの日には1日ぼーっと過ごしてたからな。


「クレア、街を案内して差し上げてください。今日は馬車を使う予定はないので使ってもらって大丈夫です」


「あ、いえ、歩いて回りたいので馬車は大丈夫です。クレア、歩きになるけど大丈夫?」


「私は大丈夫ですが、王都は広いですよ?歩きだとあまり見て回れませんが」


「どうせ時間に縛られないし、のんびり行きたいんだ。この屋敷の周りを見るだけでも時間潰しになるだろうしね」


「そうですか。では厨房にお弁当を用意させますね。あ、それとも外で食べられますか?屋台なども楽しめますよ」


「じゃあせっかくだから屋台にしようか。あ、リリアーナさん、もらった金貨なんですけど、使いにくいんで銀貨に替えてもらっても良いですか?」


「ああ、そうですね。屋台で金貨は使えませんからね。気がつかなくて申し訳ありません。すぐに用意させます」




 俺は銀貨や銅貨を追加でもらって街に繰り出した。


「クレアは普段休みには何をしてるの?」


「編み物でしょうか。レース編みを嗜んでいます」


「編み物かー。ずっと小さなこと続けるのってしんどくない?」


「まあ肩は凝りますが、小さい事に集中していると普段の仕事を忘れますので良い気分転換になりますよ」


 まあ趣味ってそんなもんか。俺って趣味ないからなあ。でも編み物なんて興味もないしな。ある意味馬小屋の屋根の修理の方が興味がある。DIYは仕事に忙しい人に人気の趣味だからね。


 歩いていると、リリアーナさんの屋敷が他と比べても大きいのが分かる。他も豪邸と言って良いほどなんだけど、やはりサイズ感が違う。貴族の格によって屋敷の大きさとか決められてるんだろうか。

 でも同じ貴族でも収入は色々だろうしな。それに豪商とかだと屋敷持ってても不思議じゃないよね。そんなのもこの中には含まれるのかな。


 屋敷の違いを見ているのも楽しかったが、しばらくすると普通の家が並び始めた。どうやら一般区画に入ってきたようだ。

 でもやはり家としては大きな方だと思う。スラムからの帰りに見た家はもっと小さかった。日本の家よりも小さな戸建てだから結構狭いんじゃないかと思う。


「クレア、この辺はどんな人が住んでるの?」


「そうですね。法衣貴族でしょうか。領地を持たない貴族の事で国の文官として働いています。一般家庭よりも給料がいいのと、信用の面から貴族街の近くに家を持つことが多いようです」


 なるほど。治安の問題もあるのか。


 さらに進むと大通りがあった。馬車が何台もすれ違えるような大通りだ。脇には屋台なども並んでいて活気がある。


「何か屋台で買ってみようか。あそこの串焼きとかはどうだ?」


「タレのかかった串焼きですか。よろしいのではないでしょうか。塩だけの串焼きも美味しいですが、タレのはもっと美味しいです」


 買ってみると、どうやら豚肉のようだ。脂が乗っていて美味しい。隣ではクレアが美味しそうに食べているので、この世界でも美味しい分類に入るのだろう。


 串焼き屋の隣には果実水を売っている店があり、どうやら柑橘系のフルーツの汁を混ぜた水のようだ。思ったよりも果汁が入っていて美味しい。冷えてないのがネックだが・・・あ、冷えた。これってあの力だよね。ふと思った事にも発動するのはなんとかして欲しい。


「どこか見たい場所はありますか?この辺は商業区ですので買い物なら大抵の物はありますよ」


「そうだね。魔道具を見てみたいかな。俺の世界にはなかった物だからね。面白いものがあるといいんだけど」


 魔道具自体はリリアーナさんの屋敷でも普通に使われていた。灯りの魔道具や温水を出す魔道具に火を出す魔道具。どれも魔石というのを燃料に使っているそうだ。


 魔石は魔物の心臓付近にある黒い石で魔物の強さによって大きさや密度が変わるらしい。普段使う程度の魔道具ならゴブリンの魔石でも充分なのでそれなりに安価に手に入るとか。



 クレアに案内された魔道具屋は大きな商会らしく店構えも立派だった。公爵家とも取引のある店だそうで、品質に間違いは無いそうだ。


 中に入ると、品物が並べられているのかと思ったら受付が二人と右側に商談ブースがあるだけだった。適当にみて回ろうと思ってたのに、どうやらこの店は要望を聞いてから出してくるタイプの店だったらしい。


「すいません、何か珍しい魔道具でもないかと思ってこさせてもらったんですけど、何かないですか?」


「珍しい、ですか。流石にその指定ではご紹介しかねますが、もうちょっと具体的な目的みたいなものはありませんか?」


 確かに珍しいだけじゃ何持ってくればいいのか分からないよね。


「うーん、じゃあ遠くの人と手紙のやりとりが出来るような魔道具はないですか?」


「それならございます。そちらの商談ブースでお待ちください」


 あるんだ。手紙の配達になるのかメールみたいになるのかは分からないけど、あると便利だと思うんだよね。


「こちらになります。

 お互いの魔力を登録すれば書いた内容が相手の魔道具にも表示される仕組みになっています。

 使用する魔石はAランクです。魔石一つで大体20回ほど使えます。

 お値段は1億5000万Rと魔石が300万Rになります」


 たけーよ。


「えっと、お互いが持ってないと通信できないんですよね?すごく使いにくいように思うんですけど」


「そうですね。軍が使ってくらいで、一般では使われていません。珍しいものという指定でしたので」


 ああ、そういう方向性だったのね。今回のはまじで便利なものが見たかったんだけど。


「お気に入られなかったようですね。他に何かご指定はありますか?」


「魔物避けの結界とかありますか?」


 薬草採取でも魔物が出ることがあるらしいからね。携帯に便利なものがあればと思ったんだけど。


「こちらになります」


 なんだか二人で1m位のでっかい石を持ってきた。


「魔鉱石という金属を含んだ鉱石になります。中には魔物が嫌う波長の何かが発せられているとかで半径10mに魔物は近づきません」


 この1mのサイズの石で半径10m?需要あるのか?これ一つ運ぶのに馬車が一台必要になるぞ。


「売れるんですか?」


「いえ、一度も売れた事はありません。当商会のお抱え職人が作ったものですので商品としておいてはいますが、売れるとも思っておりません」


 なるほど、ある意味珍しいものだな。ネタ枠だけど。


「じゃあ実用品として、灯りの魔道具はありますか?光の方向を指定できるようなものがあるとありがたいです」


「ただいま持ってまいります」


 どうやらあるらしい。ランタンとかもあるんだけど、ペンライトみたいなのがあると、便利かと思ったんだよね。


「こちらになります。

 明るさは足元を照らせる程度、方向は1m先で1m四方くらいに明かりが届きます。魔石はFランクで1時間ほどです」


 ふむ、悪くはないけど、魔石の持ちが悪いな。


「魔力を直接流すようなのはありませんか?もしくは充電式とか」


「魔力を直接流して使うのは作ることは可能ですが、手が離れた途端に消えてしまいますので商品としては取り扱っておりません。ご入用でしたら職人に作らせますが。

 それと魔力の充填は不可能です。魔石は消費したら灰になってしまいます。途中で補充しようとしても爆発するなどの危険があります。なので未だに実用化に至っておりません」


 ないのか、残念。


「面白いものが見れました。ありがとうございました。今度は実用的なのを買いにきますね」


「ありがとうございました。またのお越しを」


 うん、時間潰しには良かったんじゃなかったかな。受付さんには買う気がないならくるんじゃねーよ、とか思われてたかもしれないけど。


「クレア、どこかで食べて行こうか。美味しい店とかある?」


「それでしたらお任せください。先日同僚が行ったと言う店の焼き菓子が美味しかったそうです」


 いや遅い昼飯の店の話だったんだけど。まあいいか。



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