043 刺繍
#043 刺繍
あまりにも暇なので何か暇つぶしがないかと聞いたら、裁縫や刺繍を勧められた。
本来は女性がやるものなのだが、この屋敷には女性しかいない。なので教えられるのがそのくらいなのだ。
裁縫は家庭科の授業で習ったまつり縫い?くらいしか知らないが、基本はそれほど変わらないらしい。2重に縫ったり細く縫ったりと違いはあるが、専門家でもない限りはただ縫い合わせるだけだろうな。
俺は最初に作るのに何が良いか聞くと、ハンカチらしい。布が小さく、失敗してもやり直しが効く。最悪トイレ紙代わりだ。
布の周囲を折り曲げて縫い付け、端を綺麗にする。本当は2枚張り合わせたりとかいろいろあるらしいけど、糸が見えないように縫うのが難しいらしいので一番簡単なのでお願いした。
公爵家の客人である俺が使うには相応しくないが、練習用だし構わないだろう。
そしてそれを一度洗ってもらい、アイロンをかけてもらう。アイロンは魔道具らしい。一般市民はアイロンなんてかけないので貴族だからこそだ。
そして平らになったハンカチもどきに刺繍を加える。
木の丸い台座があり、そこにピンと張って固定する。そして色のついた糸でチクチクと柄をつけるのだ。
メイドの一人が柄の見本を持ってきてくれたのでそれを参考に縫い付けてみる。柄は下書きとして色石というまあそのまま色のついた石で下書きをしてその上に糸を縫い付ける。色石の色は洗えば落ちるらしいので書き直しは可能だ。
うん、微妙に歪んだ花の模様が出来た。子供が書いたチューリップのような作品だ。
でもまあ初めての作品だ。これはこれで記念にしまっておこう。
「ジン様、暇でしたらお茶でもしませんか?今日は天気もいいですし、お外でいかがですか?」
リリアーナさんからのお誘いだ。断れない。というか本当に暇だから断る理由がない。
「まあ刺繍をされたんですか?まあ男性でもこっそりと趣味にされてる方もいらっしゃいますし、構いませんけど、剣とかはもうよろしいのですか?」
「ええ、ゴブリンは倒せることが分かりましたし、俺の中ではけりがつきました。正直俺が魔物をバッタバッタと倒してる姿が思い浮かびません」
「ふふ、限界を知るのも大事ですよ。無理をすれば死が待ってるのがこの世界です。商人ですら無理して早く運ぼうとして馬をダメにして命からがら街に戻るものもいるんですよ?
剣だろうが魔法だろうが、魔物と戦うということは命のやり取りをすると言う事。負ける可能性も考えないのは無謀というものですわ」
ごもっともで。だけど男としてゴブリンより強い事くらいは証明したかったんだ。村人Aでも3人いれば倒せるというゴブリン。ちゃんとした装備してれば俺でも倒せると思ってもおかしくないと思う。
まあギリギリだったけどね。
クレアとリズがいたので安心して戦えた。一人だったら3体いた時点で逃げる以外に選択肢はなかった。
「それはそうと、刺繍を見せていただけませんか?私も多少は嗜みますので」
「えっと、あれを見せろと?子供の絵の方がマシな出来なんですが」
「最初はそういうものですよ。下絵を誰かに書かせてなぞるところから始めます。糸のとおしが一定でなくてきつい場所があったりゆるい場所があったり。
私も最初に作ったハンカチは数日で糸がほつれたものです」
それなら見せても大丈夫かな?
クレアに言ってハンカチを持ってきてもらう。
リリアーナさんがそれを見て少し固まった。
「ジン様、これはちょっと・・・個性的ですわね」
一応花には見えると思うんだけど。
「ちゃんと下絵に合わせればもうちょっと綺麗に出来るものなんですけど」
ありゃ、下絵も自分でやったからな。人にやってもらおうなんていう意識がなかったから参考になる本から見様見真似で書いたからなあ。
「自分で下絵を書くのは結構難しいですよ?慣れてくると下絵なしでも刺繍が出来るようになりますけど、そういう人でも下絵が書けない人もいます。色石で絵を描くのは結構難しいんですよ」
そうか、俺のセンスがなかったんじゃなくて色石の技術が難しかったんだな!
「ですが、これはちょっと・・・」
ちょっとなに?そんなにひどい?
「どこの植物の魔物なのかと思いましたわ」
いや、確かにちょっとゆがんではいるけどね。ちゃんと花だよ?葉っぱもあるし、花弁もあるよね?
「普通は花の部分を強調して大きくするものですわ。葉っぱは花に添える程度で。色のアクセント的なものですわね。これでは葉っぱがメインの柄になってしまいます。それに実物よりも花が小さいような?」
うん、最初に針を差し入れた場所が悪かったらしくて花の大きさが小さいんだよね。言われてみれば葉っぱのほうが目立つかも。
「それに・・・」
何?まだあるの?
「きつく縫ってあるのですぐに洗うと切れるかもしれませんね」
あ、つい力が入っちゃってね。でも大丈夫。使う予定ないから洗わないし。
「他の布と擦れても切れる可能性がありますよ?」
だ、大丈夫。箱かなんかに入れておくから。記念品だからおかしくないよね?
「まあジン様の気持ちも分からなくはないですが、いくつか作ってみて一番良いものを保存しておけば良いのでは?」
いや、最初に作ったから価値があるんであって、何度も作って一番いいのってなったらただのハンカチだから。
「ちなみにリリアーナさんが作ったハンカチはどんな感じですか?」
ちょっと風向きが悪いので話を振ってみる。
「これですわ。自分で使う分のハンカチは自分で刺繍するようにしてますの。パーティーなんかで使ってる時に話題になることがあるので。自分で作ったものなら話も広がりますしね」
「そうですか。見せてもらっても・・・」
どこかの売り物にでもありそうな綺麗な図柄が描かれている。
「これをご自分で?」
「ええ、下絵は書いてもらいましたが、刺繍自体は自分で縫ったものです」
なるほど。これが貴族の女性の実力か。伊達に趣味にはしてないな。
敗北感を覚えながらも褒めて見せた。俺ってこんなにいじっぱりだっけ。
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