034 狼

#034 狼


「身分証を」


「これでいいですか?」


 王都の門だけあって出入りには身分証が必要だ。俺は冒険者証を出したが、クレアは別の書類を出していた。


「ああ、大丈夫だ。

 クレアさんは公爵家の使用人か。問題ない通っていいぞ」


 外に出る時はこの程度の確認でいいらしい。あくまで危険人物が出ていくのを防ぐためだとか。入るときはもっと厳しいらしいんだけどね。



 街道を西に歩く事1時間、北の方に森が見える。


「あそこが目的の森か。思ったより遠いな」


「このくらい離れてませんと魔物の発見が遅くなりますので。浅い場所ではそれほど強い魔物は出ませんが、たまに奥の方から出てくる強い魔物が王都を襲うことがあるのでこの位の距離は必要なんです」


 そうか。魔物のいる森だったな。


「あれ?浅い場所にも魔物は出るの?奥に行くと危ないとは言われたけど」


「もちろん出ますよ。スライムとかゴブリンとかですけどね。これらは世界のどこに行ってもいますし。冒険者なら逃げるくらいは出来ますから注意されるのはオークくらいからです」


「つまりこれから採取する場所にもスライムやゴブリンが出るってこと?」


「はい。一応私も注意しておきますが、ジン様も油断されないようお願いします」


 奥まで行かないと魔物が出ないんだと思ってたよ。薬草採取、全然安全じゃないじゃん。


「ジン様、一応申し上げておきますが、魔物すら出ない場所にあるような植物の採取を冒険者に依頼すると思いますか?自分で取りに行けばただで手に入るんですよ?」


 ごもっともです。


「スライムやゴブリンはどのくらい強いの?」


「スライムはひっつかれなければ問題ありません。動きも遅いので見かけてから離れても十分です。もしひっつかれたら火傷覚悟で火を使うのが一番です。

 ゴブリンに関してはどこまで進化してるかによりますが、一番弱いのでしたらスラムの子供でも勝てます」


 良かった。手ほどきを受けた程度のクレアでも勝てるなら逃げるくらい俺でもなんとかなるだろう。



 街道から一番近い場所から森に入る。


 最初は外の明かりが入っていた木々の間もだんだんと暗くなっていく。


「この森ってどのくらい広いの?」


「さあ?ただ冒険者が2ヶ月進んでも果てが見えなかったと言う話は聞いたことがあります」


「あれ、でも西側にも国があるよね?その辺から考えれば大きさは分かるんじゃないの?」


「外部から見た森の大きさはわかっています。大体直径が冒険者の足で1月ほどです」


「ん?冒険者が2ヶ月進んでも果てが見えなかったんだよね?」


「はい。なのでなんらかの理由で空間が歪んでいるか、異界に繋がっているか、幻覚でも見させられているか。理由はわかりませんが、実際に横断するとなると不可能だと言われています」


 そんな不思議空間が王都の近くにあっちゃダメでしょう。


「もともとこの王都はこの森攻略の最前線でした。ですがいくら魔物を倒しても木を切り倒しても森は小さくなりませんでした。

 ですがこの森からの恵みは非常に有益で、交易の拠点となっていたのです。

 なのでこの国が大きくなった時に、国土の中央付近で一番潤っているこの街を王都と定めたのです」


 なるほど。

 でも直径が一月なら浅い場所も広そうだし、安心して薬草採取が出来るだろう。





「ジン様、申し訳ありません」


「ん?何かあった?」


 薬草の集まりが半分くらいになったあたりでクレアが話しかけてきた。


「囲まれたようです」


「何に?」


「おそらく狼だと思うのですが・・・」


 え、魔物に囲まれた?!大変じゃん!


 その瞬間俺の後ろから何かが飛びかかってきた。いや、狼だとは思うんだけどね、状況からして。後ろだと分からないんだよ。


 俺が首を竦めると頭の上を飛び越えて俺の前に着地した。首を落とされた状態で。


 それを皮切りに次々と襲ってくる。



 ・・・すべての狼の首が切断されて目の前に山になっている。


 クレアさん?これは”さん”付けの要件ですよ?


「メイドとして当然の事をしたまでです」


 いや、ちょっと待とうよ。

 クレアが俺よりも強いのは良いとしてさ、なんで一瞬で3頭もの狼が死んでるのさ。


「メイドたるもの、主を守るためには狼程度倒せなくてはなりません」


 いやだからね?1頭くらいならそれで片付けてもいいと思うんだけど、3頭だよ?それも一瞬だったよ?最初の一頭以外は俺のもとにたどり着きさえしなかったよ?


「最初の一頭をジン様の元まで辿り着かせてしまったのは私の不徳といたすところ。如何様にも罰を受ける所存です」


 いやそう言う話じゃなくてさ。

 メイドさんの戦闘力って、逃げる一瞬を稼ぐための肉壁じゃなかったっけ?


「さあ、薬草採取を続けてください。周囲の警戒は私がしておきますので」


 ねえ俺の話も聞こうよ。いくら狼は魔物じゃないって言っても一般人からしたら十分驚異だよ?返り血もつけずに倒してるし。


「あ、狼の肉は食べますか?あまりお勧めはしませんが、柔らかいところだけを抜き出せば食べれますよ?」


 はぁ。


 まあいいや。あ、食べれるならお昼にお願いね。俺は薬草とってるから。


 なんかメイドさんってなんだろうって黄昏たい気持ちだよ。



 狼の肉はそれなりに美味しかった。ちょっと筋ばってる感じもしたけど、これはこれで癖になりそうだ。ジャーキーとかにして濃い味付けにしたら酒のつまみになるんじゃないだろうか。




「はい、依頼の達成ですね。報酬の銀貨二枚です。お疲れ様でした」


 一応依頼は達成したけど、やっぱりあの狼は納得いかん。


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