第4話 ムード一色(頼朝side )

「親父も、おふくろも、喜ぶかな?」


 ──今からちょうど一年前。


 赤いパーカーに黒いスキニーで眼鏡姿である、今年で17歳で高校2年生になった俺の名は柊頼朝ひいらぎよりと


 俺は自宅で幼馴染おさななじみの彼女と和気あいあいと仲良くパーティーの飾りつけをしていた……。


「今日はクリスマスだからね。二人とも共働きでしょ。疲れて帰ってきたら、きっと癒されて喜ぶと思いますわよ」


 彼女の名前は西都美希さいとみき


 ドライヤーで赤茶けたパッツン前髪のロングヘヤーを後ろにまとめて赤のリボンで縛り、ポニーテールの髪型をしている。


 彼女の年齢は頼朝おれと同じく、17歳の高校2年。

 灰色のトレーナーに赤いミニスカート。

 スカートの下には青のジーンズを履いており、元気で活発。


 おまけに底無しに明るい美少女アイドルのような顔立ち。


 さらに胸もFカップと凄まじく大きく、彼女が歩く度に、その物体もゆっさゆっさと揺れ動く。


 あれはマトモに直視出来ない。

 男を狂わす殺人兵器だ。


「ねえ、頼朝。大体終わったけどどうするの?

何か美希が、ちょちょいと手料理でも作ろうかしら?」


 不意に彼女が、さっき二人でスーパーの買い出しで詰めたばかりの冷蔵庫から、ガサゴソと6玉入りの卵パックを取り出す。


「いや、美希。ちょ、ちょっと待て!」


 俺は慌てて引き止めにかかる。


「何、どうかしたのかしら?

今日は、お好み焼きでも作ろうと思ってるんだけど?」

「……な、何だ、お好み焼きか。それなら安心だな……」


 俺はホッとして肩を撫で下ろす。

 

 前回のホットケーキの出来映えには色々と驚いたが、水で溶いた小麦粉に、刻んだ野菜を混ぜた品なら、さぞかしうまく仕上がるに違いない。


 あとは、ただ焼くだけだから焦げないように注意するだけだ。


****


 それから、しばらくして……。


「おっ、おい、これは何だ!?」


 食卓に置かれてある丸いお皿に載った、イカのゲソがスパゲティーのように乱雑にはみ出した、モワモワと紫の煙が漂う小麦粉だった物を指さす。


「何って、美希特製のお好み焼きですわ~♪」

「いや、どこから見ても幼稚園児による宇宙怪物を模写もしゃした粘土細工にしか見えないが……。

……これ、れっきとした食べ物だよな?」

「あ、失礼ですわね。形は見てくれでも味は保証付きなんですわよ。

──ほいっ♪」


 ルンルンと調子に乗った美希が俺の口にその異物をポイッと放り込む。


「……ほがっ、〇△□ー!?」


 俺は、あまりの痛快な味覚を味わい、床にバタンと倒れ、口から泡を吹きながらピクピクと痙攣けいれんする……。


「何、そんなに美味しいのね。ありがとうですわ♪」


 美希がお好み焼きを焼いたホットプレートに、ジュウと音を立て、新たなるお好み焼きの分身を焼く。 


 もはや、これは飯テロだ。

 このままでは俺の両親も危うい。

 今すぐに、その破壊調理人に染まったテロの手を止めてくれ……。


 ──そう、美希は掃除、洗濯などの家事は出来ても、料理だけは超下手だったのだ。

 彼女が作る料理でマトモな料理は出た試しはない。

 

 彼女自身の味覚がおかしいのか、味も食べられたものじゃなく、一口食べただけで地獄の扉が待っているのだ。


 おまけに薄味の味付けではなく、ボクシングのブロー並みに強烈な濃い味なパンチ力……。

 決して美味ではなく、常に舌にまとわりつく、からい、すっぱい、ほろ苦いの最強な後味も尾を引く三点セット。


 こんな食生活をしていると、いつかは倒れかねない。


 スーパーで安価に入手できるカップラーメンの方が遥かに健康的な食品だろう。


 そんな、食べ過ぎると生活習慣病へといざなう、魔のラーメン……、

 ……それを越える出来の手料理となると、もはや、食べ物ではない。 

 

 そんな食としても怪しい粘土の塊が竹串で貫かれ、ジェンガの積み木のように積もり重なって……。


「おい、美希。食べ物を粗末にするな!」

「だって、こんなヒラヒラの塊だからさ、ちょっと遊び心で……。

だからね、フォーティンアイスみたいに重ねたくならないかしら?」

「そうだな。フォーティンを過ぎた色っぽい熟女も素敵だな。

……付き合うなら年上もいいが、顔が幼いロリフェイスが好みだな。

……それでもって巨乳で『私、痩せてるせいか胸が重たくて肩がこりやすいんです。ダーリンなら、この恥じらいの気持ち分かりますよね?』とグイグイ攻めてくる女性なら、なおさら良くて……」

「あのねえ、美希はアイスの話をしてるんですよ?

……それなのに、何、熟女のお姉さん?

急に幼児退行したくなったのかしら?」

「はっ、幼児?

俺が何でだよ?」

「だから、ママさんみたいなのがタイプなんですよね?」

「いやいや、ちなみにバツイチも駄目だぞ。下らん恋愛観の違いで別れてほしくない。『……なら、なぜ結婚したんだ、ただ嫌なだけで別れるな。お前は子供じゃないだろ、生涯のパートナーって結婚式場で誓っただろ。

……お前は、それでいいのか!』って声を大にして言いたい……!」


「……やれやれ、相変わらず恋愛観に対してはお堅いですわ。だから、いつまでたっても人生の伴侶のパートナーが出来ないのかしら?」

「今、何かさらりとひどい事言ったか?」

「いいえ、何でもないですわ~♪」


****


「さあ、好評なんで、じゃんじゃん作りますわ~♪」


 怪しげな小麦粉の材料を混ぜながら、お玉に、その液体を入れて、ルンルン気分で再調理(リクエスト?)に取りかかろうとする。


「いや、止めてくれ、美希。

これ以上、砂遊びのような食べ物を作る危険なおままごとは止めろ……」

「えっ、何ででしょう。これ、美味しいですわよ?」


 具材を焼きつつ、その隙間時間にパクパクと、紫の小麦粉の塊を食べながら、おかしな感想を述べる。


「一体、お前の味覚センサーはどうなってんだよ?

とにかく料理は出前で注文するからさ」

「ぶーっ、散々な言われようですわ……」


 俺は何とか目の前の食事を食べ終え、被害を最小限に食い止めるのだった……。


「では、さらばだ。ぐぶっ……」


 その直後でバタリとぶっ倒れるのは目に見えていたが……。


****


 やがて、時刻は夜の10時。

 俺の両親はまだ帰ってこない……。


「ごめんなさい。もう遅いから帰るわ。ご家族によろしく言っといてね」


 倒れた俺を介抱していた美希が申し訳なそうに呟く。


「ああ、こんな遅くまですまんな。この埋め合わせはするから」

「ありがとう。駅前の喫茶店のイチゴとチョコたっぷりジャンボパフェですわよ」

「ははっ、ちゃっかりと一番高いデザートを……。

まあ、飾りの礼もあるからな。

……ああ、分かったよ」


「ちなみに三つですわ~!」

「なっ、あれ、1個で千円だぞ?

俺の財布がすっからかんになるじゃんか!?」

「まあまあ、可愛い女子から膝枕で介抱されて、文句言える立場じゃないでしょ」

「あ、悪魔な女王様だ……」

「きゃははは。長い付き合いなのに今さら何を言ってるんだか~♪」


 こうして、女王様は俺に飴と鞭と無茶を与えて、帰っていった……。


****

 

 美希が帰った後も、俺は寝ずに両親の帰りを待ちわびた。


 やがて時計の両方の針が12の部分にカッチリと重なった時、しばらくして玄関からドタバタと物音がした。


「ただいま~♪」


 その物音の正体は母だった。

 上下黒のスーツ姿だが、服装は乱れており、ベロンベロンに酒に酔っていた。 


 また、千鳥足ちどりあしでフラフラで歩くのもままならない。


「あれ、親父は?

一緒じゃないの?」

「ああ、あの男は、まだ編集部にいるわよ。本当つまらんよ。いい歳こいて考えが子供やし。

──誰のお陰でこの家におれると思っているのやら……。

ところで、いつものもらえる?」


 母は赤のハイヒールを脱ぎ捨て、俺に冷たい水を要求する。


 それから、部屋の飾りつけを見て、大いに笑い出す。


「あはは、めっちゃうけるんだけど。何、これ?

──あんたも、高校生にもなって、いまだにガキっぽいことするわね。クリスマスなんて、ギリストのイベントなのに、わざわざ祝ってさ」

「おふくろ、美希も手伝ってくれたんだよ」

「ああ。あの生意気なガキんちょか。私の息子に色目使ってからに……。

ヤりたいなら正直に言えつーの……」


 母は美希に会うときは、いつも優しく微笑んでいたのに、酔うと本音が飛び出すのか?


「……おふくろ、いくら何でもそれは失礼だよ」

「ああん、何さ。親に逆らう気かいな?

お前のプレゼントもケーキもないのに、人の家でこんな勝手なことをされてもねえ。まあ、クリスマスならもう過ぎたけどさ」


 その母が笑いながらバリバリと部屋の飾りをいでいく。


「や、止めろよ!」

「何、ムキになってるのよ。もうクリスマスごっこは終わりよ」


「あ、それから、母さんはあんなクズな父さんとは離婚するから。

──あんた、どうすんの? まあ、私としては面倒なんて見たくないんだけど?」


 何て無責任な大人なのだろう。

 父は何も不平も文句も言わず、いつも仕事を頑張っているのに……。

 

「あんな歳こいて、売れない少年漫画家だなんて、考えただけでむずがゆいわ」

「……おふくろ、もしや、漫画家を馬鹿バカにしてるのか?」

「あはは、あんなん紙切れでいたらぬ妄想を落書きしてからさ。どうせ子供騙しの職業やろ」


 ──その母の言葉にカッと感情的になった俺は、ケーキの近くにあった果物ナイフを握っていた。


 途中から勢いあまって眼鏡が外れたせいか、その後のことはよく見えていない。

 

 ただ、気がついて右片方が割れた眼鏡をかけ、様子をうかがうと足元に、苦しみもがく母が倒れていた。

 

 そして、忘れ物を取りに戻ったらしい美希が真っ青な顔で、泣きながらスマホで何やら通話していた。


 救急車、いや、警察もか……。


 しかし、10分後に来たのは救急車のみで警察の代わりに黒いローブの男がやって来た。

 

 それから彼の指示で、この施設に入れられて今にいたるのだ……。


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