第5章 今、まさに運命を塗り返す時

第12話 多彩なイベントを回避するために

「どうだ、俺はやりつくしたぜ……!」

「本当に呆れた自殺行為ね。まさかマンテと一緒に飛び込んでワニのえさになるなんて……」

 

 俺は死んだのにも関わらず、いさぎよくガッツポーズを決めながら例の場所に来ていた。 


 ここは、白いモクモクとした霧で覆われた世界、望まれない自殺者がさまよう無縁仏むえんぼとけの空間。

 

 だが、なぜか今回は記憶がある。


 あの死ぬ間際に彼女……いや、今、俺のそばにいる全身灰色タイツなミコトの声が頭に響いたせいかも知れない。


「あの後、マンテは何とか生き残り、周りのワニとあなたたちの姿を消したわ。

まあ、どの道、あいつに追い詰められた時点で負けだけどね。 

──だけど、最後まで望みは捨てずに諦めないで、とは言ったけどね……」

「なっ、懸命な判断だろ」


 俺の言葉にやれやれと溜め息をつくミコト。


「──だからって、突っ走っていってワニの群れに飛び込むなんて本当どうかしてる……。

食べられて肉片がほとんどなかったから肉体の修復が大変だったわ……」

「でも、こうやって今は無事じゃないか」

「私が話しているのは肉体の話。いくら魂が無事でも肉体がなかったらどうにもならないのよ

──まあ、そのお陰で大変なことが起きたけどね」


 ミコトが近くにあった黒いレザーのオフィスチェアに深く腰掛け、前屈みの体勢で俺に問いかける。


 胸がそれなりにあればいい悩殺ポーズになるのだが、彼女は残念ながらぺったんこである……。


「何だよ、それ?」

「あなたは今回でここに来れるのは終わり。次回で生き返れるのは最後よ」

「はあ?」

「無茶な死に方をしたせいで魂のエネルギーが急速に減っているの。このままだと天国や地獄でもなく、魂ごと消滅してしまうわ」

「それがどうした。だったら死ななかったらいいさ」

「……はあ。あなた、本当に父親に似て、楽天家ね」

 

 ミコトがやれやれと華奢な肩を伸ばし、すらりとした足を組みながら、不機嫌に顔をしかめながら答える。


「だから、これが最期のチャンスなの。簡単に生き返して、はい、さようならじゃすまないのよ──それで何か進展はあった?」

「吸血鬼が学校の地下に住んでいた」

「それは毎回聞いてるわよ」


 俺の心境は戸惑いな想いにさらされた。


 思っているままを口に出したのに何か悪いことを言ったのだろうか?


「──あっ、ごめん。今回も記憶を消したのに、その記憶が残っているんだったね。でも何で今回に限って……」

 

 ミコトが、俺の体を頭から足先まで見つめ、頭を捻りながらさっきから考えを悩ましている。


「私が自宅で由美香ゆみかになってしたせいで、感化されて記憶が維持されたのかな?」

「あん、何だって?」

「あなたは本当に鈍いわね。由美香は早朝から忙しい身なのに呑気のんきに朝食を作る暇なんてないわよ」

「じゃあ、パンに味噌汁とか、はし使いが悪かったのは……」

「そう、あの由美香は私が能力で変身した変装よ。本物は、すでに登校してるわよ」


「だから、キスも拒んだのか」

「そうよ、キスも……!?」


 何を妄想したのか、能面だった灰色顔から、いきなり火が出たかのように赤面しだすミコト。


 なら、あの巨大な不良娘を一蹴りでぶっ飛ばしたことや、雨どいを器用に伝って降りた脱出劇も納得できるが……。


「──って乙女に向かって何を言わすのよ!」


 彼女による、鉛色なお好み焼き円盤からの強烈な痛恨の一発。


『ガコン!』


「はぐぁ!?」


 俺は考えている最中に、頭からミコトにマンホールのふたをぶつけられて目をくらまし、転倒する。


「それ、こんな場所にもあるんだな……」

「ええ、人間という生き物がいる限り、下水道施設は無くてはならないものだから」

「それは、無念だぜ……」


 俺は、そのあまりの痛みと精神的ショックのせいか、そのままガクッと気絶した……。


****


 それから数分後……。


 俺は再び意識を回復し、ありのままを説明した。


 その話が途切れたところで黙っていたミコトが口を挟んでくる。


「その吸血鬼を助けようとして、今回も逃げられなかったのね。

──でも、進展はあったわね……ウイルスで吸血鬼を制御できるならマンテは治療薬も持っているはず。抗体とワクチンってほぼ一緒の意味だから」

「なら、話は早いな。早速さっそく……」


 俺は近くにある現実世界に戻れる穴の空間に身をかがめる。


「ちょっと待って、今のまま戻ったら、また殺されるわよ。きちんと作戦を立てないと」

「そうだな。最後だもんな」

「じゃあ、まだ考えを整理しないと……」


 いくらやり直せたとしても、次が最期となると……。


 二人してうーんと考えをめぐらす。


「……そうだな。やっぱりまた、潮干狩りの前に戻るぜ」

「だとしたら頼朝よりとは救えないわよ」

「いや、一つずつ確実に物語をクリアしていくんだよ。学校をサボって時を過ごして潮干狩りの日の事件を食い止める」

「……なるほどね。両親の死を防ぐのね。でも、その記憶を毎回消していたしげるさんが許すかどうかよね?」

「その繁の前で嘘を演じるんだよ。ミコトの能力なら簡単だろ?」

「なるほど。情報操作ね。伊達だてに学校に行ってるだけあり、少しは知恵が回るじゃない」

「……繁には、俺の両親は死んだと嘘の映像を流すんだ。いつも、それで見ているならそんな操作も簡単にできるだろ。

それに、もしバレても後からならいくらでも誤魔化せるさ」


 俺はミコトが座っている椅子の傍に置かれた、丸テーブルにある水晶玉を指さす。


 そんなミコトは固唾かたずを飲みながら、俺に視線を向ける。


「私、繁さんを騙すことになるのね。本当にそれで大丈夫なの?」

「あのなあ、俺は何回ここに来てると思うんだよ。そんな機転くらいできないとさ」


 俺はミコトを安心させるように、一輪の花を手渡す。


 俺が先ほど死ぬ間際に、学校の屋上の花畑でポケットに入れていた『幸福の花言葉』のタンポポを……。


 本当は、これは由美香にあげたかった。

 だが、今は緊急事態だ。

 この機に及んで身も蓋も変えられない……。


「……こ、これは何のつもりなの?」

「俺の形見だ。すべてが終わるまで持ってろよ」

「……それは縁起でもないわね」

「よく言うぜ。俺達の両親の命を何回も奪ってさ。ははっ」


 俺が高笑いすると、ミコトが不思議そうな顔をしていた。


 おっと、例え時を戻しても何度もやられる両親に対して、常識がなかったか。

 

 何度も生死を実感して、俺も人間としての感覚が鈍ってきている。

 

 普通なら人間は命を落としたら、それまでの人生だ。

 何回やられても生き返れるゲームとはわけが違う……。


「──さあ、ラストミッションだ。俺をあの日に生き返らせろ」

「分かったわ。今回は記憶は消さないわ。くれぐれもマンテの策略には気をつけてね」

「ああ、理解したぜ!」


****


 暗闇の中で俺は体を起こした。


 見覚えのある散らかった自分の部屋を見渡し、枕元にある目覚まし時計を見ると朝の5時を指している。


 俺は、ふと自分の体を触って指で確かめる。

 おそる恐る恐怖を抑えながら、右親指、手首と触れてみるが、どこにも異常はない。


 ──俺は無事に無傷の状態で息を吹き替えしたのだ。


 しかも、今回は鮮明な記憶もある。

 肉体の復活に先を読める記憶まであれば怖いものなしだ。


 俺はドタバタと学生服に着替えて台所へ行く……。


****


「あれ、竜太りゅうた。いつも私が起こしても遅いのに今日は早いんだね。

──でも、ごめんね。今日は朝練があるから朝ご飯を作る手間がなくて、冷蔵庫の中の食パン焼いて食べてて……。

──うん?

何、真剣な顔して。どうしたの?」

「由美香、確か両親が潮干狩りに行くんだよな。

今週の……、いや、明後日の日曜日か?」

「えっ?」


 白いスニーカーの靴紐を結ぶ、由美香の手が止まる。


「……そうだよ。お母さんから聞いたの?

やっぱりギリギリまで隠し通せなかったわね」


 由美香が、ばつが悪そうにこちらを見ながら口を開く。


「──で、日曜日の早朝から夜までは私達、二人っきりになるから。変な気を起こさないでよね。

──って何泣いてるの?」


 いつの間にか俺は泣いていたらしい。


 そう、この世界ではまだみんな生きている。


 改めて実感すると安心して涙が出てきた。

 

 ──もう、この世界では誰一人も俺の仲間の命を奪わせない。

 学校の試験で闘うかのように、心の中で何度もその言葉を反復させていた。


「由美香、いってらっしゃい」

「ありがと。ちゅっ」


 由美香が俺の頬に優しくキスをする。

 その突然の行為に俺の鼓動がバクバクと騒ぐ。


「……何、固まってるのよ。いつもやってるおでかけのキスくらいで。いつまで経ってもウブよね」

「いつもだと?」

「何、明後日あさっての方向見て、ほうけてるの?

竜太が言い出したんだよ。

……さて、明後日の日曜日は私はフリーだから、一緒に食材とかの買い物に行こうね」

「ああ、楽しみにしてる」

「ありがとう、じゃあね!」


 由美香が、大きく手を振りながら玄関のドアを開けると、夏らしい爽やかな風が吹き込んでくる。


 そのまま彼女は扉の外へと消えた。


「おい、ミコト!」


 由美香がいなくなったのを確認した俺は天井へと声をかける。


『何かな?』

「とりあえず、また由美香とラブラブ生活が出来ることに感謝するぜ」

『感謝もなにも、シスコンだからこの展開の方が萌えるんだよね?』

「ありがとな、気持ちは受けとっとくよ」

『いえいえ。思う存分、青春を楽しんでね~♪』


 しかし、このまま学校へ登校すると、前回のような衝撃的な結果が待っている。


 美希との朝の挨拶、忘れ物を届ける由美香、それに反感する二人の不良少女、マンテ教師からの誘いなど、学校でだて続けに重要イベントが起こる。

 

 ならば、学校に対しての行動を起こさない方が良い。


「ミコト!」

『はいはい、今度は何かな?』

「突然で悪いが、俺は今日は学校を休む。だけど、制服に着替えたのを由美香に見られたから、このままじゃただの仮病だ。バレたら由美香に怒られる。何か良い方法はあるか?」

『ふふっ、それなら簡単よ。そーれ!』


「うがっ!?」


 ふと、俺の体が鉛のように重くなる。

 すぐさま、全身を包む倦怠感けんたいかんと寒け。


 これは言うまでもなく、流行性感冒りゅうこうせいかんぼうによるものだろう。


「なるほど。俺に風邪を引かすとは考えたものだぜ」


 そのまま、俺はフローリングの床にぶっ倒れた。


「だが、やりすぎだ。体が動かないぜ」

『ええ、とびっきりの宇宙風邪をうつしたからね。どんな薬を飲んでも丸一日は動けないはず』

「そりゃ、由美香が帰ってきたら大変だな」

『まあ、人には感染しない風邪の病気だから安心して』

「それは、助かるな……」

 

 俺はとりあえず眠ることにした。


****


「あっ。竜太、大丈夫?」


 次に目を覚ましたとき、俺は自室のベッドに寝ていて、そこには一人の白いブラウス姿の天使がいた。


 水の入れた洗面器に白いタオルを染み込ませ、それを絞っている。

 

 それから、そのタオルを俺の額に乗せる。

 おでこがひんやりとして気持ち良い。


「ありがとう。由美香」

「学校に忘れ物を届けに行ったら今日は欠席と聞いてびっくりしたよ。カッコつけて制服なんて着ちゃって。体調が悪いなら早く言ってよ……お陰様で講義サボっちゃった」

「……ごめんな」

「ううん。別に気にしないでいいよ。それより、リンゴむいたんだけど食べれる?」

「ああ、いただくぜ」

  

 部屋の壁時計を見ると昼過ぎの3時を指していた。


 あれから半日以上、寝てしまったらしい。

 

『忘れ物を届けに……』の由美香の発言にして、あれからずっと看病をしてくれたのか。


 由美香が差し出したリンゴをしゃりしゃりとかじりながら、俺は考えていた。


 とりあえず、学校へのイベントは防げた。

 

 問題は両親がいなくなってしまう日曜日だ。

 

 ミコトの話によると朝一の日曜日に新幹線に乗り、『両親が潮干狩りに出掛けないと残酷な結末』が待ち構えている。


 それも避けなければならないイベントだ。

 これを受けるとマンテも関係してくるし、施設行きの結果になる。

 

 あの施設に閉じ込められたら最後、吸血鬼となり、牢獄で短い一生を終えてしまう。


 今回はミコトも余計な電話はしないと誓った。

 

 そもそも、パートナーの繁の判断で声マネをして誘い出す策略であったが、その作戦を練っている恋人の繁ともうまくやり過ごすらしい……。


「よし、やってやるぜ!」

「こらっ、まだ熱があるんだから寝てないと駄目!」

「はいっ、すまんぜ……」

 

 頭はまだ熱っぽいが、少しずつ物事が良い具合になってきている。

 俺の運命がジクソーパズルのようにうまく埋まっていく、そんな気分だった…。



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