第17話 狂喜な相手と恐怖のメンバー

「さてさて、紅葉もみじ君。あの壁にかけてある針時計が見えるデスか?」


 マンテが指さした先の牢屋の上側を見やると、土の壁に設置された満月のような時計が俺の前方に映る。


 秒針がカチコチと鳴りながら、時計は夜の9時15分を指していた。


「ああ、はっきりと分かるぜ」

「あの秒針が次の12になったら戦いの合図デス」

 

 10、9、8……。


 俺は深呼吸して剣の柄を掴む。


 なるほど、手に吸い付くようにフィットした中々の握り心地。


 マンテが好んで使う武器だけのことはある。


 ──7、6、5……。


 だが、無理に血を血で争ってマンテを倒す必要はない。


 俺に出来ることは、この室内にある唯一の武器でマンテを退けること。


 今は余計なことは考えないようにしよう。


 ──4、3、2……。


 そうやっていかにして頼朝を無事に助け出すために頑張るか。


 俺達の幸せな未来をつむぐために、俺のこれからの行動に全てがかかっている。


「1、ゼロデス!」  


 マンテのその合図とともに殺気を感じた俺は、その場所から素早く離れた。


 その足場を離れた隙間をついて、すぐさま肉眼では見えない真空の刃が俺の居た地表をえぐりとる。


「危ないな。不意討ちとは、卑怯ひきょうだな!」

「フフフ。それは聞き捨てならないデス。不意討ちも殺し屋が得意とする手法の1つデスから。

──でも、この技は避けきれるデスか?」


 マンテが天井に刀をかざし、


「……いざ、参るデス!」


 そのまま刀を地面へと降り下ろそうとする。


 それに対して逃げようとした途端に俺の周りの景色がグニャリと歪み、身動きが取れなくなる。


 違う、これは彼の得意の居合い抜きではない。


 俺に見せたことがない技、もっと別の何かの技だ。


 それよりも居合抜きの他にも技があることに驚きだった。


 しかも俺自身の動きを抑制よくせいするとは……。

 

 これは場合によっては命取りになるかも知れない。


 明らかに俺の判断ミスであった……。


「……かかりましたデスね。

──妖刀、狂い咲く夜に!」


 マンテの叫びにより、深紅に砕けた石が俺の周囲を舞い散らせながら、俺の頭上で固まり、高圧洗浄機からの噴射のように俺を襲う。


『ザクザクザク!!』


「ぐああああっ!?」


 剃刀カミソリで体を削いだような激痛が体全体に広がっていく。

 俺は、あまりの痛みに耐えきれなくなり、床をゴロゴロと転がる。


「グフフ。この刀はただの刀じゃないんデスよ。

──幾億の吸血鬼を殺してきた血塗られた呪われた刀なのデスから。

……しかも、わたしが少しだけ本気になったら簡単にやられるさま……ほんと話にならないデスね」

 

 マンテが刀を下げて、俺を見下すような視線を浮かばす。


「……くっ、ただの刀と思って油断したぜ」

「いや、ただの刀が真空波を起こしたりできないデスよ。普通に考えて分からないデスかね?」

「悪かったな。所詮しょせん、俺は落ちこぼれさ……」

 

 のしのしとローブを震わせ、俺の元へと刀を地面にズルズルと引っかけながらやって来るマンテ。


 そして彼の影で俺の体が覆いつくされる。


「さて、終わりデスよ……」

「──ふっ、まんまとかかったな!」


 俺は寝転がったままで、体の力を振り絞り、持っていた刀でマンテの腹をズブリと貫いた。


 思いもよらない顔つきになり、ガブリと血を吐くマンテ。


「グハァ、そんなはずはないデス!?」

「……まったくだな。こんなお粗末な手にかかるなんて、お前らしくもないぜ。考えが甘かったな。

俺はダメージを受けて傷ついたふりをしていたんだぜ……。

──しかし、殺し屋風情が一般の生徒からられて情けないな」


 俺は起き上がり、シャツの切れ目から見える黒い生地を隠そうとするが、それは天地がひっくり返っても無理だった。


「なっ、服の下に防刃ベストを着ていたデスか!」


 それを見たマンテが驚いたのか、とんでもない声を張りあげる。


「何か防具で防がないと隙は作れないと思ってさ、このベストを着ていた繁から念のために拝借はいしゃくしていたんだぜ」

「まさか、あの宇宙人に加担していた繁が再び、人間に協力するとは思えなかったデス」

「人の心は移ろい変わりやすいのさ。

……いや、違うか。亡くなった体から奪った物だけどな」

「そうデスか……でもわたしにとっては都合のよい行動デスよ」


 マンテが俺の体に刀を横文字に切り裂こうとする。

 

 俺は刀を引き抜き、何とかその斬撃を地面に伏せてかわす。

 頭上に風を切って刀が通過するのを肌身で感じた。


「惜しいデスね。しっかり捉えたと思ったのデスが?

やはり繁を倒しただけあり、ただ者じゃない動きデスね」


 意気揚々としたマンテが今度は寝ている俺の頭を目がけて刀をズブリと突き刺そうとし、かろうじて横へ転がって避ける。  


「ふう、危ないな。何で腹を斬られて何ともないんだよ?……繁のような機械でもないみたいだし?」

「グフフ。さあ、何でデスかね……?

そらそらそら、話をしている余裕があるデスか!」


 田植えの耕作機のように次々と刀をザクザクと埋めていくマンテの攻撃。

 俺は何とか体勢を保とうと必死に転げて回る。

 

 だが、立ち上がったとしてもその隙をつかれて即座に刀で切り刻まれるだろう。


 マンテの攻撃を避けるたび、やられるのも時間の問題だと感じ取っていた。


「呆気ないデスね。そろそろ終わりにするデス。今度は手を抜かないデスよ」


 マンテが刀の先っぽを地面に埋めて、何やら口ずさんでいる……。


 大地が小刻みに震え、肌にビリビリと振動を感じる。


 次に来る攻撃が半端ない威力であるのは戦いに素人の俺でも分かる。


 凡人な俺の力はこの程度なのか。

 

「兄ちゃん、負けるな!」

「まだだよ、立って戦え!」

「君のちからはそんなもんじゃないだろ?」


 今まで意識していなかった子供達の声援。

 そう、周りの鉄格子から子供達の声がする。


 戦わないといけないのは頭で理解しているさ。


 だが、俺とマンテは格が違いすぎた。

 

 俺が豚汁を作れたとしても、彼は高級フカヒレスープが作れる。


 それくらい差が離れすぎているのだ……。


「早くも戦意を喪失デスか。武士の情けとやら……。今、わたしが楽にしてあげるデス……」

「……でやあああー!!」


 ──そこへ流れ星のような人形の隕石 が、いや、人間によるジャンピングキックがマンテの横腹にガコンと激しい音を立てて当たる。

 

「グブゥ!?」


 堪らずマンテはり、刀を刺したまま地表へと突っ伏した。


竜太りゅうた、まだ諦めちゃ駄目。お姉ちゃんが許さないぞ♪」

由美香ゆみかじゃないか。どうしてここに?」

「あまりにも心配して来ちゃった。さあ、早いとこ終わらせようか♪」


 そう言った由美香が両手の拳を握り締め、マンテに正拳突きをして真っ向から突っ込む。


「グハァァァー!?」


 由美香の攻撃を太鼓のようにドコドコと腹にマトモに食らうマンテ。


「マンテ先生。どう、乙女の痛恨の……じゃないや、会心の一撃は?

まだまだこんなもんじゃないですよ!」

 

 まるで光の速度のように消えていく彼女の動きに俺は確信した。


 彼女は由美香ではないことに……。


 すると、由美香はグルリと側転しながら俺の元へと戻る。


「お前……動きに無茶があり、キレがありすぎる……はては、また由美香に変身したミコトだな?」

「さあ、何のことかな……ぶちゅっ♪」

「んぐっ!?」


 由美香が俺に熱い口づけをする。

 しかも頬とか、頭とかではないし、間接キスでもない。


 マジで、くちびる同士が触れあっているのだ。


「むぐむぐむっ……?」


 喉に詰まった餅を吸いとる吸引機のような濃厚な口づけで、すかさず全身から生気を奪い取られるような脱力感。


 ぷはっと、くちびるを離した俺は軽く立ちくらみを起こして、その場でバタリと倒れこんだ。

 

 ……遠くから洞穴に隠れている美希みき罵倒ばとうが聞こえたような気がする……。


「ごめんね。キスは初めてだったかな?

顔、真っ赤になっちゃってさ。可愛い竜太ちゃん♪」

「……由美香、いやミコト。今、俺に何をしたんだ?

──この力が入らない感覚……普通のキスじゃないよな?」

「いやぁ、少しばかり、くちびるから生命エネルギーを頂いちゃったよ。それよりミコトって誰のことかな?」

「あくまでも正体に関してはを切るんだな」

「さあ、一体何のことかな?

それより、そこで寝てていいよ。すぐに、この戦いを終わらせるから」


 由美香が両手を合掌がっしょうのポーズにして、ちからを貯め始める。


 やがて、その光輝いた両方の拳をまとったまま、素早い身のこなしでマンテに殴りにかかる。


「フグ、ブハッ! こ、小娘ごときが!」

「どうかしら、その小娘から痛みつけられる気分は?」


 彼女の容赦ないパワフルパンチにより、一方的にボコボコに殴られるマンテ。


「この小娘、いい加減にするデスよ!」

「おい、その攻撃にはくれぐれも気をつけろ! 

ミコト……いや、由美香!」


 マンテがゆらりと刀身を光らせながら、刀を上空へと向ける。


 その途端に空気中の流れがピタリと止まる……あれ、何も起きない?


「妖刀、狂い咲く夜に!」


 マンテがその場で空振りの五月雨さみだれを放つ格好になる。


 もちろん、その刀の先には誰もいない。

 何て間抜けな姿なのだろう。


「……あれ、どうしたのデス?」

「ふふっ、妖刀ね。先生、ポケットからこれを出しただけですよね~♪」


 由美香が饅頭まんじゅうサイズな茶色の巾着袋きんちゃくぶくろを手のひらでポンポンともてあそんでいた。


「痺れを起こしたうえに幻覚を見せる麻薬に見せかけたような違法薬物の粉ですね。

裏社会の海外では有名で、パートナーとより良いラブラブな関係を保つための薬物なんだけど、まさか日本でも出回っていたとは知りませんでした♪」

「こ、小娘。それを返すデス!」

「いーやーですよ、その場で百回まわって『アホー!』と叫んだら返してあげますけど~♪」

「この小娘、さっきからわたしにふざけた挑発をして!

……とっととよこせデス!」


 そうか、あの必殺技は幻覚だったのか。

 

 幻覚で体を痺れさせて、普通の五月雨の連打を小石が飛んできたように見せかける。

 

 初めから妖刀ではなかった。


 もしそうならばもう片方の刀を俺に握らせるはずがない。


 それに、その刀で吸血鬼を殺してきたのも嘘だろう。

 マンテはここにいる吸血鬼を大切に取り扱い、亡くなるまでここで管理をしている。

 

 元に前回の俺の人生によるこの場所では、亡くなった吸血鬼に対して、用済みではなく、少なからず彼は慈悲じひを見せていたじゃないか。


 俺は、まんまと彼に騙されていたのだ。


「おのれ、このわたしをからかうとはいい度胸デスね……」


 マンテが地面に刀を突き刺し、何やら言葉を紡いでいる。


「由美香、よく分からないが凄い攻撃が来るぞ!」

「えっ? よく分からないって……何それ?」


 由美香が意味不明とばかり、首を捻っている。


「地面を切り裂け、ダアアァー!!」


 ……しかし、身を屈めた俺たちには何も起きない。

 いや、正確にはしゃがんでいたのは俺だけだ。


 由美香は堂々と仁王立ちをしていた。

 また、新たに別の巾着袋を手にしながら……。


「先生も懲りないですね。同じ手には引っかからないってば……」


 彼女が持っているのはまた何かの薬品だろうか。

 余裕の表情をしていたマンテから笑みは消え失せた。

 

 すると、何かを思い出したかのようにマンテはその場から洞穴の方へと手綱を握ったターザンのように大きくジャンプする。


「しまった、美希の存在を忘れていた!」 

「美希ちゃんいけない。逃げて!」


 俺と由美香が後から駆けつけるが間に合わない。

 早くも美希はマンテの腕の中に捕らわれていた。

 

「クククッ。手こずらしてくれたデスね。どうですか、お仲間さんを人質にされた気分は?」


「くっ……」

「ひっ……」


「何デスか。お二人とも声がか細くて聞こえないデス。分かるデス。大事な仲間だけあり、目の前で失うのがさぞかしショックなんデスね。まあ、この娘の後からすぐに楽にしてあげますから心配は無用デス!」

 

 マンテが美希の首を折ろうと頭に手を差し伸べた瞬間……。


「あはは。ひっ、ひっかかったわね。マンテ先生!」


 由美香がマンテを指さし、お嬢様のようなあざけり笑いをする。


 同じく俺と捕まっている美希もだ。


「なっ、三人とも揃いも揃って、何がおかしいデスか?」


「ははっ、おかしいのはお前だけだ。

さあ、くそ微塵みじんにしてやれ……美希!」

「はい、理解ですわよ!」


 今、腕の中にいた美希の武道家の魂が吠える。

 

 美希は素早くマンテの腕をすり抜け、彼のふところを掴んで豪快に投げ飛ばした。


「グハァ!?」

「先生なら生徒のことをよくリサーチしてないと──こうなる運命ですわよー!」

「グアアアアー!?」

 

 影で格闘系の部活に入部している美希の素早い身のこなし。

 

 見事な間接技がマンテの上半身にガッチリと入っていた。

 もう、彼がおちるのも数秒とかからないはずだ。


「グフッ……」


 ガクンとマンテが頭を垂れたのを確認して、美希は巨体から手を離した。

 

 ズシンと重い音を立てて崩れるマンテ。


「ふぅ、何とかやりましたかしら……」

 

 美希が額の汗を自前のハンカチで拭いた時──後ろから大きな影がゆらりと揺れた。


「美希、いや、まだだ!!」


 ──俺は大声で彼女の名前を呼んでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る