第14話 どうしても避けられない宿命

 季節は7月上旬、木々の葉っぱが青々しく繁り、木に止まったセミがミンミンと騒がしい夏真っ盛りの東京の商店街。


 一人の少女が白のキャミソールと黄色のミニスカートというセクシーな姿で、地面の砂利をサクサクと踏みしめながら、街中をワクワク気分で騒いでいる。


 将来、彼氏が出来たための予行練習として、緑色の半袖Tシャツに黒のボトムスの俺は、彼女のストレス発散な買い物に半日中、付き合わされた。


 靴に洋服にアクセサリー、化粧品と俺の両手を塞いだズッシリとした大量の買い物袋。


 まだ、これで終わりではない。

 昼食後には第二部、今晩作る夕ご飯の食材の買い出しもあるらしい……。


「もう、勘弁してほしいぜ」


 何だかんだで俺は額の汗を青のハンカチで拭きながら肩から大きな息をつく。


 俺の名は竜太りゅうた

 野球球児のような丸刈りで、168センチの微妙な背丈に、三角眼で目つきが悪めで眉が濃く、高校二年生で年齢は17歳。


 特にひいでた魅力はない平凡な男子だ。


 それと、今ここで一緒にファミレスで食事をしているのは、大学生になり、キャンパスライフを謳歌している163センチの20歳の姉の由美香ゆみか


 俺とは違い、薄い眉に二重のパッチリした瞳で、それなりに鼻筋が通っている美少女。


 また、胸はそれなりにあり、ごく普通なCカップである。


 彼女と一緒に歩くと男性陣からの熱い目線が半端なく目立ってしょうがない。


 まあ、本人は意識していないらしいが……。


 そんな似ても似つかない俺達は血を分けた紅葉もみじ家の姉弟でもあった……。


****


 今、俺達二人は昼休憩も兼ねて、エアコンの冷房がよく効いたファミレスで昼ご飯を食べていた。


 俺はカレーライス、由美香はチョコレートケーキを食している。


 飲み物は俺はオレンジで、彼女はアイスコーヒーだ。


「昼ご飯、そんなんで足りるのか?」

「うん、ちょっと食欲がなくてね。夏バテかな……」

「夏バテだからって食べないのは体に悪いぜ」

「ありがとう。竜太は優しいね」

「そうでもないさ」


「……だったら、あーんして食べさせてよ」

「そりゃ、ごめんだな。俺達は姉弟きょうだいだからさ。そういうのは恋人通しがやるもんだろ?」

 

 すると、俺の発言に何があったかは知らないが、由美香が静かにフォークをカチャンと丸皿に置き、切なそうに頭をうつむく。


「まあ、そんなに落ち込むなよ。好きな男を作って、その時にしてもらえばいいじゃないか」

「……何も分かってない」


「えっ、何さ?」

「……竜太は何も分かってない!!」


 そして、なぜか怒った表情になり、大声で叫んだ由美香はいきなりガバッと席を立ち、テーブルに二人分の代金をバンッと置いてそのまま立ち去る。


 すぐさま隣の家族連れのお客さんの父親が俺をなだめながら、

『何だ、フラれたのか。まあ、星の数ほど女はいる。次があるさ。頑張れ』

とか言うことを話していたが、その言葉はとりあえず無視する。

 

 今はそれどころではない……。


「おい、由美香どうしたのさ!?」


 俺も食事を中断して、彼女の後を急いで追いかけた……。


****


 やがて、商店街から外れて、ひとけのないそよ風が優しく吹く草原に出た所で由美香の姿を発見したが、何やら様子がおかしい。


 由美香は、手に何か光るものを持っていたからだ。


 あれは鋭利な刃物、包丁か!?


 近くの雑貨屋で購入したのだろうか……。


 彼女は、そのギラリと光る尖った先端を見せて俺を驚かそうとする。

 

「由美香、危ない真似事は止せよ!」

「……竜太は何も分かってない……。 

──私たちは、

本当のことに!」

「何だって?」

 

 一体、何の冗談だろうか。

 彼女の言っていることが意味不明だ。


 本人は真顔だからなおさらだったが、俺はあのファミレスで何か悪いものでも食べたのかと思ったほどだ。


 こう言うときは下手に相手を刺激せずに相手の言う話をよく聞いてあげる。


 昔、由美香と姉弟ケンカばかりしていた時に母さんが、俺によく言っていた言葉が頭に浮かぶ。


『竜太、相手は弱い立場の女性で、お前は男の子だから我慢することを覚えないと。

間違っても女性に暴力などをふるったら駄目』だと……。

 

 ──俺は黙って由美香を見つめていると、彼女が包丁を、再び俺に向かって突きつける仕草を続ける。


 恐らく、これはハッタリだ。

 いくらなんでも距離が離れすぎている。


 その間は約5メートルといった所だろうか……。

 それくらいなら、もし刺されそうになっても余裕でけれる。


「竜太、あなたは私たちのお母さんから生まれてきてないの……。

──あなたは孤児こじなのよ」

「さっきから何をわけ分からないことを言ってるんだ?」

「元々、私を生んでお母さんは体が弱り、二人目の男の子は流産したの……。

──それからお母さんは子宝に恵まれなくて、悩んだうえに偶然、交通事故で亡くなった別の両親の知り合いが赤ちゃんポストにその子供を引き渡していて、そこに届けられた施設で、その赤ちゃんを引き取った──それが竜太、あなたよ……」

「……何だ、本当にわけが分からないぜ。その証拠はあるのかよ……?」

「……これを見て、遺産証明書よ」


 俺は由美香が投げてきた1通の茶色の封筒を受け取る。


 宛名には『紅葉由美香』と書かれてあり、中に折り畳まれた手紙を取り出す。


 その父親の遺産の相続人には由美香の名前しかない。


 由美香が、万が一のために遺産を受け取れなかった場合でも、俺の名前は載っていない。


 ふと、下にある文面が気になり、眼で追ってみる。


『紅葉竜太は養子であり、正当に考えて紅葉龍牙の遺産の相続人には当てはまらない』と書いてある。


 なぜ、母さんも相続人に該当がいとうしないのも謎だったが……。


「何だよ、これ……」


 さらに、木の葉のようにはらりと手元に滑り落ちた古ぼけた1枚の写真。


 それを拾い、写真を見てみると、見たこともない学生のような若さの大人の男女二人が写っている。

 

 また、その若い女性が赤ちゃんを抱っこしていたが、一緒に写っているのは見覚えのある赤ちゃん……。

   

 ……その赤ん坊は俺の母さんがアルバムで見せてくれた、俺の小さい時の赤ちゃんの顔写真にそっくりだった。


「──つまり、俺は紅葉家の子供じゃない……」


 だが、不思議と落胆らくたんはなかった。


 本物の両親がどうあれ、それよりも由美香への想いの方がまさっていたからだ。


 もしかして、由美香はこのことを知ってから俺に優しく接するようになったのか?


 だから俺を弟ではなく、一人の男性として意識するようになったのか?

 

 あのファミレスでの発言が浮かび出す。

 何も分かっていない俺は知らないうちに由美香を傷つけていたのだ。


 相変わらず、俺にはデリカシーというものがないな……。

 

「──竜太、それでも私はあなたのことを好きになったら駄目なの?」

「いや、めんと向かって言われてもさ、心の準備ってもんがさ……」


『ピリリリリ~♪』


 その修羅場だったムードをガツンと壊してくれたありがたい通話のコール音。


 俺はポケットにあるスマホを手前にかざす。


 見たことのない電話番号だった。


「何だ、誰からの電話だ?」

「……私のことはいいから、電話に出て……」

「……ああ、ごめんな」


 俺はスマホの通話ボタンを指でスライドさせる。


「……もしもし、どちら様ですか?」

『あの、竜太君ですか?』

「そうだけど……この声はミコトか?

わざわざ電話とかしてどうしたのさ?」

『はい、ミコトです。

──すみません、繁さんに計画がバレてしまって……今、彼があなたの家に向かってるの』

「何だって?」

『こうなったら僕、みずからがあなたの父親を待ち伏せしてその場でやるって……』

「……マジかよ」


 どうして神様という代物は俺を縛るのだろうか。

 これでは運命を回避しようとしても一緒だ。

 

 運命と言う中には宿命しゅくめいもあり、今回は避けられない宿命なのかも知れない。


「それで今、繁とか言うヤツはどこにいるんだ?」

『さっき車に乗って移動したところ。急いで、時間がない』

「だあー! よりにもよって車かよ!?

分かったぜ。今すぐ帰るからさ……」


「きゃっ!?」


 俺は通話を切り、隙をついて由美香に素早く近づき、彼女が持っていた包丁の柄を目がけて、パーンと素手で包丁を払いのけ、彼女の両腕をしっかりと握る。


 包丁を持つ手が震えていたことから、相当な無理をしていたようだ。 


 あれほど威勢いせいが良かったわりは口先だけか。


 やっぱり日頃から握っている身近な刃物でも、いざ人に向けるとなると勝手が変わってくる。


 慣れない行為に神経をすり減らすとは、まさにこのことだ。


「由美香、気持ちは分からないでもないが、少し頭を冷やせよ」

「竜太、ご、ごめんなさい……」


 俺は彼女の両腕を掴み、冷静になりながら説得し、何とか彼女の理性を元に戻そうとする……。 


 ──しかし、デート場所が近所の商店街で良かった。

 ここからなら自宅まで走っても10分も掛からないだろう。


『ピリリリリ~♪』


 また、スマホが鳴り出し、俺はいらついた気分で電話を取る。


「今度は誰だよ!」


 そして、荒々しいことをぼやきながらスマホを耳に当てた。


『竜太か? 俺だ、父さんだ』

「あっ、ごめん。父さん、どうしたの?」

『すまんな、弓が新幹線に乗る前に突然体調不良で風邪をひいてたらしく、今、家に帰って休ませているんだ……。

──竜太、すまないが、看病に必要な品があるなら、帰りに薬局で買い物をしてきてくれないか? 頼んだぞ……』


「……な、何でこんな時に限って……」


 そう、悪いことは積み重なるものだ。

 このまま、両親と繁と鉢合わせしたら、それこそ悲惨な結末が待ち構えている。


 しかし、あの宇宙風邪は人には感染しないんじゃなかったのか?


「由美香、悪いが、ちょっと頼みたいことがある。食材の買い物ついでに、このメモ用紙に書かれた品物を買ってきてくれないか?

俺は、ちょっと急用ができちゃってさ……」


 俺が電話の主を父さんだと、由美香に明かすと、彼女はようやく明るい顔で落ち着きを取り戻し、いつもの穏やかな態度に戻る。


「……まあ、お父さんからの伝言なら、しょうがないわね」

「このデートの埋め合わせは必ずするからさ。じゃあ、この買い物の荷物は宅配便で送ろうか」


 俺は宅配業者にメールで用件を伝えると、自宅に向かって走り出す。

 

「……でも竜太、私の気持ちは変わらないからね。だから、あまり気にしないで」

「ありがとう」


 これで由美香が被害に遭うことはないし、繁と争いになっても犠牲は減らせるはずだ。


「くそ、お願いだから間に合ってくれ!」


 俺は由美香に一時の別れを済まし、靴底を上げてダッシュしながら一目散に家路へと急ぐ。


『チャリンチャリン♪』


「わっ、お兄ちゃんあぶない!」

「なっ、のわっ!?」


 そこへ俺の目の前をヒューンと風のように突っ切る赤いママチャリ。


 そのママチャリがそのまま近くのトマト畑へとドカーンと突っ込み、乗っていた子供ごと倒れこむ。

 

 そこから前輪が半分埋まった自転車を放って、全身泥まみれで這い上がり、フラフラとこちらへやって来る小学校高学年くらいの三つ編みの少女。

 

 それは、まるで腹を空かしたゾンビの行進のようだった……。


「──あっ、このガキ、危ないじゃないか!」


「あぅ、お兄ちゃんごめんなさい。自転車乗る練習してるんだけど、ほじょ輪がないからうまく走れなくて……」


 泥んこの少女がいけない行為だと感じ取り、真っ先に俺にびる。

 だけど、一歩間違えば俺は大ケガをしていた。


 こんな、歩行者が歩く道端でも構わずに自転車の暴走練習をさせている、この子の両親はどこだ?


 ちゃんと親としてのしつけは行き届いているのか!


 ……とガツンと言わないと気がすまなかった。

 

 そこへ、ふと俺の脳裏に悪魔のささやきが聞こえた気がした。


「……そうか、その手があったぜ!」


 俺は畑に倒れていた自転車を起こし、サドルにまたがる。


「すまんな、しばらく借りるぜ」

「えっ、お兄ちゃん?」


 そのまま、少女から強制レンタルした自転車で立ちこぎを始めた俺を眺めながら、少女が、それを判断して泣き叫ぶまで数秒はかからなかった。


「うわーん。ママー、変なお兄ちゃんに自転車取られたよー!!

大好きなパパからの誕生日プレゼントだったのにー!!」


 すまん、少女よ、今日ばかりは許せ。

 俺たちの将来がかかっているのだ。


「悪いな、後でちゃんと返すからさっ!」


 俺はチャリのペダルを踏みしめ、速度をグングン上げながら、泣いている少女から遠ざかる。


 車などと違い、渋滞規制はないから、これなら繁よりも先に到着しそうだ。


 俺は、はやる気持ちを抑え、目的地に向かって、無心にこぐのだった……。


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