第10話 夕暮れからの作戦決行
「失礼するデスよ」
生徒が帰宅した夕暮れの学校内に入り込み、いつもの全身黒いローブ姿で冷房の効いた涼しい職員室に入るマンテ。
(……ちょっと、
(……しょうがないだろ、暗くて見えにくいんだぜ)
そう、俺達は二人1セットとしてマンテの姿にそっくり化けていた。
俺が肩車して、上には制服のスカートの上から赤のジャージを履いた
さらにその上から、なぜか家庭科室に飾ってあった(ゴスロリ衣装の一種か?)黒のローブを被れば、どこから見てもマンテ教師の完成である。
マンテが体を隠し、顔も見えないようにフードを被っていたことにも
ちなみに美希の目線の頭をすっぽりと被ったフードの先には二つの小さな穴が開いており、美希はそれを見て、慎重に上半身と腕を動かしている。
また、下半身の俺の視線にも二つ穴があり、俺も足の移動には細心の注意をはらっていた。
だが、やはり二つ穴だけでは視界が狭いし、上には女の子をかるっているとなると、いささか緊張するのが本音だ。
そう思考しながら、俺達はエレベーターや、あの牢獄の錠前を開ける鍵を先ほどから探していた。
日直で鍵を取りに行き来する
……だが案の定、鍵置き場で
俺達は、よく分からないので近くの見慣れた英語教師に尋ねてみることにした。
「お疲れ様デス。あの、地下の部屋にある鍵が見当たらないデスが、鍵がある場所知ってるデスか?」
「えっ、マンテさん!?」
英語教師がすぐ目の前まで歩み寄り、じーと黙りこくり、こちらを隅々まで見つめてくる。
やっぱりこんな
「……そんな鼻声で大丈夫ですか?
風邪には気をつけて下さいよ?」
……いや、まったく気づいてないようである。
この英語教師に職員室を任せて大丈夫なのか……?
「……いや、いつもの鍵が中々探してもないのデスよ」
「それならマスターキーがあるから、それ使って下さい。いつもの鍵置き場の横にある箱に入ってますから」
そう言って英語教師は壁際のコピー機の隣にあるクッキーの絵柄がプリントされた四角い缶をひょいと指さす。
(……だから、そんなに
(……ちょっと、あまり動かないでもらえますか。鍵が取りづらいですわ)
(……すまん)
マンテの姿で、コピー機へと近寄り、その横にある四角い宝石箱を開けると、中にはお菓子は一切無く、代わりに光に照らされた銀色の一本の鍵が入っていた。
そして、それを無感情に掴み、慎重に職員室を出ようとする……。
「おい、ちょっと待て、マンテ……」
偶然にも隣の休憩室を挟み、職員室に入ってきた別の男の教師が俺達を呼び止める。
俺達は金縛りにあったかのようにその場でカチンと固まった。
その男が、黒の丸いサングラスをかけたまま、京都土産のような木刀を持って近づいてくる……。
「お前……」
……今度こそバレたか。
俺は緊張の面持ちでごくりと唾を飲む。
もし正体が分かったらどんな罰が待っているのだろう。
縄でグルグル巻きに縛られて、あの木刀でボコスカと叩かれ、島流しにされるかも知れない。
俺達は、まるで裁判所で
「……お前、夜食の豚カツ弁当忘れてるぞ」
ずるっ。
思わず滑りこけて、美希を落としそうになり、ビックリして小声で
「がはっ!?」
「ん? どうした、マンテ?」
「……いえ、ありがとうございますデス」
そのまま弁当を受け取り、職員室を後にした……。
****
「しかし、この学校の管理体制は大丈夫か?」
それから職員室から出てきて、渡り廊下の隅で二人で着ていたローブを脱ぎ去り、汗びっしょりな俺が貰った弁当を食べながら、美希しか居ないことを見計らって呟いた。
──あまりの暑さに参り、マンテはよく夏場にこんな服が着れるなと感心してしまう。
ついでに先ほどやられた頭へのダメージを指先で確認する。
どうやらたんこぶはできていないようだ。
「そうですね。将来が不安ですわね……しかし暑いですわ」
美希も暑かったらしく、彼女が手で風を
蛍光灯の光の角度からして、下着が、み、見えそう……。
「ちょっと、見ないで!」
「へぶっ!?」
そのにやけた猿顔に勘づいた美希のストレートパンチを顔面にモロに食らい、そのままキューとのびる俺。
「こらっ、今は気絶している場合じゃないですわよ!」
しかし、その
倒れた俺の半身を起き上がらせ、首をブンブンと振り回す美希。
俺は犬の赤ちゃんが遊ぶ
「ふがっ!?」
「はい、蘇ったわね」
あと、
「……本当、言うことなすことむちゃくちゃな女だぜ」
俺は何とか意識を取り戻し、その場から立ち上がり、体の汗をハンカチで拭く。
日が沈んだとはいえ、季節は夏。
エアコンのない廊下は熱帯夜と化していた。
「急ごう、時間がないぜ」
「ええ」
空になった弁当の容器と、脱いだローブを纏めて折り畳み、廊下にある燃えるゴミ専用のゴミ箱に捨てた俺は美希と一緒に廊下を早足でスタスタと駆けていった。
──そこへ、タイミングを見計らい、廊下の真ん中を
その長ひょろい一筋の影がローブが捨てられたゴミ箱の近くにやって来る。
「あれ、マンテ、まだここにいたのか?
今日まで警備員が休みだから当番だろ。
早く例の見回りはしなくていいのか?」
──マンテのいる廊下から職員室の光が漏れて、黒いローブを照らす。
そこには体育教師が職員室のドアを開けたまま、フードを被り、分かるはずもないマンテの顔色を黙って見ていた。
サングラスの縁を指で支えて、ゴミ箱の前に立つマンテを、何も
そこで何も持っていない両手を見て、不思議に思った体育教師は一声かけた。
「おい、お前、俺がやった弁当はどうした?
まさか、ここで食ったのか?」
体育教師からして、まるで飼い犬に初めて餌をやり、反応を待っている子供のような心境だった。
「……はい、お腹ペコペコでしたので、我慢できなくて食べてしまったデス」
「なら、職員室で食べれば良かったじゃないか?」
「いえいえ、あまりにもがっつく姿を間近で見られたら、石田さんもみなさんもヒクデスよね?
余計な心配はかけられないデス」
「そうか、ならいいが……。
俺はもうすぐ帰るが、マンテ、見回り頑張れよ」
「ありがとうございますデス。お疲れ様デス」
「お疲れい」
体育教師の石田がピシャリと職員室の引き戸が閉めたのを確認し、マンテはひきつった笑顔のまま、その場から素早く立ち去った……。
****
エレベーターの鍵を開け、中に入る。
ガタゴトと作動音が鳴る中、俺たちは、お互い無言だった。
やがて、そのエレベーターが最深部に到着すると俺達は慎重に外へと出た。
前日のような奇怪な叫び声はなく、洞窟内は静かに静まりかえっていた。
牢屋の中にいるのは、みんな吸血鬼の姿ではなく人間の姿だったからだ……。
また、汚れていたジャージの服も看守が着替えや洗濯などをしたのせいか綺麗になっている……。
「あっ、きみたち。びょうきになったあたらしいひと?」
鉄格子の檻から、その中の一人の男子が声をかけてくる。
見た目といい、声変わりしていない高い声といい、まだ幼いあどけなさが残っている。
その振るまいからして、小学生の低学年だろうか……?
「いや、俺たちは学生だよ」
「そうなんだ。あたらしいなかまかとおもったよ」
こんな子供までも、犯罪に手を染め、吸血鬼にされて、親から見放され、この施設に放置される。
さらに本人はなぜここにいるのか、現状をよく理解していない。
社会とは
「まだあんなにも小さいのに……
「しょうがないさ。
「やけに優しい返答ですわね。もっと極悪非道な人かと思ってましたわ」
「だから、俺はヤクザのキンピラじゃねーぜ」
「ぷぷっ。ちょっとした言葉さえ、間違えるなんて。
──まさにチンピラがお似合いですわ」
その発言に一瞬だけ、俺は言葉を理解するのに間を開けた。
「だからキンピラゴボウがどうかしたのか?」
「紅葉君、わざとやってるのかしら?」
そんなたわいもない会話を続けながら牢獄を移動する。
歩く度に視線を感じる周りを取り巻く人間の子供達。
だが、一つだけ違和感があった。
誰も『助けて』や、『ここから出して』などの救いの手をこちらに差し伸べないのだ。
それは、なぜか?
……と今度は別の、また小学低学年くらいの一人の男の子に尋ねてみる。
「うんとね。ぼくは、わるいびょうきになってママにはあえないけど、マンテがここにいれば、いつかしあわせになるって。
すごくひろいいえでのびのびとくらせる、かいじゅう、いや、えいじゅうなんとかをとってから……えっと……」
男の子がそこまで言いかけて、まごまごしながら考えている。
「……もしかして
「そうそう。それさえあれば、びょうきじゃないにんげんとも、なかよくくらせるってマンテがいってた。いまはマンテはそれをとるためにがんばってる。だから、ぼくもがんばろうって」
男の子が『オー!』と叫び、両手をグーに握りしめ、上へと体を伸ばす。
「お前、泣かせてくれるじゃんか……」
「紅葉君、今は泣いてる場合じゃないですわ……さあ、行きますわよ」
美希がエグエグと
「おにいちゃんもがんばってね!」
「おうよ!」
なぜか破れない美希の服の引っ張られ方に疑問を感じながら、俺は再び足を踏み出した。
****
「美希!」
「よ、
洞穴を歩いている最中、聞き慣れた声に気づいた彼女が声の主を辿る。
向こうから呼んでくれたお陰で目的の彼はすぐに見つかった。
「あっ、頼朝なの。本当に久しぶりだね……」
美希が頼朝のいる鉄格子に近寄り、涙を浮かべる。
「美希も元気そうで良かった。
……ところで君は?」
「俺は紅葉だ。とりあえず積もり積もった
俺は頼朝がいる部屋の鍵穴にマスターキーをガチャリと挿し込み、錠前を開ける。
「はっ、俺を出してどうするんだ?
帰る家なんてないぞ?」
「その必要はないぜ。親から独立して
一人立ちすればいいさ」
「美希も紅葉君の意見に賛成ですわ。これからは美希と暮らしましょう。美希も親元を離れて努力しますわ」
物事を理解していない頼朝がキョトンと俺たちの顔を交互に見比べる。
「正気か、お前たち?
俺は犯罪者で病気なんだぞ!?」
「だからと言って、こんな場所にいたら、人間腐っちまうぜ……人間なら人間らしく、日の光を浴びようぜ」
「でも、もし親に住んでいる場所が見つかったら……」
「あのなあ。親が怖くてやってられるか。人生は一度しかないんだぜ。どうせなら楽しんだもの勝ちだろ。それに、俺はいいが、あまり美希を心配させるなよ」
「そうだな。俺が間違っていた……」
俺は座り込んで塞ぎきって泣いていた頼朝に優しく手を差し伸べる。
「ありがとう。紅葉君とは初めて会った感じがしないな」
頼朝が涙を手の甲で拭き、差し伸べた俺の手をがっしりと掴む頼朝。
「同感だな。そりゃ、俺も思ってたのさ。
──あと、俺は竜太と呼んでくれ。
俺は、もうお前の友達だぜ」
「ああ、竜太。ありがとう」
「さあ、行こうぜ!」
俺たちが牢屋から抜けた瞬間、ガラガラと何か激しい音がした。
この音は聞き覚えがある。
金属のワイヤーが伸び縮みする音。
何者かが、あのエレベーターから降りてやって来る……。
「……待ちなさい、逃がしませんデス!」
洞窟の隅々にまで渡る強ばった声。
あの声はマンテだ。
やはり、不安は的中した。
俺たちにはあまり時間は残されていなかった……。
しかし、そのわりには気づくのが早すぎる。
このことを想定して向こうから罠を仕掛けていたのか?
だったら昨日に見せてくれたこの場所自体がすべて彼による罠だったのだろうか?
「まあ、あれこれと考えてる暇はないぜ。どうしたら……」
「……いや、竜太。
あのエレベーター以外に荷物を運ぶ作業用エレベーターがある。そこからでも地上へ行けるぞ」
俺が、こめかみに指を当てて悩んでいると頼朝がありがたいアドバイスをくれた。
「さすが頼朝だな。じゃあ行くぜ!」
俺達は道づたいに歩きながらマンテの声がする方向を避け、前へと進む。
すると、行き止まりの場所に人一人くらいが乗れそうな外側からでも、室内と器具が剥き出しな古ぼけたエレベーターがあった。
「大丈夫。ここのやつらの話によると、こいつは米1俵を8袋くらい乗せてもびくともしないらしい」
「……ということは頼朝、1俵が約60キロくらいだから、500キロくらいまでは耐えられるということかしら」
「確かにそういうことになるな」
美希が指折り数えながら、剥き出しのエレベーターのあちこちを見て回る。
「……でも二人分くらいしか乗るスペースしかないな。仕方ない……」
「きゃっ、紅葉君!?」
「再び、こいつの出番だぜ」
「ちょっと乙女の体に気安く触れないでよ!?」
俺は、いきなりの行為に恥ずかしげな美希を肩車にして、エレベーター内部に乗り込む。
その次に頼朝がザザッと室内に滑り込む。
「ははっ、まるで野球選手のようなスライディングだな」
「まあな。体が
「よし、行くぜ!」
俺は黄色いペンキが剥げて、錆びついていた上昇レバーを引き上げて、地上へとエレベーターを起動させた。
ガクンと振動と共に動く鉄の檻。
「……くっ、遅かったデスか」
眼下にはマンテが到着して、俺達を見上げていた。
「まあ、いいデス。あなた達はきっと後悔するデスよ!
自分たちの無力さを呪うデス!」
俺達が上へと移動しても、余裕をかましてる限り、どうやら捨て台詞ではないらしい。
そうマンテは意味深な内容を吐き捨てながら、上空へ上がる俺たちを、ただじっと見上げていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます