第4章 意を決しての大事な救出

第9話 助けたい心構え

『キーンコーン、カーンコーン~♪』


 次の日の放課後。


 生徒がクーラーの効いた教室内で過ごす中、シンとした廊下に無感情なチャイムが耳に鳴り響く。

 

 昨日、地下施設で頼朝よりとのことを知った俺はクラスのホームルームを終え、三学年へと猛烈もうれつダッシュを終えた後、

三学年のクラス3ーAがある廊下で、ぼーと立ち尽くしていた。

 

 そのタイムは3分とかかっていない。


 俺は帰宅部だからトライアスロンの選手に選ばれるだろうか?

 

 夏真っ盛りだけあり、体を動かして汗だくだが、達成感はある。

 

 俺は体にかいた汗を首にかけた青いタオルで拭きながら決意した。

 これからも夏合宿に向けて頑張るぞ。


 ……いや、そうじゃない。


 そう、ここに来た理由とは頼朝のことを知っていた美希みきに詳しい話を聞くためである。


 しかし、次々と生徒が教室から出てきても、肝心の彼女は中々出てこない。


 今日は、何かがあって、すでに早退したのだろうか?

 

「いや、今日も暑いわね。

──あれ? 何、あのボウズ、廊下に突っ立って何をしてるのかな?」

「もしかしたら恋人でも待ってるんじゃない?」

「えっ、あんなイケメンでもない、何の変哲へんてつもない野球部の中坊みたいなやつが?

──キモ、ありえないっしょ」

「あははっ、あんな冴えない男に引っかかる女子のつらおがんでみたいわよね。どうする、相手見てから帰る?」


 まったく、人が黙っていればゲラゲラお下品に笑いながら好き放題言っている……。


 これだから女子は苦手なんだ。

 少しは俺の姉の由美香ゆみかを見習え。


 こんな丸刈りの坊さんみたいな俺と顔を見合わせても、文句は一つもこぼさないぞ。


 まあ、姉弟きょうだいだからかも知れないが……。


「──じゃあ、帰るわね……」

「お疲れ、美希ちゃん、また明日ね。ばいばーい」

「うん、また明日……おわっ!?」


 しばらくして聞き覚えのある声に視線を泳がすと念願の美希が見つかった。

 

 彼女が俺と鉢合わせになり、恐怖を察した猫のように思わず横へピョンと飛びのく。


「ははっ、笑えるぜ。男みたいな声だしてさ」

「……何かしら。驚かせたのは紅葉もみじ君でしょ?」

「まあ、そうだけどさ。そんなに俺、驚かす才能があるか?」

「少なくともお笑い系には向いてるかしら。でもまあ、一発屋がオチですわ」

「そうか。ダイナマイトー、いっぱーつだぜ♪」


 俺は、テレビからのとある清涼飲料水のCMを真似て、握りこぶしをグッと上げて、天を仰ぐ。


「どうしたの? このガチでへんちくりんな男、美希の彼氏なの?

もう、熱いチューはわしたの?」

「違うわ。そんな仲じゃなくただの知り合いよ」

「へえ、そうなんだー?」


「じゃあ、私達、これから塾だから。ばーい~♪」

「うん、じゃあねー♪」


 颯爽さっそうと廊下にいて、さっきから好き放題に俺に陰口を叩いていた女子達もまとめて柔らかく帰らせる美希。

 

 俺の熱意に彼女なりに何かを感じ取ったのだろう。


「廊下、暑いでしょ。エアコン入ってるから中に入りなさいよ」


 美希は涼しい教室に俺を呼び入れた。

 それから周りの様子を気にしながら、静かに扉を閉める。


 二人だけの空間になり、しんと静寂する教室内……。


「……ところで、待ってたからには何か話があるんじゃないのかしら?

それによくAクラスって分かりましたよね?」

「ああ、電話番号とかメルアド知らないからな。下駄箱で名前を調べて、ここで待ち伏せてみたのさ。あと、これからは呼び方は美希と呼ぶぜ」

「ええ、呼び名の件は分かったわ。でも、あきれたわ、下手したらストーカーですわよ?」

「ストーカーが怖くて、頼朝の話が出来るか」


「……ちょ、ちょっとその話、待ってくれるかしら?」


 美希が何かと動揺して、鞄から黒のボールペンとB5サイズの大学ノートを出し、白紙のページに何やら書いてから俺に手渡す。


『頼朝の話は秘密事項。ここではノートを使用しないと明かせないから。

あなた、LINAは知らなそうだし』と可愛い字で走り書きしている。


 ところで、LINAとは何だろう?

 今人気のアイドル歌手の名前か?


「……まあ、それなら話が早いぜ」


 俺も、その空白の欄にボールペンでカリカリと書き込む。


『その歌手は知らないが、俺はお前のたわわな巨乳に憧れて、好きになったのさ。まさに青い海に輝くエロのビーナスだぜ』


 スラスラと欲望に関しても貪欲どんよくな姿勢で書き込み、美希に手渡す。


「……こんな時にふざけないで、真面目に書いてくださいな!」


 それを読んで照れるどころか、ウザい顔をした美希にノートを強引に突きつけられる。


 率直そっちょくに思ったことを真面目な感想で書いたまでだが……。


「次、やったら問答無用でパンチですわよ……」


 口元は裂けるようにつり上がり、顔は笑ってはいるが目元だけは笑っていない。


「まさに魔性の女だぜ……」

「そこ、聞こえてるわよ!」


 美希がギロリと野生の獣のように目つきを尖らせた態度に、小動物のようにしゅるしゅると萎縮いしゅくする。


 肉食動物から追われる草食動物のように、俺はペンを持ったまま、心無しか、カタカタと震えていた。 


 今は200ミリの紙パックジュースくらいな大きさの気分だ……。


「あい、すみませんさ……」

「それよりも、ここじゃあ危ないですわ。ひとけのない場所でコンタクトしましょ」

 

 美希が、さらさらと文章を書き込み、俺に見せる。


『いつどこで、マンテ教師や彼の仲間が見ているか分からないから。学校から離れて帰りながらの会話でどうかしら?』

『オッケー、

……そのままホテルへGOだぜ♪』


『バチーン!!』


 美希から思いっきり平手打ちされて、勢いよく教室の隅へと吹っ飛ぶ。


「あだっ、痛えよ。少しは手加減しろよ!?」

「いえ、見損なったわ。紅葉君は出会って間もない女性さえも、こうやって軽々しく誘うのかしら!」


 平手からグーの攻撃へと変わるが、女の子みたいな愛らしいポカポカではなく、ガチで痛くボクボクと体を殴られる俺。

 その一発一発がボクサーのようにとても重い。 


 あの時の不良に当てた由美香の飛び蹴りの威力といい、美希も何か運動部にでも入っているのか?


「いて、いてて、マジで止めろ。ほんのアメリコンジョークさ……」

「ここは日本ですわよ!

何なら、まだまだらいたいのかしら!」

「……いっ、いや、もう分かったからさ。

……真剣に痛いから、なぐりながらは止めてくれ!?」


 いかに俺が悪いとはいえ、こうもボコスカと叩かれていては身が持たない。

 どうやら美希には、あまりジョークは通用しないようだ。


 俺は素直に彼女に従うことにした。


****


『──なるほど、そういうことね』

『いいのか、お前の幼馴染みだろ』


 俺と二人で肩を並べて歩き、お互いにかきかきと筆談を交えながら、美希がポツリと呟いた。


「……もう、ここまで来ればいいですわ。普通に話しましょ」


 学校の間近にある商店街の人並みに紛れ込みながら、美希が俺からノートを取り上げ、口を挟む。


「──どうするのさ。助けないのか?」

「助けるも何も無理ですわ。あの牢獄に入って出られた人は一人もいない……」

「……いや、一名いるだろ。あの頼朝本人が?」

「……紅葉君、どうしてそのことを知ってるのですか!?」

「知ってるも何も周りからの噂から知って……脱獄して調理場で倒れてさ……ふぐっ!?」

「誰から聞いたかは知りませんが、その話の内容は軍法機密に近いですわよ。

もし、そんな風にベラベラと周りに話したら、命がいくらあっても足りませんわよ。お気をつけなさい……」


 美希が辺りを気にしながら、俺の口の動きを塞ぎ、念を持って小声で忠告をする。


 だけど、なぜ、ふいに頼朝のことが脳裏から浮き出たのだろうか。


 俺自身、彼とは先日出会ったばかりなのに。

 まるで彼と生活を共にしていたかのようだった……。

 

 俺は心の奥底から何かを知っている? とそう考えた瞬間、頭の中から激しい頭痛が響いてくる。

 

 確かに噂では一人の男性が、何か暴動を起こした噂は流れていた。


 だが、名前までは不明だった。

 それだけで、どうしてそこから頼朝が脱獄したことが浮かぶのか?


 まさに悪い夢を見たかのようだった……。


****


「──大丈夫? 顔色が悪いですわよ……」


 美希が心配そうに前屈みになりながら、近くにあるコンクリートの階段の段差に座り込んだ俺の額に、ひんやりとした物体を当てる。


「ひゃっ、冷たっ!?」


 それはキンキンに冷えた微炭酸オレンジの缶ジュースだった。


「何か情緒不安定みたいだけど、毎日ビタミンはちゃんととってるのかしら?

──まあ、いいわ……話を聞くだけじゃ野暮やぼだから。

……遠慮なく飲んで」

「ああ、いただくぜ。ありがとな」

 

 俺はプルタブを開け、炭酸の気が抜ける暇もあたえず、一気にごくごくと飲み干す。

 色々と頭を悩まし、渇いた体には水分が必要だった。

 

 美希はお嬢様気取りか、お上品にたしみながら缶のミルクティーを飲んでいた。


「……あの、その話のことですが、本当にうまくいくのかしら?」

「俺の勝手な発想だがな。だが、大体の想像はできてる。間違いないはずだぜ」

「そう簡単にうまくいくのかしら。本当に頼朝を助けられるのかしら?」

「さっきから何回聞いてるのさ。まあ、納得のいくまで説明はするけどさ」


 どうやら美希は頼朝のことが好きらしい。

 だから少年院には行かさずに、あの施設で住ますことを選んだようだ。


 だが、吸血鬼にされることを知ったのは、仲間からの噂が発端ほったんだったらしい。


「美希は正直、頼朝と素敵な学生生活を送りたかったですわ。

──頼朝とは学年も一緒でしたが、2年の冬休みで退学になり、同年の三学期にあった修学旅行にも一緒に行けなかったから。

──でも、彼は入学当初から美希との旅行は楽しみにしてましたわ。

だって、修学旅行先の北海道で美希と楽しむためだけに、わざわざ美希には教えずに秘密裏で長野の山奥でスキーの練習をしていたのですよ。

誰だって青春をエンジョイしたいはずですわ。

……それなのに、彼は吸血鬼になってしまい、ううっ……」


 美希の瞳から切なさがこぼれる。

 幾度いくども涙が頬を伝わって流れていく。


 いや、彼女をその切なさで終わらせたくない。


「美希、旅行なんていつでも出来るさ」 

「えっ……?」 


 俺は泣きじゃくる赤ちゃんのような仕草の美希の両手を手に取り、彼女から視線をそらさずに一生懸命、言葉を考えてつむいだ。


「だから、今回の俺の作戦に加担かたんして欲しい。俺一人では無理なんだ。信頼できるパートナーが必要だからさ……」

「ぷぷっ……あはははっ!」


 そんな生真面目な台詞に突然、美希がお腹を抱えて笑い出す。

 まるで俺が何か面白い暴露ばくろをしてしまったかのように。


「なっ、何がおかしいんだよ?」

「だっ、だって、パートナーとか結婚のプロポーズじゃないんだから……笑いすぎてお腹が痛いですわよ」

「美希、この際だから言っておく。俺はさ!」

「ふふっ、昨日の騒動、影から拝見してたわ。

紅葉君はシスコンなんでしょ。きちんと分かってるわよ。よろしくですわ。

大事なパートナーさん」


 美希が俺の前で大きな輪を作ったOKサインをする。

 シスコンは一言余計だが……。


「よし、だったら早い方がいい。今夜、作戦開始だぜ」

「なっ、早すぎないかしら?」

「なーに、思い立ったら即実行だ。それに昨日の化け物騒ぎでマンテの仲間や吸血鬼たちは疲弊ひへいしているはず。チャンスは今日しかないぜ!」


 俺は拳と手のひらをバチンと合わせる。


「まだ、夜まで時間がある。それまでに十字架とニンニクの調達だぜ」

「十字架、ニンニク……?

さて、何のことかしら?」

「二つとも吸血鬼が苦手なアイテムさ。いくら満月無しで吸血鬼になれないとしても、万が一に備えないとな……念のために彼から聞いて良かったぜ」


****


「吸血鬼の弱点デスか。十字架とニンニクデスよ」


 昨日の夜、吸血鬼がいる地下施設にて、俺に対してマンテが即座に返事を返す。


 その解答のあまりの早さに目を丸くして驚く俺。


「何、呆気あっけにとられてるデスか?」

「いや、いいのか?

えらいあっさりと答えてきたなと思ってさ」

「まあ、知ったところでどうにもならないデスけどね。中には、それらが効かない吸血鬼もいるデスから」

「そうなのか?」

「まあ、そんな吸血鬼にも致命的な弱点があるデスからね……」


 そう言いながらマンテは血液の入った点滴パックを次々と投げ入れると、それに集まり、ゴクゴクと飲んでいる吸血鬼たち。 


 ──やがて、ふと一匹の吸血鬼の前に来たとき、その体ごと冷たい床に伏せている異変に気づく。


「そう、言ったのも束の間、またやってしまったデスか……」


 檻の中に入り、うつ伏せに倒れている吸血鬼に近づく。

 そして、怪物の手首を取り、何やら神妙な顔をしている。

 どうやら脈拍を計っているようだ。


「まいったデスね。もう手遅れデス……」


 マンテが首を左右に振りながら、絶命した吸血鬼を静かに床へ伏せる。


「どういうことなのさ?

吸血鬼は不死身なんじゃないのか?」

「それはデスね……吸血鬼は若い10代くらいの生きている女性の人間から直接、血を吸わないと寿命が縮まるんデス。

──実際、戦時中に不死身でしたのは、捕虜ほりょになっていた生きている若い女性から血を吸っていたのが事実デスから」

「……ということは、ここに女性や大人の吸血鬼がいない理由も?」

「そうデス。ここに閉じ込めても高校生から、せいぜい長生きしても20歳未満で命を落とすデス。

それに若い女性は、ここの別室で吸血鬼にされても、所詮しょせんは彼らの血のかてになる運命デス……だから、この場所には女性や大人の吸血鬼はいないのデス」

「何てこった……じゃあ頼朝も……」

「そうデスね。このまま生きていても近いうちに亡くなってしまうデスね……」

「じゃあ、何だよ?

結局は男女ともに未成年の犯罪者を、この世から抹消まっしょうするために吸血鬼にさせたのかよ?」

「まあまあ、落ち着くデス、紅葉君。

気持ちは分かりますが、国の考えには逆らえないのデスから……」

「くそっ、みんな他人事だと思って狂ってやがるぜ……」


****


 美希の彼に対する恋する秘密を知ったせいか、このことは打ち明けれなかった。

 もし、これを知ってしまえば、今夜の作戦は失敗に終わる。


 少しでも美希には幸せな思いをさせたいから。

 

 だから、俺は最後まで言わなかった。

 いや、どうしても言えなかった。

 知らない方がいい幸せだってあるから……。


「一体どうしたのですか?

ニンニクならあの店に売っていそうですが……?

──あれ、ひょっとして泣いてます?」

「ああ、ごめん。寝不足でさ。あくびをしたら涙がでてきてさ」


 俺は、こみ上げる感情を抑えて誤魔化しながら、あくびの真似事をして、近くの八百屋へと向かう。


 今は余計なことは考えないようにしよう。

 折角せっかくの作戦に支障が起こっては困る。


 これからの二人の幸せのためにも……。


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