第8話 秘密の扉の先には

『キーンコーン、カーンコーン~♪』


 終業のチャイムが高らかに鳴り、俺達のクラスは放課後のホームルームを終えた。

 

 雑談で賑やかになった生徒達が、いつもの感じに帰宅しようと席を立とうとした時、ふと、マンテから呼び止められる。


「君達には、朝の続きの話で、さらに話したいことがあるデス。名前を呼ばれた人はここに残るのデス」


 神妙しんみょうな言いぶりから、どうやら冗談を言っている口ぶりではないらしい……。


****


 それから数分後……。


 マンテに名前を呼ばれたクラスで、特に成績優秀な10名ほどの生徒達が、この場にとどまり、その生徒達の一番先頭にマンテ自らが立ち、彼と一緒に大移動を始めた。

 

 ……いつのまにか、マンテが入手したギラリと鈍く光り輝いた銀色の鍵の束。

 さらに俺より一回りも大きな身長180越えの体型に黒のローブを纏った上からでも分かる、がっしりと引き締まった腰。

 その腰に、大量に光った鍵の束についている紐をくくりつける。


 こうして、彼は俺達のクラスメイトを引き連れて、廊下の片隅にある錆びついた鉄のエレベーターへと、するするとを進める。


 ふと、そこでいぶかしげな表情で一人の女子がピタリと立ち止まる……。

  

「……先生、ここは作業用エレベーターで業者以外は入ったらいけないのでは?

……いくら、先生でも身勝手な行為は駄目ですよ?」

「フフフッ。これは、誠に感心な若者デスね。今どき真面目な生徒も居たものデス」

「──きゃっ!?」

 

 マンテが、その正論な発言をした女子の後ろ首を手刀でトンと素早く叩き、その場で気絶させる。


「……なっ、マンテ先生!?」

「ここから先の地下に行きたい希望者はわたしに従うのデス。迂闊うかつに逆らったらこうデスよ」


 マンテが、まるで解雇宣言のように、スッと首をかっ斬る仕草をする。


「いやぁ、怖いよ……」

「な、何の冗談ですか!?」

「……こっ、ここで私達をどうするつもり?」


 いくらかの女子は恐怖のせいか、言葉を失って、その場から動けなくなっていた。

 中にはブルブルと怯えて泣いている女子もいる。


 ……そう、これが女の子としての普通の反応だ。

 これから始まる嫌な予感を本能的に察しているのだろう。

 

 ──狩りと冒険の役目は男性。

 女性は子供の面倒を見ながら料理、掃除、洗濯などの家事にいそしむ。

 

 女性は、どちらかと言えば守る側だ。

 普段のおこないから、みずから危ない場所に足を踏み入れたりはしない……。


「冗談じゃない。帰らせてもらう!」

「……まっ、待って、私もっ!」

「……グフフッ。帰るのはいいですが、このことはくれぐれも内緒デスよ」

「こんな虚偽きょぎな話をして誰が信じるのよ!」

「まったく、ご名答デス。頭が賢いからに柔軟な理解力があってよろしいデスね~♪」


 そんな10名ほどの生徒が恐れをなして、自宅へと帰るなか、俺と例の眼鏡女子二人だけの三人がこの渡り廊下に残っていた。

 

 なお、風紀委員とクラス委員の女子二人により、影が薄くなりがちな姿で気まずい雰囲気な俺……。

 

 ……その三人組の恋愛漫画のようなトライアングル恋関係? 

を察したのか、周囲にいたマンテが優しく声かけする。


「大した勇気と度胸デスね。三人とも、この学校での教師になれる素質がありますよ。グフフフ……」 


 奇妙な笑い方をしたマンテの立つエレベーターの扉の入り口には錠前があり、マンテが、そこにするりと鍵を差し込む。

 すると、エレベーターの扉がガバッと開き、俺達を迎え入れる。

 

「いいですか、ここから先は企業秘密デス。反論したり、ここの秘密をバラしたりした生徒は処罰、または退学の対象になるデス」

「じゃあ、何でわざわざ明かすような真似をするのさ?」

「その理由は、黙っていてもいずれバレるからデス。

──つまり理由を知っていれば、それなりの対処は出来るからデスよ」

「どんな理由だよ?」

「いや、それは後に話すデス。

──それより紅葉もみじ君。無駄話はそこまでにして、急ぐデスよ!」


 マンテにズンズンと背中を押されながら俺達はエレベーターの中に乗り、軽やかなモーターの機械音と一緒に地下へと降りていった……。

 

****


 無機質な音と共に降下した到着点、地下20階……。

 そこは土を掘り進めた薄暗い洞窟になっていた……。

 

 また、天井に一メートル間隔に蛍光灯が埋められており、普段は周りが見えにくい暗い洞窟内を適度に明るく照らしている。


 やがて、行き止まりの壁際にある一つの扉の前に立ち、マンテが鍵を開けた。


 一メートル間隔にある重い銀色の扉の鍵をガチャリと開けた先には、また同じ色と形の扉があり、4度目の扉を開けると、直線の通路になっていて、

左右に挟まれた空の牢屋が配置された通路が奥深くまで伸びていた。


「ギィ、ギィー!」


 しばらく、その誰もいない場所を進んでいくと、遠くから何やら奇怪な鳴き声が聞こえてくる。

 

 何かの動物を飼育しているのか?

 なら、なぜこんな地下で面倒を見ているのか?


「ギィィー!!」


 その答えは一瞬でかき消える。

 それは人間の姿をしていた。

 どうやら約六畳ほどの一つの牢屋に一匹を閉じ込めているようだ。

 

 だが、何かが違う。


 着ている服は、土でドロドロに汚れていて、目は赤く充血しており、口からは犬歯がはみ出し、鋭く尖った牙のようになっている。


 奴らは、檻の中で狂ったように俺達に向かってギラギラとした飢えた野獣の瞳で見ている。


「ギィ、ギィー!!」


 檻の中で耳にキンキンくる叫び声で暴れ狂う異質な獣達。

 中には頑丈な鉄格子を荒々しく掴み、ガチャガチャと鳴らして威嚇いかくする獣もいた。

 

 その一匹の眼鏡をかけた獣の前でピシッと立ち止まるマンテ。


「吸血鬼って知ってるデスか?」


 マンテが自身の着ているローブの袖口から、がさごそと生々しい赤の液体のパックを取り出す。

 ……それは病院の手術で使用する輸血用の点滴パックに似ていた。


「──彼らのことを言うんデスよ!」


 マンテが、それを吸血鬼の騒ぐ牢屋の鉄格子の隙間から投げ入れる。

 

「ギィ、ギィィ!!」


 無造作に与えられたパックを食いちぎり、中の液体をゴクゴクとラッパ飲みをする吸血鬼と呼ばれた、なぜかずれ落ちない眼鏡をかけた一匹の獣……。


 その仕草を見て、真っ青な顔でおそれた眼鏡女子二人組は、大きく息を吸い、大声で助けを呼ぼうとしたが、察したマンテに背後から肩を手刀で叩かれ、気を失い、地べたに崩れ落ちる。


 狂いきった異様な吸血鬼の姿は、どこかで見覚えがあった……。

 

「さて、紅葉君。

ここいらで、この学校に関した詳しいお話をするデス……」


 マンテは鉄格子から少しずれた土の壁に背を預け、俺に、ゆっくりと話を持ちかけてきた……。


****


 ──普通、犯罪を起こした、まだ未成年の子供たちは少年院に送られ、そこで更正のプログラムを計画し、まっとうな人間にするようにそこで訓練を重ねる。

 

 しかし、少年院とはいえ、その匂いをマスコミ達は黙ってみていない。

 彼らは未成年という存在を獲物に様々な取材を試みてくる。


 ……取材をするほどに増えるお金を目当てに、顔を隠して名前を少年Aや少女Bなどに例え、面白半分で踏みいってくるのだ。


 そこを一般の人々が観たらどう思うか……。


『この人、どこかで見たことがある……』と、SNSなどを通じてマスコミ内に情報を求めて殺到さっとうするだろう。


 ……だが、その状況を犯罪の起こした子供のいる保護者が知ったらどう感じるか。


 いくら心を入れ替えて戻ってきても、社会が許さないのだ。

 

 ──学校に登下校を繰り返す度に仲間や生徒からヤジなどが飛び、いじられて嫌みに繋がり、 

あげくのはてには、そこからイジメへとエスカレートする。

 

 やがて、ゆくゆくは学校に行かなくなり、家に引きこもり、親のすねをかじる三食昼寝つきな堕落だらくな生活を続け……それは就職難にも繋がる……。


 どこの企業へ面接へ親が代わりにうかがっても不採用の嵐。


 当たり前だ。


 本人は目の前に居ないから区別がつかないし、どこに、そのようないつ破裂するか分からない不発弾を置いておくのか。


 社会に異常な犯罪人を雇用していることが判明したら、会社が不利益に繋がる。


 そうなると経営は赤字になり、中小企業だと、即刻に破綻はたんする可能性もありえる。

 

 そうやって解雇され、家に閉じこもり、親が面倒を見る。


 例え、親は高齢になっても、一人立ちが出来ない子供の心配もしなくてはならない。

 

 しばらくして年月が過ぎ、親が車椅子状態になり、やがて寝たきりになると、満足な暮らしや食生活もおくれずにストレスを暴発させた子供は再び犯罪へと手をおかし、兄弟や姉妹などの血縁関係から孫の代まで、その犯罪者の存在を思い知らされるのだ。


 ──何か事件が起これば『犯罪者の家族のお前達が、あの犯罪者を真似てやったのだろう』と……。

 

 こうして、行く先は家庭は崩壊して散り散りになる。

 

 さらに、それが不満で発狂した子供も犯罪に手を伸ばすはめになり……次から次へと増えて行く身近な犯罪者……。

 

 手に追えない保護者たちの末路……裏切り、憎しみ、暴力など……。

 一人の子供により家系さえも崩されるはめになる……。


 そんなわけありの事情のために子供の犯罪者を少年院に行かさずに世間で内緒でかくまう施設。


 それがこの学校の闇に作られた地下施設である。


 表向きには、普通の学校として運営をして施設に資金援助などをして支え、裏向きの施設は、万が一何かが起きても、親元を離れた生徒が過ごしている学生寮などという理由で、暗黙で経営させる意表をついたシステム。


 ……だが、いくら施設とはいえ、残酷なシステムで健康な子供なら、いつまでもそこには置けない。


 明らかに泊めるお金と部屋数が足りないからだ。

 

 だから、国からお金を援助して独立して暮らしてくれとなる。

 

 そうなると、その犯罪者の子供の行方が知らされ、また、身近な関係者を歪めてしまう。

 

 なら、病気持ちにして、ほぼ永久に施設に閉じ込めてしまおうとたくらんだ。

 

 ……とある海外で戦時中に人体実験として利用していた、ある程度なら不死身な兵士になれた『吸血鬼』という未知のウイルスを、裏ルートにて安価で取り寄せて……。


****


「──以上が、この学校と地下施設についての大体の話になるデス。

……おや、聞いて驚いたデスか?」

「いや……」


 マンテの長話を傍目はためにしながら、俺は血をむさぼる一人の男の子をずっと観察していた。 


 確かに若いが、そう子供でもなく、俺と同じような年頃に映る。


 しかも、彼の服装は明らかに俺が体育の時に着ている青のジャージと、よく似ていた。

 

 そう、よく見ると胸には刺繍ししゅう学校の象徴である『百合ヶ丘ゆりがおか』のワッペンが縫われていたのだ。


「……そうか、この男子が去年学校にいた……ひいらぎ……」

「そうデス。ご存じでしたか。

彼が吸血鬼になった柊頼朝ひいらぎよりとデス……。

──気をつけるデス。ちょうど今日が満月の夜デスから、こうやって腹を空かせて凶暴になってるデス。

まあ、夕食に牛肉を与えたので多少は大人しい方デスが……」

 

 ──さらに、マンテが話を進める……。


 実は『百合ヶ丘』の前の頭文字にある『希望乃きぼうの』の名称は最初からなかったものだと……。

 

 日中に正常な人の姿で地上に這い上がり、その人の形をした吸血鬼が夜中に暴れ狂わないように願いをこめ、今年から『希望乃』百合ヶ丘という学校名にただしたらしい……。

 

 事実、去年、高校二年の17の時に吸血鬼になり、退学した頼朝のワッペンには『希望乃』の文字が縫われていないのだ……。


「ギィ、ギィ……」


 落ち着いた行動からして、存分に空腹を満たせたのだろうか?

 その吸血鬼が鉄格子から外れた空間で寝転がる。

 

 そのまま、頼朝はグッスリと寝息を立てる……。


「しかし、こいつはそんなにヤバい犯罪をしたのか?」

「母親をやってますデス。幸い母親には命に別状はなかったのデスが、幼馴染みの西都美希さいとみきさんの指示により、ここに隠蔽いんぺいすることにしたデス。少年院に入れたら滅多に面会は出来ないデスからね」


 ──不意に頭痛が走る。


 彼と何気ない会話、

 ボロボロになった彼の服装、

 牢獄で彼に襲われた女性……。


『──去年のクリスマスに、ここに入る前に自身の母親を刺して殺害未遂にさせ、それが理由で、この施設に入所した──』


 頭が割れそうに痛い。

 この余計に入り込んでくる記憶はどこから来るのだろう。

 

 俺は、今初めて会った柊頼朝と面識があるのか?

 いや、俺はこの場所を知っている?


「どうかしたデスか、顔色が優れないようデスね。では、帰りましょうか」

「……あっ、そうだな」 

「あと、くれぐれもこのことは他言無用デスよ。話した時は私のお仲間さんから、即座に殺られてるデス」

 

 マンテがこめかみを指さし、俺の耳元でバーンと呟く。


 どうやら、この学校には万が一に備え、秘密を漏らすと無言で葬りさる暗殺者がいるらしい。


 あくまでも俺の推測に過ぎないが、マンテが気絶させた生徒を運んでいた彼と同じの男たちで間違いないだろう。


 ……いやいや。

 今はそれどころじゃない……。


 俺は頭を震わせて、理性を取り戻し、頼朝と呼ばれた吸血鬼から離れた。


 それよりも今は彼のことを、もっとよく知る三学年の美希と納得のゆく話がしたかった……。

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