第2章 悲劇と喜劇な妄想

第3話 満月の栄養補給

「さあ、夕飯の時間だ。出ろ!」


 牢屋の中で頼朝よりととガヤガヤと下らない雑談をしていると、グラサンをかけたゴツい筋肉質の男が怒鳴り口調で扉にかけたカギをガチャガチャと外す。


「そうか、もうそんな時間か」


 カチコチと鳴る部屋の壁時計は夕方の六時を指していた。


 俺達は重い腰を上げて食堂へと向かう。

 横には、カギを開けたドシドシと歩く男が付きっきりだ。

 

 ガッチリとした男の腰には、天井の電灯の光を反射する、きらびやかな大量の鍵の束がくくりつけてある。


 ──各部屋には施錠せじょうがしてあり、これらの鍵がないと各部屋には入れない。


 扉を開けると、頑丈な扉。

 その扉を開けると、また厳重に扉。

 まさに分厚い壁に仕切られ、鍵によって管理された牢獄のような施設である。

 

 やがて、4度目の扉を開けると洞穴の土壁の背景から、灰色のコンクリートに変わり、幅広いリノリウムの床のフロアへと出る。

 

 壁には白の黄ばんだ年期もののクロスが貼ってあり、いくつもの白く長いテーブルが並び、たくさんの人々が食卓をたしなんでいた。


 ……ここは俺達が共同で食事をする場所、つまり食堂だ。


 俺は頼朝に座る席を探してもらい、カウンターへと足を運ぶ。


 それから今日の夕食の献立こんだてを聞こうと、白衣の上に白いエプロンを着け、さらにマスクをつけた厨房のおばちゃんの一人に尋ねてみる。


「おばちゃん、こんばんは。今日の晩飯はなに?」

「あいさ、今日の夜は満月だからね。牛ステーキだわさ」

「へえ、そうなんだ」

「ちなみに安心しな。あんたらが苦手なニンニクは入れてないだべ。

──さて、今から焼くからちょっと待ってな」


 フライパンからのジュウジュウと香ばしい焼いた肉の香りが食欲をそそる……。 


 ──そう、俺達は吸血鬼のウイルスを投与とうよされた吸血鬼である。

 今日のような満月の夜になると、血が欲しくなり、様々な動物を襲ってしまうらしい。


 だから、その被害を防ぐために満月の夜には、このニンニク無しの牛ステーキを食べて、症状を抑え込む。


 この施設ならではの対処法だった。


 だが、そんな吸血鬼の間柄あいだがら、ステーキといえど、中までじっくりと火を通すわけにはいかない。


 肉をナイフで切ると、断面は半生で中から血がしたたる、そんなミディアムレアな焼き加減で、ほのかに血の味がしないと駄目なのだ。


 ちなみに、この東京の都市での普通の衛生基準法によると、生肉の提供は基本的には出来ない。

 その理由として生肉についたウイルスは例外もあるが、熱を加えなければ死滅できず、食品提供の際、食中毒を防止するために安全な肉を提供するのが調理のならわしだからだ。


 なら、基準に従い、血肉を欲した相手が吸血鬼としての本能で周りの人々を傷つけたらどうするか……。


 そんな信用問題を背負いながらも、今日もおばちゃん達は調理場でテキパキと働いていた。


****


「あっ、竜太りゅうた!」


 白のプラスチックのトレイにおかずを載せ、炊飯器から茶碗山盛りにホカホカな白米をよそおっていると、俺に対して一人の女の子の声がした。

 

 ピンクのゴム紐で髪を後ろに纏めた赤のジャージ姿の由美香ゆみかからだった。

 

 この施設では万が一の事を想定し、男女別々に暮らしており、何かの合同のイベントや食事のときでしか、一緒に会えない仕組みになっていた。


 つまり由美香とは、この些細ささいな時間でしか会えない。


「おう、由美香。朝飯以来だな」

「ごめんね。お昼はの作業があったから、部屋で菓子パンで済ませたの」

「そうだな。もうすぐクリスマスだもんな」


 冬使用の上下のジャージを着ている由美香が、俺の持っているトレイをじーっといるようにのぞく。


「あれ?

若いし食べ盛りなのに、そんな量で足りるの?

私のおかず、少し分けようか?」

「いや、気持ちは嬉しいが、由美香も食べないと。このままじゃ痩せ細るぜ」


 ──あの衝撃な事件から二週間が経った。

 彼女は精神的ショックのせいか、あまり食事を口にせず、頬はこけて、徐々に痩せていった。

 

 だから、俺に出来ることはないかと、自問自答しても結局返ってくる決断は、いつも一緒の考えで、無闇に傷口に触れずに『今はそっとしておこう』という気持ちだった……。


「──それにさ、今日は、あの満月の日だから、ちゃんと血のみなもとは取っておいた方がいいぜ」

「その時は限定で食らいつくから安心して♪」

「おいおい。食らいつくとか、俺はチキンバーガーかよ?

──それじゃあ、朝から飯を食ってない腹を空かしたゾンビだぜ……」

「ふふっ、血に飢えたゾンビの美少女ほど、男として、そそるものはないんじゃない?」

「それ、何の性癖さ?」

「ふふふ、だよね~♪」


 由美香が悪態気味に笑いながら、トレイに熱々なステーキの皿を載せる。


「まあ、竜太から心配されないように少しでも食べますか♪」

「ああ。モリモリ食べて、はち切れんばかりの巨乳を目指せよ」

「……何、浮かれて調子に乗ってるのよ。

……相変わらずデリカシーがないわね。誰に似たのやら……」

「本当だよな。

……じゃあ、俺は頼朝と食べるからさ」

「うん、私も友達の席に戻るね」


 由美香がピンクのボアスリッパをパカパカと鳴らしながら、女子仲間の座る窓際の奥の席へと戻っていった。


**** 

 

 ここの施設は闇を忍ぶ吸血鬼という理由で恋愛なんてご法度はっとだ。


 もし友達としてから恋仲になり、愛を深めていると処罰の対象になる。


 今まで、それにより何人の仲間が地下奥深くにある牢獄へ消えたことか……。


 ──その牢獄からここへ帰ってきた者は俺の知る限りでは誰もいない。


 別名、『帰らずの牢獄』……。

 

 いや、俺の知るなかで過去に一人だけ戻ってきた者がいた。


 服があちこちと切り裂かれ、体に大量のムチで叩かれたあと


 また、眼鏡を無くした目は焦点が合わずにさまよっていて、この調理場に弱々しく着き、その場でばたりと倒れこんだ一人の男。

 

 ──それが、あの頼朝であった。


 何でも噂によると、一人の女性と恋仲になり、あげくのはてに欲望に踏みいったのがバレて地下の牢屋に監禁されたらしい。

 

 それから3日も経たずにして彼は牢屋で発狂して、暴れ狂い、気になった30代くらいの女性の看守が中に入り、声かけをした時に、今度はその女性が危ない目にあったとか……。


 頼朝は何やら叫びながら、隠してあった自作の割り箸サイズの先を尖らせた木の棒で、持ち前の紐で縛った彼女にさらしながら、檻の外からの彼女の見張りの関係者たちの前にガツンと脅迫きょうはくそうだ。


『コイツの片目を、この割り箸棒で潰すのと、大人しく俺をここから出すのと、どちらがいいか?』と……。


 それを知った婚約者と同年代な男性の見張り人はなげきながら、周りの職場仲間にお願いをした。

 

 ……所詮しょせん、相手は力のない子供。

 いつものナイフやムチを使って力ずくでヤツから女を取り戻せと……。


 こうして、その女性は無事に解放され、頼朝はここに戻ってきたのだ……。

 

 だけど、彼はその牢獄であった出来事を話そうとしない。


 普段は、おちゃらけて楽しい彼なのに、なぜ、そこまでして非情になれたのか……。

 

 実際に、その現場を見たわけではなく、ただの噂を耳にしただけだが、頼朝には秘密が多かった。


 唯一、ここの人たちから聞いて知っていることは、去年のクリスマスに、ここに入る前に自身の母親を刺して殺害未遂にさせ、それが理由で、この施設に入所した事くらいだ……。


「……おい。何、ボケーとしてんだ。肉が冷めるぜ」

「ああ、そうだった。いただきます♪」


 俺は慌てて現実世界へ意識を戻し、パクパクと白米をしょくす。


 ……すると、ゴリっとした異物が歯に当たる。


 おそるおそる取り出してみると、それは丸い虫の固まり……。

  

 それは、緑のカナブンの玩具だった……。


「また、アイツらのイタズラか。竜太、俺がとっちめてやる!」

「待ってよ、また牢獄行きになったら困るだろ?」

「そうか、竜太がそう言うならしょうがないな……。

でも、あまりにも嫌がらせが多かったらすぐに言えよな」


 頼朝は、ご飯の上にバターの香ばしい匂いのするステーキを載せながら、なぜか残念そうに呟く。


「しかし、何でご飯にステーキ載せてんだ?」

「ステーキと言えば、和牛ステーキ丼に限るだろ。ほが○っか弁当店の人気な定番メニューを知らないのか?」

「いや、うちの近所には、コンビニばかりでほが弁はなかったぜ」

「な、あの弁当屋が近所になかった?

なんてこったい……。

まあ、うまいから試してみろよ」


 頼朝が全ての肉をご飯に敷き詰めて、顔にそぐわない分厚い眼鏡(外すとほとんど見えないらしい)を支えながらハグハグと美味しそうに食べている。

 

 そんな彼を見て、余計にグーとお腹が空いた僕は、無心でステーキをそのままがぶりとかじる。


 柔らかくて肉汁がジューシーで美味しく、白米との相性は最高だ。

 でも、ご飯の上にステーキを載せる度胸はなかったが……。


****


 しばらくして、食事を終え、眠気を感じた俺達は再び牢屋に戻らされ、満月の夜さえも忘れて、そのまま眠ったのだった……。





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