お風呂と入学式

「いやー、一時はどうなるかと思いましたねライラさん」

「ホント、リリーって結構抜けてるところあるわよねー」

「いや、それはライラさんですよね!?」


私たちは今、王都にある大衆浴場で湯上りのご飯を堪能していた。

理由は単純、入学手続きを終えて一息つこうとしていた私たちの目に大衆浴場の看板が映ったからだ。

こっちの世界に来て以来お風呂に入れていなかったという事実、リリーの案外綺麗好きな性格、そこに来てお風呂の看板である。

もはや入らないほうが不自然だ。

最初の街ナチャーロ、途中通って来た街々、今までお風呂がなかったからてっきりこの世界にはないのかもしれないと思っていたけれど、流石は王都あるものである。


お風呂はところどころ日本に似ていてとても気持ちいいものだった。お風呂上がりの料理もである。

地球の面影があるのはお風呂ばかりではなく、町中に潜んでいる。もしかしたら過去にも私たちと同じように転移や転生してきて文化を広めた人がいるのかも知れないわね。


私の前にあるのは飲みかけのビールっぽいヤツと、よくわからないの魚の天ぷらだ。あと、キュウリっぽいヤツの漬物‥‥‥。

リリーはリンゴとミカンを足して二で割ったような味をしたジュースと、暖かいおうどんモドキ。あとは私のキュウリっぽいのをちょくちょく取っていって食べている。


そんな幸せいっぱいのお風呂上りに交える会話は今日の夕方にあったことだ。


「だってライラさん、入学に必要なのは『推薦状』『入学金』それと『』ですよ!?」

「まぁまぁ、落ち着いて‥‥‥」

「落ち着いてなんかいられますか!危うく更なる恥を重ねるところでしたよ、まったくもう!」

「あはは‥‥‥」




▼▼▼




夕方、冒険者ギルドで恥をかいた私たちは魔法学校に来ていた。

登校するため‥‥‥では勿論ない。

推薦状を提出し、入学手続きを済ませるためだ。

守衛さんに推薦状を見せ事務所に案内してもらった私達は、書類を色々書き終えた後に事務員らしきのおば様の言葉で凍り付いた。


「魔法適正の確認及び適正属性の検査を行います」

「「へっ??」」


まずい。

リリー一人の入学は心配だから私も入学するつもりだったけど、私って魔法適正あったっけ?

リリーは回復魔法だけど…私は‥‥‥


(どーしようリリー!)

(どーするんですかライラさん!)

(まずいよリリー!)

(ホントですよライラさん!)

「それではこちらの水晶に手を置いてください」


私とリリーの視線による会議では何も解決策が出ないまま、検査が始まろうとしていた。


「あのっ、適正属性ってどういうのがあるんですか?」


リリーによるとっさの時間稼ぎ。

といっても稼いだ時間で何か出来るわけではないのだけれど。


「魔法には属性があるんですよ。火、水、土、風、雷、光、闇、の七種類が主な属性です。それぞれに相性があったり、光と闇の適正者は稀であったり、他にも属性があったりしますがそれは入学後、授業で習うことになります」

「へ、へ~そうなんですか」

「それでは先にそちらのお嬢さんから」


まずはリリーからだった。

リリーの心配はいらない、この子の魔法適正は私の身体がしっかり覚えている。

リリーに回復魔法掛けられた時はホントに死ぬかと思ったからね‥‥‥。


「これは‥‥‥すごいですね。光属性を中心に闇属性以外すべての属性に適性がありますよ!」

「それって、すごいことなんですか?」


もちろんですとも!と事務員らしきおば様は興奮気味に語る。


「普通の生徒の皆様であれば適性のある属性はだいたい一つか二つです。勿論それだけある時点で十分にすごいのですが、それを考えれば六属性に適性を持つことは凄すぎることです!!」


冷静沈着って感じのおば様がこんなに興奮するってことから見ても、やはりかなり凄いことなのかもしれない。

リリーの言っていた変な神様からの贈り物っていうのが回復魔法、たぶん光属性だけであったことを考えると、他の五属性にも適性を持っているのはリリーのもとからの才能なのだろう。


「よかったねリリー」

「ありがとうございますライラさん、でも私何がなんだかよくわからなくて…」


まぁいきなりあなたは天才です、なんて言われてもよくわからないものだろう。


「次はそちらの方です」


事務のおば様の「まさかあなたも‥‥‥?」と言う期待の目が痛い。

これで魔法適正なかったらどうしよう‥‥‥。

心臓を和太鼓のようにドンドンと打たせながら水晶の上に手を置く。


「これは!?」

「ど、どうかしら?」

「どうでしたか!?」


「闇属性だけですが、非常に大きな適性を持っています!」


「「‥‥‥はぁ~」」


緊張した~~~。

一属性とはいえ適性があってよかった。


「これもやっぱりすごいんですか?」

「はい、闇属性は適性を持っている者が光属性以上に少なくてですね、未だに解明されてないことも多い属性なのです!」


なんか吸血姫の私に似合いそうな属性だ。

これも吸血姫の特性だったりするのかな?





▼▼▼





「あそこでやっぱり魔法適正がありませんでした、なんてことになってたらと考えるだけで心臓がバクバクしちゃいますよ!」

「いやー、私達って周りが見えてなかったんだね」


まぁ結果として入学できることになったし、おいしいご飯も食べられているのだから……良しとしましょう。


「それにしても今日だけで情報収集の大切さをこの身で学びましたね」

「あぁー、そうだね‥‥‥」


魔法学校が寮制だということも知らなかったし、冒険者ギルドの件は本当に恥ずかしかった。


「と言う訳で魔法学校の入学式までの間、魔法学校についての情報収集と冒険者ギルドでの学費稼ぎ、頑張りますよ!!」

「おー」


入学式は一か月後だ。

それまでに貴族のお嬢様たちについて知っておかなければ、一か月後恥を掻くことになってしまうだろう。

入学後も放課後や休日を利用して依頼を受けることは出来るだろうが、護衛依頼などのまとまった期間を必要とする仕事は出来なくなるだろう。だから入学前のこの時期にある程度稼がなければ‥‥‥。






▼▼▼





「いや~ついに入学式だねリリー」

「この一か月あっという間でしたね」

「お金もたっぷり稼いだし」

「魔法学校に関する知識もだいぶ集めましたよね」

「少しは有名にもなったしね」


一か月間ひたすら難易度の高い依頼をやり続けた私たちは目まぐるしい変化を遂げていた。

お金→たくさん

知識→たくさん(?)

評判→たくさん

ウハウハである。


中でも評判は大分高くなってきていて、冒険者の中では二つ名までついてきた次第だ。

曰く『金姉妹ゴールドシスターズ』だとか。

正直めちゃくちゃ恥ずかしいし、ネーミングセンスのなさに呆れはした。

二人そろって金髪の金級冒険者だからって安直すぎるのではないかと。

まぁ有名になることでエリスさんにこちらの存在を知ってもらうという点では順調(?)であるわけだ。


そんな『金姉妹』と呼ばれるようになった私たちは今、魔法学校の校門前にいた。

勿論、入学式に参加するためである。


「式って講堂でやるんだったかしら?」

「そうですよ、それほど大きい講堂ではないそうですが今年の新入生は百人程度だから足りるだろうということでした」

「そういえばそんな理由だったわね‥‥‥」


入学するためには厳しい条件があるので入学者は国中から集まってもあまり多くはないらしい。

校門の前から見る魔法学校は、講堂の大きさ何て知らないけれど一、二、三年と教員合わせて三百人ちょっとにしては明らかに広すぎた。

…迷子になりそう。


「それじゃ、遅れないようにさっさと行こっか」

「入学式に遅刻なんて嫌ですからね…」


リリーと共に校門から講堂へ向かう。

案内板が出ているし周りにも行動に向かう新入生がいるから迷うことはないだろう。

周りに見える新入生の年齢は様々だ。

リリーと同じ十二、三歳から十八歳ぐらいまでと同じ学年にしてはバラけている。

‥‥‥なんでだっけ?

やばい、こういうことしっかり覚えておかないとリリーに怒られちゃうのに…。


「ライラさんどうかしたんですか?」

「え、いや何でもないよ?」

「‥‥‥今のライラさん、なぜここの生徒の年齢にバラつきがあるのかをせっかく勉強したのに忘れてしまったっていう顔をしていますよ」

「えっ!?鋭すぎない!!?」

「ライラさんのことならこれくらいわかって当然です」

「‥‥‥恐ろしい子ッ‼」


私の何とも言えない苦笑からそこまで見抜くのはどう考えても尋常じゃない。


「仕方がないですね、ライラさんは」

(あっ、この扱われ方。情けない気持ちで一杯なのに、なぜか心地いいような……)

「この一か月の間にも勉強しましたけど、魔法適正があると分かる時期には個人差があるんです。だから早めに分かった人は十二、三歳ぐらいから遅めの人は十八歳ぐらいに入学するから同じ学年でも年齢にバラつきが出るんですよ」

「ほぇー」

「『ほぇー』じゃありませんよライラさん!情報収集が足りなくて恥を掻いたから今回ちゃんと勉強してきたんですよね!?しっかりしてください!」


そんなこと言われても‥‥‥そんなことより怒っているリリーが可愛い。


「絶対私の話あんまり聞いてなかったですよね?」

「‥‥‥講堂あっちみたいよ」

「ライラさん!」


最近リリーがちょっとプリプリ気味で、なにかあるとすぐ怒る。

それに宿……。

ずっとそばにいることを誓い合った中ではあっても、別に恋人とかそういうのではない関係。

こういう会話も楽しくはあるけれど……やっぱり少し寂しいかもしれない。


最近甘えさせてもらえてないから、少し心が弱気になってしまっている私。

なぜか最近甘えさせてくれなくなっていたリリー。

二人で講堂の目の前まで歩いていくとそこには人だかりがあって‥‥‥。


「まぁ見て、ウェンディ様よ!」

「こんなに近くで見られたのは初めてですわ~」

「あぁ、なんて凛々しい姿なの~」


黄色い声、黄色い声、黄色い声。

新入生たちに加えて上級生たちもが集まって誰かを囲っているようだ。


「ねぇリリー、ウェンディって名前が聞こえてきたけれどもしかしてそれって…」

「はい、今年入学するという噂のあったリーネリッヒ王国第三王女、ウェンディ・フロスト・リーネリッヒ様とかいう方があの人だかりの中にいるのでしょう」

「‥‥‥」


今度はちゃんと覚えていたのだから誉めてくれたっていいのに……。

少しの不満を胸に抱きつつもそれを押しのけるように好奇心が湧いてくる―――

超絶美形って聞いてたし、あの人だかりだ、そんなに可愛いのかちょっと見てみたい。


そんな願いが届いたのか、先生がやってきて人だかりを解消させる。

‥‥‥まぁ講堂に入れなくなっちゃってたからね。

中から見えてきた王女は……………



「へぇ~」


「どうしたんですかライラさん。ひょっとして王女様に見惚れちゃってたんですか?ライラさんは美少女を見れば誰にでも食いついちゃうような人なんですね!!」

「ちょっと待ってよリリー。私だってそんな誰にでも食いつくなんてことはないし、あの王女は美少女って感じじゃないでしょう?どちらかって言うとって言葉が似合いそうな感じじゃない!」


そう、人だかりの中から見えてきたのはような美形だったのだ。事前に調べた通りなら十五歳と言う年齢のはず、ならば背は同年代ではかなり高い部類になるのだろう。紺碧こんぺきの髪は短く、『王子様』の印象を強めていて、左目の泣きぼくろが、浮かべている微笑の魅力を大幅にアップさせている。


「私は可愛い子ならまだしもカッコいい子はあんま好きじゃないよ?それに私はリリーだから好きなのであって可愛ければ誰でもいいって訳じゃないよ」

「~~~っ!!?ど、どうでしょうね、都合のいいことばかり言っちゃって‥‥‥‥‥‥‥いつもいつも言い寄られるとすぐに鼻の下伸ばしてるくせにっ」


むぅ、かなり怒っていらっしゃる様子。

リリーに甘えたいのに‥‥‥もしかしてリリー、私のこと嫌いになっちゃったのかな


今すぐベッドに飛び込んで布団にくるまり、フルパワーで落ち込みたいところだったけれど、入学式はもうすぐだ。

二人の間に流れている妙な空気を払うように講堂へ入っていき、入学式が始まった。





▼▼▼





入学式が終了し、全部で三クラスに分かれたうちの一つのクラス。

適性検査で優秀と判断されたもの順に分けられるとは講堂で伝えられたけれど、自分のクラスが三段階でどの位置づけになるかはホームルームで伝えるそうだ。


そして……伝えられた教室に入り、他の生徒も皆教室につき、自分の名前が書かれた席に座り終えた頃に担任の先生がやってきた。


「皆様はじめまして。わたくしは皆様の担任でイザベル・ニアンと申します」


どうぞよしなに、と礼をした担任の先生は適性検査の時のおば様だった。

まさか担任になるとは……てっきり事務員かなんかの人だと思っていたのに。


「皆様のほとんどがお知り合いでしょうが、まず皆様にはお互いに自己紹介をしていただきます」


なんかそういう所は普通の学校っぽい、のかな?行ったこと無いけれど。

自己紹介の順番は席順にするそうだ。

その席順はクラスの左前から五十音順になっていて、私は右後ろの後ろから二番目に席があって、一個後ろの一番後ろの席はリリーだった。

まぁ『ラ』と『リ』だしね。


左前の方の席から始まった自己紹介。

皆の名前を必死に覚えようとする私は、始まってすぐに聞き逃せない名前を聞くことになった。


「ウェンディ・フロスト・リーネリッヒです。王家の血をひいていますが、皆様には親しく接してほしいと思っています。よろしくおねがいします」


「ウェンディ様~」

「素敵ですわ~」

「凛々しいですわ~」


黄色いBGMをまとって自己紹介したのは、先ほどの王女ウェンディだった。

ボーイッシュな感じで周りの貴族令嬢の心を鷲掴みにしている王女だけど‥‥‥。


…………)


王女の姿に感じた違和感の正体を掴もうと彼女の方をじっと見ていた私は、から向けられるいじけるような、とがめるような視線に気づかなくて…。

自己紹介はついに私の番になった。


「ライラです。よろしくおねがいします」


お貴族様に対して失礼がないようにと思うとどうしても口数が減ることになってしまう。


「ライラ様……平民の方ですわね」

「でも……」

「なんだか多くを語らないところ等がミステリアスで……」

「不思議とお姉さまとお呼びしたくなってしまいます……」


「「「「素敵ですわ~」」」」


席に座ると私にも黄色い声が出てきてくれた。

なんだか悪い気分ではない。

皆は私より少なくとも外見だけなら年下だし、妹みたいに思えてくる。


黄色い声とそれに対する私のまんざらでもない態度。

後ろでリリーがつまらなそうにしていたのには、ついぞ気づかなかった。


















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