初めての魔物討伐と回復魔法


「グゥルガァァァァアアアアァッ!」


「キャ~~~~~~~っ!」


「もうこいつ絶対猪じゃないよ~~~~~~~っ!」


平原に響くのは猪が上げたとは思えないような咆哮と、少女の悲鳴、それと言いたいことが凝縮された文句だった。


私は今、いきなり襲い掛かってきた『氷結猪アイスボアー』の猛攻をリリーを抱えたまま避け続けている。いきなりの接敵だったため、リリーが近くにいる状態での戦闘開始となってしまったのだ。本当ならリリーにはある程度離れたところから見ててもらって、私が華麗に倒すはずだったのに‥‥‥。

想定外だったのは接敵のタイミングだけではない。まずいきなり空から降ってこられたこと。リリーを抱えて戦う羽目になってしまっていること。咆哮がもはやボスモンスターみたいだということ。そして‥‥‥


「グゥルルゥゥゥゥゥガアッ!!」


「くっ、速い!!」


なによりデカいくせに速度までもが凄まじいのだ。リリーを抱えたままでも避けることはできているが、リリーを置く暇までは与えてくれない。

銀のロザリオは既に外しているが、あまり派手な動きをすると抱えているリリーにダメージがいってしまうことが想定できるので、こちらから攻撃もできない。


「リリー!次の突進を躱したら一度下すから、急いで私の後ろに回って!!」


「はぁ~いぃぃ~~~~~」


リリーの返事がこんな感じなのは別に私を舐め腐っているからではなく、

ただ単に私の回避機動で目が回ってしまっているだけだ。……ごめんねリリー。


「グァッオオォォォ!!」


次の突進が来る。今までより少し遅めだ。もしかしたら疲れ始めているのかもしれない。


「リリー!!」


突進を避けてリリーを下ろし、後ろに回るよう合図する。

すると氷結猪は今までより短い時間で次の突進を始めていた。

そのうえ今まででは一番速い。疲れていたわけではなかったのだ。


(さっきの勢いが弱かったのは、次の突進を早くするためだったの!?)


魔物に読み合いで負けたのは悔しいけれど、最終的に勝つのは私だ。

予想以上の速さであるし、今のコンディションがパーフェクトなわけではないが…

思いっきりヤれるなら勝てる。

虚空に紅銀の大槌を取り出し両手で握りしめる。

全長二メートル。構成物質:謎。メイドby吸血姫のそれを大きく振りかぶり‥‥‥


「えいっ、やぁっ!」


突進してきた氷結猪の横っ面にぶち当てる。

ドンッ、という音を残して氷結猪はかき消え、二秒ほど経って右のほうから

ズシャァァという着地音が聞こえてきた。

二、三十メートルほど離れた位置まで吹っ飛ばされた氷結猪は、脳震盪のうしんとうを起こしたのかまだ起き上がれていない。‥‥‥が。


「まだ生きてるとはね……ほんと、どこが猪なんだか」


一撃で仕留めるつもりだったのにまだ生きている。手加減抜きの吸血姫の攻撃を喰らって脳震盪で済むのは、かなりの強さと言えるだろう。


「ラ、ライラさん‥‥‥勝ったんですか?」


「いや、まだ終わってないみたいね。というより向こうは今から本気って感じかな?」


「えぇ~~~~~!!なんですかそれっ!反則ですよ反則!!」


この分だと、後ろに隠れていたリリーの、回っていた眼はもう治っているみたいだ。

今の内、離脱して欲しかったけれど、その気が無さそうなのでこのまま私の後ろにいてもらう。


「リリーって日本に居た頃、本読みまくったせいで変な知識沢山あるでしょ?地球のでいいから猪について教えてくれない?」


「変なってなんですか、変なって!」


プンプンと怒りながらも教えてくれるみたいだ。


「えっとイノシシ狩りとかでの注意点は‥‥‥まずはあの牙が要注意です、非常によく切れると聞いたことがありますね。あとは、真っ直ぐの突進だけじゃなくて小回りも実は効くとか。それとジャンプ力も意外と高いらしいです、一メートルの柵を飛び越えるとか‥‥‥」


「空から降ってきたのはジャンプってこと!?どんだけよそれって」


それにしてもリリーの知識はかなりおかしいと思う、どんな本読んでいたんだろう…


「‥‥‥フゴッ?ヴォォォォグァアアッ!!!」


どうやら氷結猪の意識が覚醒したみたい。それにしても最初の「フゴッ?」は可愛げがあったのに、いきなりドラゴンみたいな声になっちゃって……もしやキャラ作っているのか、あの猪野郎。

私が氷結猪に対して理不尽な怒りを覚えていると、その怒りを覚ますように気温が徐々に下がってきた。


「くしゅんっ‥‥‥なんだか寒くなってきましたねライラさん」


可愛いくしゃみと張り込み中の刑事みたいなリリーのセリフのギャップが辛抱しんぼうたまらん。

ギューッと抱きしめたいところだったけれど、氷結猪がそれを許してくれなさそう。


「もうちょっとだけ我慢しててねリリー。…それにしても猪か……なるほどね」


気温を下げているのはどう考えてもあいつだろう。空気のこもらない平原でこれだけの冷気を漂わせるとはかなりの影響力だ。多分魔法か、それに準ずる何かだろう。


まだまだ気温が下がりそうだったので、何かが起きる前にこちらから仕掛ける。地面を踏みしめて力を溜め、一気に氷結猪へと襲い掛かる。

第三者から見れば足元の土がはじけた後、突然私が氷結猪の前に現れたように見えただろう。

それほどの速度を大槌に乗せ、体の後ろまで振りかぶったそれを、腰の捻りとともに横から振り払う。回避など許さない。

大きく弧を描いた大槌の頭部が氷結猪の左頬、牙の根元に吸い込まれるようにして収まった。

何かを砕いた感触。

乗せられた力が爆ぜた。


「グャァアアオオオォォッ!!!」


空気が震え、再度吹き飛ぶ氷結猪。

折れた牙だけが私の足元に落ちている。

氷結猪が混乱から立ち直る暇を与えずに追撃、反対の牙も叩き折る。


「とりあえずリリーが言ってた注意すべき牙はこれで封じたわね……あら、気温が元に戻っていくわね」


どうやら氷結能力は牙を使って発動させるものらしい。どんな能力か気になったけれど、穏やかでないことは確かなので発動前に潰せてよかった。


「アドバイスくれたリリーに感謝ね。あとは機動力の足だけど……」


すでに十分見せつけられた素早さを封印するべく足をつぶそうと思ったが、既に満身創痍のこいつが逃げられるとは思えない。

足を横に投げ出し、立つことすらできない氷結猪を見下ろす。

呼吸と共に雄大に上下する身体が、徐々にその動きを小さくしていき最後にこちらを射殺すように睨むと、その動きを停止させた。


「まったく、大した奴だったよ‥‥‥」



▼▼▼



「ライラさ~ん、大丈夫ですか~?」


「リリー!私は大丈夫だけど、そっちこそ怪我はない?」


「はい、ライラさんのおかげで。氷結猪は‥‥‥もう死んじゃいましたか?」


「…うん、もう息はないよ」


「そう……ですか」


やはりリリーは生き物が死ぬことに抵抗があるのだろう。

地球の中でも平和な日本で暮らしていたのだ、シビアな異世界に来たからって生き死にの観念がそう簡単に変わるわけじゃない。

理性ではこうしなければいけないことが分かっていても、感情ではやはり‥‥‥。

魔物の一体一体にそんなに気を配っていたら心が持たないと思う一方、こういう光景にリリーが慣れてしまうのは悲しいようにも思える。


「あんまり気に病まないで、リリー」


「はい‥‥‥」


ちなみに私が落ち着いていられるのは日本である程度見慣れていたからだ。

衣食住の後半二つがダメな時は、獣を狩って食べていた。

人間を食べたいという本能とそれを止める頭の片隅から聞こえる声が衝突した結果だ。

そのため生き物が死ぬ瞬間は何度も見たし、実際にこの手で息の根を止めてきた。


「…そんなに気になるなら、祈ろうか」


「祈る?」


「うん、安らかな眠りをね…」


勿論気休めと言うか偽善の類ではある。

食べるわけでもなく、お金のために殺したのだから。

この魔物を討伐することで多くの命を救ったというのも事実だが、そんな気持ちで殺したわけではないのは自分たちが一番よくわかっている。

これから多くの魔物と戦うことがあるかもしれないけれどリリーがその都度祈りを捧げるかはまだわからない。

ただ、今は目を閉じ手を合わせたのだった。




▼▼▼



祈り終え、休憩ということで、凸凹になってしまった平原の、無事な部分に二人で座って話すこと数十分。無事、私は暗くなった空気を払拭ふっしょくすることが出来た。あまりリリーに引きずって欲しくなかったからよかった。



「ライラさん!最初はどうなるかと思いましたけど、無事に済んでよかったですね!」


もしかしたら普段より元気が良くなったかもしれない。

こうやって元気ハツラツとしていれば可愛い女の子なのに…時々小悪魔になるから油断できない。


「たしかに最初はびっくりしたよね、まさか空から降ってくるとは‥‥‥

そういえばこの牙持って帰れば討伐証明できるらしいんだけど」


「…大きいですね」


「そうね、太くて長くて、黒くて立派な…」


「いや、白いじゃないですか。ふざけてないでどうやってこれ持って帰るか考えましょう」


リリーのおかげで戦闘中から張りつめていた私の気持ちがほぐされていく。

やっぱりリリーは素敵だ。

いとしすぎてどうしてくれようか。


「何ニヤニヤしてるんですか、はぁ~まったく甘えたいなら甘えていいんですよ?」


勘違いしているリリーも可愛い。

確かに今朝はいろいろあったけれど今は単にイチャつきたいだけなのだ。

甘えん坊とは一緒にしないでほしい。頬をほんのりピンクに染め、お姉さん気分に浸っていて、受け入れ態勢万端なリリーが可愛いから、それも許すが‥‥‥。

結局リリーを抱きしめ、完全にいつもの調子に戻った私たち。お互いの温もりってやっぱり偉大だなぁ、って思いながらお尻のほうに手を伸ばしたところで手をつねられ、ハグを解かれてしまった。




▼▼▼




真面目に話し合った結果、私が担いで持ち帰るしかないということになった。

リリーの身長ぐらいある牙を二本も担いで歩く私は、絶対目立つと思ったため他の案を考えていたのだが、「目立って有名になれるならそれって理にかなってません?」というリリーの鶴の一声(?)により議論は終わった。

…私が目立つといつか吸血姫だとバレそうな気がして、あまり進んでやりたくはなかったけど。


今私たちは数時間前にも通った道を戻っている途中だ。

何もトラブルが起きていないのは喜ばしいが一つだけ問題が生じ始めてきた。

特に疲労といったものは感じないこの身体だけど、今日は既に色々なことがありすぎて精神的に参ってしまったのだ。ロザリオはまだ外したままであるため、牙を持つのにも負担があるわけではないのだが、ちょっとこの牙臭いし。


「‥‥‥ライラさんお疲れですか?」


「んん?まぁね少しだけ…どしたのリリー?」


なんかリリーが嬉しそうにしている。

(私の疲労を見て喜んでいる!?)

リリーがまたブラックになっているのではと思い、一昔前の少女漫画みたくハッとした表情を浮かべる私にリリーが言葉を返す。


「だって、以前までのライラさんだったらそういう弱い部分見せないようにしてたじゃないですか。こうやって正直に言ってくれてることで、ライラさんが私に懐いてくれてきたことを確認できて嬉しいんですよ♪」


「なっ~~~ッ!!」


言われてから気づいた自分の変化に羞恥心が温泉のごとく湧いてくるけれど、牙で

両手が塞がっているから赤くなっているであろう顔を隠せない。

恥ずかしがる私の顔を見ようとするリリーに対し、イヤンイヤンと顔を振ることで抵抗する『イヤイヤ戦争』が開戦したが、ものの数十秒で片が付いた。

私の負けである。

って言うか、『なつく』って言い方は……。


そっぽを向いて不貞腐れる私をよそにリリーは何かを思い出したように「あっ!」と声をあげた。


「ライラさん!そういえば私、上半身男から回復魔法とやらを貰っていました!」


上半身男とは以前リリーが神界であった失礼な男神のことだったはず。


「今まで忘れちゃってましたけど、疲れているライラさん見たら思い出したんです。早速かけてみますね」


言うが早いと、リリーはそれっぽい言葉を次々と言い始めた。


「えっと、【リペア~】違うか、【癒しよ~】でもないか、【治れ~】‥‥‥」


私のために手探りでやって貰っていると思うと嬉しいのだが、なんだか嫌な予感が‥‥‥。


「ちょっとリリー、私は大丈夫だからいったん落ち着いて―――


「【ヒール】ってわぁ!なんか光って―――


運よく(?)発動した魔法は私を緑の光で包み込み‥‥‥


「あ゛~~~~~~っ!!!!」


「ライラさん!?」


吸血姫の私を浄化した。


「大丈夫ですかライラさん、ごめんなさい私酷いことを!!」


「だ、大丈夫だよリリーむしろ快感って感じだったから。昇天するかと思ったよ‥‥‥」


「それしちゃいけない昇天ですよ!っていうか快感ってなんですか、やっぱりライラさんは変態なんですね!?」


「フフフ……」


とっさに誤魔化したけど、正直自分で身体を切り刻むよりよっぽど痛かった。

回復魔法で吸血姫がダメージ受けるのはなんかわかるけど、明らかに強すぎるダメージ。


(私を殺し切れる存在がいるとしたら、それはリリーなのかもしれない‥‥‥)


名前からしてもそこまで高レベルではなさそうな呪文、しかもまだ使いこなせていないそれでこの威力。そしてこの力をくれたのは神様だという。







どうやらリリーは回復魔法チートを貰ったらしい。




私はチートとか何も貰ってないのに‥‥‥















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る