魔法学院とtrouble  travel

初めての依頼と氷結猪

「わ、私も一緒でいいんですか!?」


「え、まぁうん‥‥‥」


目を輝かせるリリーと、その余りある勢いにちょっと引く私ことライラ。


私たちは今、宿屋の正面入り口の前で話し合っていた。

というのも、今朝平原から宿屋に帰った後いろいろあったからだ。


▼▼▼


二人して一歩深い関係になり手をつないで帰った宿屋、その前では気絶したまま縛られている五十人ほどの男たちと、宿屋のおばちゃんがいたのだ。

もはやお馴染みとなっている大きな声と長い話であったが、要約するとかなり心配してくれていたみたい。「あたしが飛び起きるのが遅かったせいだ‥‥‥まったくブランクかねぇ」と自分を責めていたおばちゃん。そんなこと全然ないですよ、と言いながらも最後の言葉が気になったのでさりげなく聞いてみたら、どうやらこのおばちゃんは元金級冒険者だったみたい。この宿が安全面を買われているというのもそういう理由があったのかもしれない。


襲撃されたとはいえ宿を結構破壊してしまった私は、どう弁償したものかと考えていたけれど、どうやら襲撃者はロスティオファミリーとか言う巨大犯罪組織のメンバーだったらしい。それを五十人捕まえたとあればそれなりの報酬が出るみたいで、宿の修繕費はそれで賄えるらしい。


異世界転移後すぐに借金を背負うということにはならなさそうだけれど、それとは関係なしにそろそろお金が尽きる。そのためお金を稼ぐ必要があるのだけれど…


「お金と言えば、あんたたち依頼を受けているんじゃなかったのかい?」


「ああ!そうでした。それじゃあライラさん早速その魔物の現れたところに行きましょうよ‥‥あっでも‥‥‥‥‥‥」


そう、依頼に行くのはいいのだがもともとリリーはお留守番という話だった。

けれど‥‥‥‥


「ええ、一緒に行きましょうリリー」


もともと魔物討伐が危険だというから私一人で行く予定だったのだ。

もしかしたらリリーを狙う者がまだいるかもしれない町中に置いていくのでは本末転倒だろう。それにリリーに正体を明かした今なら、二人の時でも全力を出せる。

であれば、一緒に魔物討伐に行っても守り切れるだろう。

いや、なにがあっても守り切る!


▲▲▲


というところで、長くなったが話は冒頭へ戻る。

このまま魔物討伐に駆け出しそうな勢いのリリーをなだめた私は宿へ入っていった。襲撃の後、一睡もしていなかったのだ。初めての魔物討伐なのだから念のためある程度休息を取ってから臨みたい。


元の部屋は壊れていたけれど、まだ空いている部屋があるらしく、そこで一休みすることにした。おばちゃんからの心遣いで今度はベッド二つの部屋にしてもらったけれど‥‥‥。


リリーとは別のベッドかぁ~


リリーはベッドの前で落ち込む私の横顔を見て、しょうがないといった調子で凄いことを言ってのける。


「‥‥‥一緒に寝ますか?」


「なっ!?」


数時間前のリリーの言葉が思い起こされる。

(なんだかんだで甘えん坊な時多かったですよね、エッチなお姉さんっぽくスキンシップ多めにしてましたけど、あれだって本当はライラさんが寂しくてやってただけですもんね?)


(そうでもしてないときはいつも泣きそうな子犬みたいな顔して‥‥‥そういうの気づいちゃったらお姉さんのスキンシップ断れないじゃないですか)


(私は利害なんて関係なしにライラさんとずっと一緒ですから、私の前では素の…甘えん坊のライラちゃんでもいいんですよ?)


み、見透かされた~~~~~!!さっきのセリフを思い出しただけでも恥ずかしかったのに、もしかして表情に出ていたのかと思うとさらに恥ずかしい。

ここで頷くのも癪だし、かといって断るのもまるで意地を張る子供みたいだ、と思って出来ない。

顔を赤くしたままおろおろする私の手をリリーは強引に取った。

強引なのに、乱暴さなんて感じさせない優しい手つき。

わたくし胸がキュンキュンします。


「いいから、一緒に寝ましょう。私が一緒じゃないと寂しいんです」


私を連れてベッドに倒れこむリリー。


…その言い方はずるいと思います。






▼▼▼






さきに目を覚ましたのは私だった、人間より回復が早い恩恵だろう。隣から聞こえてくる「むにゃむにゃ…まったくライラさんは甘えんぼなんだから~」という寝言がすごく気になったけれど、私はそのままリリーが目覚めるまでその可愛い寝顔を眺め続けた。


結局、リリーはその後三十分ぐらいで目を覚ました。アナログ時計の従妹みたいなこの世界の時計は十一時を指していた、もちろん昼のである。宿に帰ってきたのが朝の七時ぐらいだったから、四時間程度しか寝ていない計算になる。

(まぁ昨日の夜も途中起きるまでは寝ていたわけだし、そんなもんなのかな)


二人で宿の裏にある井戸まで顔を洗いに行ったところで、リリーが疑問の声を上げた。


「魔物討伐行くんですよね、何か準備とかいるんでしょうか?」


「う~ん、ほとんどないと思うよ。食料と、倒した魔物の部位を持ち帰る用の袋ぐらいじゃないかな?」


どうせなら外でピクニックのようなこともしてみたい。魔物を討伐しに行くというのに緊張感がないかと思ったが、日本で潜伏していた時はピクニックなんて出来るわけもなかったので一度してみたかったのだ。

ちなみに倒した魔物の部位を持ち帰るのは討伐証明のためだ。

氷結猪アイスボアー』の証明部位は確か牙だったと思うので、それほど大きい袋じゃなくてもいいだろう。猪の牙なんて長くても二十センチほどだろうから。


「なるほど、それくらいですかね‥‥‥そういえばライラさん武器ってどうするんですか?」


「私、武器は自分で生み出せるんだよね」


「……そういえば昨日も私が行ったとき使っていた剣、いつの間にか消えてましたけど、あれは生み出した物だったからなんですか?」


残酷シーンを思い出してしまったのだろう、リリーのセリフは歯切れが悪かった。


「そうだよ、もともと吸血姫には自分の衣服を作ったりする力があるんだけどね、自分を殺したかった私は、武器も作れるようになっちゃったの。いろんな手段試したから大抵の武器なら作れるよ」


そのため私の服は今綺麗な状態を保てている。ただ、他の人にも使えるわけじゃないけれど。…ん?リリーの様子が変だ、っていうより怒っている?


「…もう絶対、自殺なんてしないでくださいね‥‥‥」


「‥‥‥」


怒られているのに嬉しくなってしまった。リリーが私のために怒ってくれるのが嬉しくて。この気持ちに気づいたら、リリーは更に怒ると思うので口にはしないけれど…。


「もう絶対しないわ、約束する」


「絶対ですよ」


決して口だけではない約束をした私たちは、リリーに先を譲る形で顔を洗い終えおばちゃんにお弁当を売っている店を聞いてから、起きて早々に宿を出発した。

おばちゃんには弁当ぐらい作ってやると言われたけれど、この街のいろんな人と顔をつないでおきたいんです、といったら素直に教えてくれた。本当は戦いの前にニンニクを摂取したくなかった、というのが理由だったのだけれど。



▼▼▼



「私たちってそんなに目立つんでしょうか?」


「まぁ理由はいろいろあると思うけどね‥‥‥」


私たちは今、街を出て『氷結猪』の目撃情報があった森まで歩いている最中。

森までは街から北に二十キロほどだという話なので、十キロほど進んだところにあった手ごろな岩に二人で座り、お弁当を食べているところだ。

こんな話になったのは自意識過剰からではなく、実際に街を出るまでにいろんな人にじろじろ見られたからだ。そして理由はやっぱりいろいろあると思う。


「いろいろ…ですか?」


見当もつかないという顔のリリー。こういう風に話すのも久しぶりな感じがするけれど、やっぱりリリーは可愛い、コロコロ変わる表情は見ていて飽きないし…。


「まず第一に服装でしょ?」


「あっそうか!」


私たちの服装は日本にいた頃のまんま、私は私の服だしリリーもお風呂上りに私が貸してあげた服を着ている。この世界は地球の中世ヨーロッパに似た生活様式だ。もちろん魔法の影響か、違うところも多々あるけれど私たちの服装はやはり異質だ。

そりゃ目立つに決まっているだろう。それに‥‥‥


「第二にこうして歩いてることでしょ」


「普通に歩いているだけですけど…」


「女二人だけで街の外歩きに行ってるのよ?武器も持たずに…どうみてもハイリスクでしょ」


「た、たしかに‥‥‥」


リリーに説明することでお姉さんキャラ度を上昇させ胸いっぱいになっている私。

お弁当を食べ終え、お腹も満たされたことですごい幸せを感じている。

…初めてのピクニックも出来たし。


「あっ!ライラさん、三つ目の理由もわかりましたよ!」


私と同じぐらいのタイミングで食べ終わったリリーが元気よく発言した。

理由…周りから見られていたことの、だろう。


「ライラさんがとっても美人だから皆見ていたんですよきっと」


ムフフ…と笑うリリー。どういう意図かはわからないけれど、それなら四つ目の理由もある。


「じゃあ四つ目はリリーが可愛かったからだね」


なんだこれ、バカップルかよ‥‥‥。

夫婦喧嘩は犬も喰わないとは言うけれど、こんなバカップルだって喰わないだろう。

そんなくだらないことを思っていたのがいけなかったのだろうか。

フッと地面に影が差し、二人して空を見上げると………。




「やっばい!リリー!!」


「ぎゃう!!」


私がリリーを抱きしめて急いで岩から飛び退くのと、が岩を粉々に砕いて着地したのは一瞬の差だった。

リリーの上げた女の子とは思えない悲鳴を揶揄いたかったけれど、

その余裕はないみたい。


犬も喰わないバカップルに喰らいついてきたのは、五メートル以上はありそうな 身体に、毒々しい紫色の毛皮を貼り付け、一メートル以上はありそうな大きな牙を持った猪、冷気を身にまとったそいつは…『氷結猪アイスボアー』だった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る