夜の冒険者ギルドと動き出すなにか……
「へぇ~、魔法学校ですか」
「嬢ちゃんたちには一番危険はない方法だね、もちろん条件も厳しいけどね」
騎士学校が男しか入れないのに対して、魔法学校には女性しか入れないらしい。
こちらの学校も王都にあるらしく、同じように貴族や大商家の推薦が必要らしい。
そのうえ魔法を扱うのに必要な適性が必要らしく、入学は狭き門のようだ。
「その代わり、上流階級では魔法学校出身というのは縁談で有利になる肩書みたいだね~。もちろん成績が上なほど効果も高まるみたいだし。」
なるほど、政略結婚というのが多いであろう階級なら皆が入学を希望するだろう。
もちろん魔法学校であるから、魔法をちゃんと学べることも大きいと思う。
そういった騎士や魔法の教育を受けられなかったのが冒険者らしい。そんな冒険者だが、幼いころから魔物と戦い続けることで叩き上げた技術は騎士たちにも引けを取らないらしい。そんな風に強くなってきた冒険者は、貴族という肩書を持ち、変にプライドが高い騎士たちよりもむしろ強かったりするらしい。
中には犯罪に手を染めていく者もいるというが‥‥‥
(昨日の連中がそうだったのかな?)
冒険者でありながら犯罪に手を染める者。そんな者たちをまとめた、巨大な犯罪者グループもあるらしい。
「闘技場はね~主要な都市だったらどこにでもあるよ。かなり危険なところだからあまり近づかないほうがいいわよ、その分生き残っていけば他のやり方より早く有名にはなるだろうけどね」
闘技場とは基本的に奴隷のような身分にあるものが剣闘士として戦うところのようだ。魔法を使ってもいいルールではあるが、そこで戦うような者は魔法を使えるわけもないため、形骸化したルールのようだ。勝てばもちろん懸賞金も出て、たくさん勝ち進めていけばやがて王都の闘技場に呼ばれ、最強の名を決めていくそうだ。最強と言っても闘技場だけの話であり、普段魔物と戦っている冒険者や騎士にはもっと強い人たちもいるみたい。
話を聞き終えたころにはもう窓の外の町並みはオレンジ色に染まり、夕方になっていた。
「この街にも冒険者ギルドはあるし、とりあえず行ってきてみたらどうだい?
ってそうだ!そもそもあんたら戦えるのかい?稼ぎはいいけどその分危険な仕事だよ?」
「私は一応戦えます」
リリーは私が戦えるといった時少し驚いた顔をしていたが、森で助けられた時のことを思い出したのか最終的には納得したようだ。おおかた私が格闘技でも習っていたとか上手く誤解しているんだろう。
「ですがリリーに戦いは出来ませんので、私が冒険者ギルドに行っている間ここで預かっていてもらえませんか」
「あ、預かるってなんですか!?私は子供じゃありません!!」
私のまるで小さい子相手のような言い方に、どうやらお冠なリリー。
ぱっちりお目目を吊り上げて怒るリリーも可愛い……。
「訂正してください!さすがの私も怒りますよ‼」
「ゴメンねリリーちゃん、そうだねリリーちゃんはもう大人だったね」
「わかればいいんです、わかれば……」
うんうんと頷いているリリー。状況は終了したようなので一人ギルドへ向かおうとする私、だがそんな私に待ったを掛ける者がいた。誰であろう、そうリリーである。
「待ってください!何一人で行こうとしてるんですか。私も行きますよ」
「えぇ~‼でもリリーちゃん戦うとかできないでしょ?いいから一人でいい子にお留守番してて……ね?」
「んき~~~‼何が何でも一緒に行きますからね!!」
またもや自分の言葉がリリーを刺激していて、それがリリーの意思を確固たるものにしていることに気が付かない私。どうしようかと悩む私にもう一つの声が届いた。
「いいじゃないか、連れて行ってやれば。この時間にギルドに行くだけならそこまで危険はないし、冒険者登録しておくっていうのは何かと役に立つものさ!
もし受けようと思った依頼が危険だったら、今度こそデカい方の嬢ちゃんだけで行ってきたらいいじゃないか」
おばちゃんはどうやらリリー派だったらしい。だがおばちゃんの説明はリリーのわがままと違って理由がちゃんとしていた。それにしてもデカい方の嬢ちゃんって、もう少しかわいい呼び方はなかったのだろうか。
「さっすがおば様!わかってますね‼さぁ一緒に行きましょうライラさん」
「そういうことなら仕方ないか…じゃあ行ってくるよおばちゃん」
「いってらっしゃい、昨日みたいに遅くなるんじゃないよ!」
私の手を取って進みだすリリー、昨日は渋っていた手をつなぐという行為を自分からしてくれたが、リリーはそのことを全く意識していないようだった。
夜になると、冒険者ギルドにも柄の悪い連中が増えると言うおばちゃんのアドバイスに従い、私たちは冒険者ギルドへと向かった。
場所はおばちゃんに聞いていたし、宿からそう離れているわけでもないと言うことなので迷うことなくギルドに着くだろう。
「ここまで親切にしてくれたおばちゃんには、冒険者として報酬をもらった時には何か御馳走したいね」
「そうですね、ニンニクがタップリのったステーキなんてどうでしょう」
「いいね、あのニンニク臭い口が更にひどくなるだろうけど」
「ライラさん、お世話になってる人にそんなこと言っちゃいけないんですよ?」
「いいのよ、ちゃんと感謝はしてるんだから」
ギルドにはお喋りをしていたらすぐに着いた。二階建ての建物の上のほうには大きく冒険者ギルドと書かれていて、何気にこの世界で私たちが見る最初の文字だった。
(知らない言語のはずなのになぜか読めるのね)
そういえば言葉もおばちゃんと普通に通じていた。不思議だなぁ、なんて思っているとリリーもそう思っていたらしく、二人してなぜだろうと首を傾げた。
「まぁいいわ、通じてるんだからいいじゃない。とりあえず中に入りましょう」
「そうですね、あまり遅くなると危ないってあのおばさんも言ってましたし」
冒険者ギルドは、汚そうだという想像に反して、建物の少なくとも外観だけはそこまで汚れてなかった。その中からは多くの人が笑いあったり怒鳴りあったりしている声が聞こえてきて野蛮な雰囲気ではあったが……
勇気を出して中に入ると、うるさかった空気が徐々に静かになっていく。ギルドではどうやら酒場を併設していたらしく、お酒の匂いが強かった。酒を囲って席についていた彼らが、こちらを観察するように見てくる。常に死と隣り合わせである冒険者だ、初顔であるこちらの強さを見定めるその目は真剣そのものだった。
(昨日の連中がいたから冒険者ってものを少し甘く見ていたけれど、あの目は戦士の物と呼べるような、彼らがどれだけ死線を潜り抜けてきたのかを感じさせるような目ね)
ニンニクが抜けてきたおかげでこの状態でも男プロレスラー並みの戦闘力となっている私。彼らの目には、雑魚ではないけど覚えるまでもない相手とでも認識されたようだった。
「……ライラさん、」
リリーちゃんは筋肉ダルマたちにじろじろ見られたことが怖かったようで、私の手をギュッと握ってきた。
「大丈夫だよリリーちゃん。お姉さんがついてるからね」
リリーちゃんと離れてしまうのではないかという恐怖には情緒不安定になる私だったが、この視線の嵐はそもそも恐怖の対象にすらなり得なかった。
観察は終わったと思うが冒険者の視線が外れていないことに気づく。
(まだ何かあるのかしら?)
理由はすぐに分かった。彼らの目は完全にいやらしいものになっていたからだ。
(こいつらっ!!しかも女の冒険者まで視線がエロイのはなぜだ!?)
自分が百合脳であり同類であることを棚に上げ、私のみならずリリーちゃんにも卑猥な視線を向ける連中に、心の中でこのロリコン共め!と叫ぶ。
まとわりつく視線を払うように、カツカツと靴を鳴らし、おばちゃんに「まずはそこに向かえ」と言われていた奥にある受付のもとへ足早に向かう。
受付嬢は一人だけで、他の職員は裏で別の仕事しているみたいだったが、幸運なことにその前は空いていた。
「すみません冒険者登録を行いたいのですが」
怯えているリリーちゃんを傍に、私たちを見てボーっとしている受付嬢に(エロいというより見惚れている視線なので許した)要件を告げる。
「はい、登録ですね。書いていただく書類がありますが文字は書けますか?」
「あ~文字か…リリー書けそう?」
「いえ、読むだけなら出来るみたいですけど…まだ書いたことないのでどうなるかはわかりませんね」
「そうだよね~すみません、試しに少し書いてみてもいいですか?」
「……試し?ええ大丈夫ですよ」
「……………これ、なんて読めますか?」
「ライラ、と書いてありますね」
どうやら何かよくわからない摂理が働いて、言葉や文字が通じているみたいだ。
「文字が書けるのでしたらこちらに名前と戦い方などについてを記入してください」
「戦い方ですか?」
「はい、前衛や後衛、魔法使用の可、不可と使う装備などがそれにあたります。」
冒険者は主にパーティを組んで戦うという、ならばその情報は確かに必要だろう。
「あの、ライラさん私……」
「大丈夫とりあえず後衛とだけでも書いておいてリリーちゃん、必要なのは登録だから」
そう、おばちゃん曰く登録でもらえる冒険者カードと呼ばれるものが身分証代わりになるらしく、この世界に戸籍なんてない私たちにはそのカードは都合がいいと思ったのだ。
「えっと…私はとりあえず武闘家とでも書いておこう。武器を持っていなくても不自然じゃないし」
「それではこれで冒険者登録は終わりです。こちらの冒険者カードをお受け取りください」
これが冒険者カード。なんか銅でできたメモ帳ぐらいのサイズの板だった。
紐で繋がれていて、首からかけられるようになっていた。
「冒険者カードの材質はそのまま冒険者のランクを表します。下から順に銅、鉄、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコンですね。最初は皆さま銅ランクからのスタートです。」
この説明はおばちゃんと同じ内容だ。確か冒険者のランクが上がっていくと……
「高ランクになりますとより難易度の高い依頼を受けられるように、つまりより高報酬を得やすくなり、魔王領への進出の際もより奥まで行くことができます。
また、より腕のいい装備職人への推薦状などを得られます。」
要するに良いことが目白押しということだ。なんでもミスリルやオリハルコンまで行けば下手な貴族より裕福になり、それなりの権力まで手に入るとか。
権力には興味がないが、冒険者として上り詰めればギルド内での知名度が上がる。
この世界では最も行動範囲が広いであろう冒険者の中で有名になるということは、
それすなわち世界中に名が響くということだ。仮にエリスさんの転生先が人間領でなくともその名は届くかもしれない。
受付嬢からの諸々の説明を受け終わると受付嬢の元を離れて、依頼が張り出されているボードの前へ向かう。ボードの前は多くの者たちが通りやすいようにするためか空間が開けていた。もし通り道にテーブルでもあったならばきっとそこに座る男たちが足でもひっかけてきただろうが、その点幸運だったと言えるだろう。
冒険者たちがお互い牽制し合い、まだこっちに手を出してきていない今が好機。
仮に彼らが仕掛けてきても返り討ちにする自信はあるけれど、リリーの前で暴力はもう振るいたくない。
「リリーちゃん私が選んじゃっていい?」
「もちろんです、実際に戦うのはライラさんですから。でもできるだけ優しめなのにしてくださいね……ライラさんに傷ついてほしくありませんから」
最期のほうの言葉は小さくて今の私では聞き取れなかったけれど、とりあえず好きに選んでいいとのことだったので、二十枚ほどあった依頼に素早く目を通していく。
今注目すべきは魔物の目撃場所と依頼の緊急性。依頼の緊急性というのは日数で表されているもので、あと何日以内に魔物と討伐しなければならないのかが書いてある。討伐が遅れれば周辺住人の被害が増えるため、決められた日数を超えると罰金が発生するということだった。
「よしこれだ!これに決めるよリリーちゃん」
リリーちゃんに剥がした依頼書を渡し、内容を確認してもらいながら受付へと戻る。
「はい、えーと場所はこの町を出て北に二十キロの地点にある森…期限は明後日の夜までですか。魔物の名は『
リリーちゃんがしきりに心配してくる。
(私の身が心配っていうのもあるけど、私の実力を信じ切れてないって顔ね)
普通はそうであろう。リリーは私が地球で格闘術を習っていただけの人だと思っているため、異世界に来て魔物と戦うという段階になったとき私が勝てる保証なんてどこにもないと考えるのは自然なことだ。
リリーちゃんがそこまで言ったところで、私たちは受付嬢のところへたどり着いた。
「たぶん大丈夫よ、お姉さんがちゃっちゃと狩ってくるから宿で待っててね」
「……気を付けてくださいね」
心配そうなリリーちゃんではあったが、それ以上に顔を青ざめていたのは受付嬢であった。
(『
ライラたちが知ることではなかったが氷結猪は身体能力、魔法力のどちらでも上位の性能を誇り、本来だったら金級冒険者がパーティを組んで挑む相手である。
このギルドとしても塩漬けになってしまったこの依頼をどうしようか悩んでいたところだった。
「それじゃ、受理手続きお願いします」
「あ、はい!」
受理手続きを終えた依頼書を取った私たちは絡まれないうちにギルドを後にし、
宿へと帰っていった。
▼▼▼
ライラたちが返った後のギルドでは冒険者たちが、新人で美人な二人組についての話で盛り上がっていた。そしてその騒ぎの中、静かだった者が二人いた。
一人は受付嬢。
「はぁ~、私なんてことをしてるの…新人冒険者に氷結猪の依頼を受けさせちゃうなんて……」
彼女は明らかに身に余りある依頼を受ける彼女たちを止めなければいけなかったのに、長身の美女の勢いと氷結猪という単語に圧倒され依頼を認めてしまったのだ。
「はぁ~あ……」
そしてもう一人は、ライラに森で打ちのめされた冒険者の一人だった。
「‥‥‥見つけたぞ」
彼はライラたちの後を追ってギルドを出ると、彼女たちが入っていった路地から彼女たちが止まっているであろう宿を頭の中で特定した。
(あいつらの宿はあの口うるせぇババアのところだな…早くほかの奴らにも知らせねえと。それにしてももう一人の女もかなりの上玉だったな……)
そしてその晩、宿に襲撃し寝込みを狙って二人を拉致するため、五十人のロスティオファミリーの者たちが集合した。
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