リリーのずる賢さとこの世界について

こちらの世界に転生したはずのリリーの母、エリス。


「転生ってことは、エリスさんの今の姿はリリーちゃんにもわからないってことだよね?」

「‥‥‥お母さんの姿が変わっていても一目で気づけると信じたいですけど、

それで見逃すリスクを考えると何かほかにも手段を用意しておきたいですね」


そうして私たちは作戦会議を進めるのだった。



▼▼▼



「別の手段って話ならさ、向こうから見つけてもらうのはどう?エリスさん自身は転生して姿が変わってるかもだけど、リリーちゃんの姿は変わってないでしょ。」

「そうですね…でもそう簡単に見つけてもらえるでしょうか?」

「んー、何かでこっちが有名にでもなれば向こうから見つけてもらいやすいでしょうから‥‥‥」

「有名になれるものですか…」


うーん、と考えこむリリーちゃん、目を瞑っているけれどキスして欲しいってことなのかな?


「こっちの世界では何をすれば有名になれるかなんてわからない、地球でならテレビやラジオがあったけどこっちの世界でそういう物はなさそうだしね~」


いっそ指名手配されれば見つけてもらえるんじゃない?

なんて言えばリリーちゃんは笑って返してくれた。


「…フフッ、それじゃお母さんと会えるのは刑務所の面会室か処刑場だけじゃないですか」

「そうだね、フフフッ‥‥」


やはりリリーちゃんは考え込む顔もいいけれど笑った顔が一番だ。

それにユーモアは大事だ、笑顔とリラックスは頭を回してくれる。


「新聞とかのメディアはあると思うからそれに載れるようにするのはどうかな?」

「たしかに、新聞なら十分現実味がありますね!」


やはりユーモアはいいものだ、あとはそこまでの方法だけ。


「どういったことをすれば名を上げられるのか、おばちゃんに聞いてみるのはどうかな?この世界の住人であるおばちゃんなら私たちよりいい答えを導き出せると思うし、いずれにせよ働き口とかの件で話を聞いてみたかったし」

「決まりですね、さっそく下に降りておばさんに尋ねてみましょう」

「素直に答えてくれるかね?ずいぶん偏屈そうだったしさ、まぁいい人なんだけど」

「さぁ?わからないですけど、為せば成る為さねばならぬ何事もと言うじゃないですか」




▼▼▼




一階でおばちゃんがバケツで水を運んでいたのを見ると、リリーはパタパタと駆け寄って手伝いを申し出た。


「あら、水汲み手伝ってくれるだなんていったいどうしたっていうんだい」

「実はおば様に少し聞きたいことがありまして…ただというのもなんでしたので先にそのお礼をお手伝いという形でやろうと思ったのですよ」


オホホ、と笑うリリーは思ったより計算高かった。ましてその要求をあえて口に出してみせるあたり、あのおばちゃんの性格を逆手に取るのがうまい。おそらく要求は通っただろう。


「アッハッハッ、ずいぶん素直じゃないの。いいわよなんでも答えてあげるわ!」


案の定おばちゃんは尋ねごとに答えることを快く承諾してくれ、リリーにその水バケツを渡した。


「よいしょ、って重たっ―――

「危ない!!」


リリーが落としそうになったバケツをとっさに持ってあげた。意外と重いな、

これじゃあたしかにリリーには重かったかもしれない。あのおばちゃん結構力もあったのね。


「リリー大丈夫?」

「大丈夫かい嬢ちゃん?」

「は、はい大丈夫です。思ったよりも重くてびっくりしちゃいました」

「ハッハッハッ、情けないね~。朝のガーリック炒飯じゃエネルギー足りなかったのかい?だったら今日もここに泊まっていきな、明日はもっと力の出る朝食にしようじゃないか」


リリーの顔からサーっと血の気が引いた。もともと今日もここに泊まる予定ではあったが、あの朝食がさらにグレードアップするとは考えてもみなかったみたいだ。

別の宿に変えれば逃れることはできるが、このおばちゃんの前で肯定以外の返事ができるはずもなかった。


リリーに代わって水を運ぶと、おばちゃんからあと九杯取ってきてくれと言われた。

朝のニンニク料理さえなければでもプロレスラーぐらいの力は出せたはずだけど、さすがにあのニンニクの量は多かった。今はせいぜい成人女性ぐらいの力だろう。このままあと九杯運ぶのは厳しいかもしれない。


「ライラさん、早く一緒に運びましょう」

「あ、うんそうだね。一緒に運ぼうか」


なんだか少し顔が熱くなってしまった。それは、今自分の隣にはリリーが立っているという事実に照れているのかもしれないし、二人で運ぶという簡単な発想が出てこなかったことを恥じているのかもしれない。

私は外にある井戸のほうへと向かいながら火照った顔を冷やし、目的地に到着した。


あの日以来、こんなにも楽しい時を過ごしたことはないし、二人で何かをする相手がいたこともない。現状の幸福を確認すると、今感じている幸せというものに恐怖が混じり、焦燥感のようなものが湧いてくる。


いつかはリリーちゃんと離れ離れになり、また孤独と悲しさが心を占める毎日が返ってくるのではないか。『リリーちゃんに嫌われないようにしなければ』と思う気持ちは私の本来の性格の上に、相手が望むであろう性格を覆いかぶせていく。


(弱ってるリリーちゃんを助けられるように、私はお姉さんとして見えるような性格を作らないと……)


井戸の水を引き上げながら、焦るように思い詰める私。横で心配そうな表情をして

私の顔を見つめるリリーちゃんには気づきもしないで……


水を引き上げた私は、さっきリリーちゃんに提案された通り二人で、水の入ったバケツを宿の中にある瓶のところにまで運ぶ。水を瓶に移して、空になったバケツを持ちまた井戸のところへ向かう。つい先ほども通った宿の裏口を出たところで、

リリーちゃんが普段の勢いをひそめ少し上目がちにこちらを見て、おずおずと話しかけてきた。


「こ、こんなに重いバケツを一人で、しかも何回も運んじゃうなんて、あのおばさんはすごい力持ちなんですね」


リリーちゃんは深刻な顔をしている私を気遣って話を振ってきたのだが、自分のしている表情のわからなかった私は、無言の状況がそうさせたと思うと同時にその状況を作ってしまった失敗に、しまったと思うのだった。


(これじゃあ、気の利いた頼れるお姉さんとは程遠いじゃない!)


「力持ちなんて可愛い表現で誤魔化さなくてもいいのよ?あれはもうゴリラよ、

 ゴ・リ・ラ。」


無理やり引っ付けた笑みで言葉のキャッチボールを成立させる。

心配そうな表情をしていたリリーだったけれど、どうやら冗談で言った私の言葉が図星だったらしく、いつものように慌てながら返事をした。


「そ、そんな…ゴリラだなんて思ってませんよ……」

「ほんとかな~」


いつものように戻った私たち。

でも私の笑顔はどこか作り物のようで、きっとそれは私が自分にもリリーにも嘘をつき続けている限り続いていくのだ。




▼▼▼




その後私たちは同じ作業を八回も続け、私は凝った身体をほぐすため伸びをしながら、リリーちゃんは疲労が少し溜まってしまったのか腕をプニプニしながら、食堂でお茶を飲みながら待つおばちゃんの所へ戻った。


「ありがとさん!だいぶ助かったよ。よければお昼ご飯でも食べるかい?」


宿代に含まれていたのは確か朝食までだ、お昼ご飯は本来なら出ない。

となると宿屋としてではなく純粋にサービスしてくれるということだろう。


「いえ、もともとお手伝いは尋ねごとのためにしたのですから、お礼はもらえません。」

「何言ってんだい、もともと尋ねごとなんてただで答えてやるんだから、礼として食べていきな。」

「で、でも―――


「あたしの飯が食えないってのかい!!」


「「いえ!いただきたく存じます!!」」


二人そろって食べることを宣言させられてしまった。


「最初からそう言えばいいんだよ」


結局朝と同じテーブルを三人で囲むことになった。途中新しい宿泊希望者が来たようだったが、おばちゃんが座ったまま『満室だよ!!』と怒鳴るだけでことは済んだ。私とリリーが朝と同じガーリック炒飯を半ば強引に胃に入れると、話は私たちが聞きたかったことについてとなった。


「有名になる手段ね~」

「はい、ぜひお願いします!」


「パッと頭に浮かぶのは、冒険者ギルド、闘技場、魔法学校で上位になることだね。上位になるにはそれぞれ冒険者ならランク、闘技場ならしぶとさ、魔法学校なら成績が大事さ。」


「冒険者ギルドに、闘技場、魔法学校ですか……」


ちなみに今話しているのはおばちゃんとリリーだ。私は横で聞きながら情報を整理する役目を担ってる。


(それにしてもと来たか…さすが異世界魔法があるのね。よくみれば宿の明かりも電球ではないっぽいし、ここも魔法が使われてるのかもしれないわね)



「あとは騎士学校や騎士団でも名は上げられるかもしれないけど、あそこは男限定だからね~」

「今言った団体などについても教えてもらえますか?」

「あんたらいったいどこの田舎から出てきたんだい!?闘技場と魔法学校ならいざ知らず、冒険者ギルドと騎士団まで知らないなんて‥‥‥」

「あはは……」


おばちゃんは当たり前の常識というところまで詳しく教えてくれた。


「何から何までありがとうございます」

「別にあたしゃ話し相手がいなくて暇だっただけだよ」


もしかしたらこのおばちゃんさみしい思いをしていたのかもしれないなんて思うも、どうやらこの様子だと本当に暇していただけのようだ。


私は自分の役割を全うし、話の内容を整理していく。

まず、この世界には魔王領と人間領で分かれているらしい。人間領にはリーネリッヒ王国と呼ばれる大国が一つあるだけで、あとは国に所属していない、いくつかの部族が集落を作っている程度だという話。昔は亜人領というものもあったらしいが、魔王勢力と人間勢力の両方に嫌われて滅ぼされ、今では世界中の奥地で細々と暮らしているとかいないとか。


魔王領のことはおばちゃんも詳しいことを知らないみたいだが、魔族と魔物と呼ばれる者たちがそこにいるらしい。魔族は異形ではあるものの人に近い姿をしていて高い知能を持っているらしく、魔物は知性が低い者たちらしい、ゲームなどでよく名前を聞くゴブリンなどは、知性は低いが人に近い姿のため魔族と呼ばれているらしい。人とは乖離した姿を持ちながらも高い知性を持つ者もいて、魔族と魔物の区別というのは割りと大雑把なようだ。


その魔王領から入り込んでくる魔物を討伐するのが騎士や冒険者らしく、それぞれが所属している団体を騎士団や冒険者ギルドと呼ぶらしい。


「領土の防衛をしているのに、者と呼ぶのですか?」


途中リリーが質問していたが、おばちゃん曰く、どうやらその二つの組織は防衛だけではなく魔王領への遠征も行うようだ。なるほど、だから冒険者なのね。

騎士団はそれに加えて警察のようなことをやっているのかと思ったが、そちらは憲兵が行っているらしい。まったく同じ仕事をしている二つの組織だが違いはあるらしく、騎士団が王の命令でまとまって動くのに対し、冒険者は四、五人程度の人数で活動するらしく、報酬は冒険者ギルドから出され、その冒険者ギルドへの資金は自らの領地を守って欲しい貴族様たちから出されるらしい。

また、騎士団には王都にある騎士学校と呼ばれる必要があるらしいのだが・・・


「あそこは貴族か、大きな商人の推薦がないと入れないからね~」


騎士学校に入るのは、主に家を継げない貴族や大商家の三男などらしい。

騎士学校での成績上位者は王宮で近衛騎士になれるらしく、入学希望は結構多いようだ。


そして話は魔法学校へとつながっていった。















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