嘘と冗談

リリーが疑った通り、私の唾液‥‥‥いや体液には人の傷を治す効果がある。

上体を曲げた際に目に入ったのはリリーの手首にあった傷。

可愛い可愛いリリーちゃんの手に傷がついていて放っておくことがどうして出来ましょうか!

だがしかし‥‥‥

治したことに後悔なんてないけれど、私の秘密がバレそうになってしまったことは誤算だったかな?



リリーちゃんに私の正体がバレることは絶対に避けなければならない。

なので、嘘と微笑みをもってリリーちゃんの中に生まれた疑問をつぶしにかかる。


「そお?最初から傷なんてなかったように見えたけど?月明かりがあるとはいえ、まだまだ暗いから見間違えちゃったんじゃない?それに私は舐めたかったから舐めただけよ」

「でも、見た目だけじゃなくて痛いのも消えてるんですよ!?」


『舐めたかったから舐めただけよ』はジョークのつもりだったんだけど、ツッコまれないまま話が先に進んでしまった。

ツッコむ余裕がないから?

私はガチでそういうこと言う存在だと認識している?

出来れば前者だとありがたいんだけれど‥‥‥。

とりあえず気をそらさねば‥‥‥。


「あっ!UFOだよリリーちゃん!」

「いません!」

「あっ!裸の美少女が!」

「それで振り向くと思われてるなんて心外です!」


むぅ、わりかしホントにリリーちゃんなら引っかかってくれると思ったのに…。

でも最初少し振り向きそうになっていたのは記憶の宝物箱にしまっておこう。


おふざけはこれぐらいにして、本当に誤魔化さないと‥‥‥。


「あのねリリーちゃん、実はさっき口に薬草を含んでいてそれで傷のところを舐めたのよ。さすが異世界の薬草、回復力が段違いね」


ちょっと苦しいかな‥‥‥?


「なるほど……。ライラさんが薬草を口に含むタイミングが本当にあったかは疑問ですけど」


まだ怪しんでるようだけど、とりあえずは納得してくれたみたい。


それはそうとして、イチャイチャしているのももう終わりにしなければならない。

だってここは異世界なんだから。

これからどうするのかもゆっくり話し合いたいし、今晩寝る場所だってリリーには必要だろうから‥‥‥。

っていうか、本心としては何とか話をそらしたいのよね。


「ねぇリリーちゃん、それはそうととりあえず街でもを探さない?ひとまず落ち着ける場所にも行きたいし、街に行けばきっと宿とかもあるはずでしょ!」


その言葉にリリーちゃんは目をキラキラさせ嬉しそうな顔をして、森を左にそれた方向にぴんと張った小さい指を向けた。


「それならさっき、向こうに街があるのを見ましたよ!!」


横信号が赤になることで、もうすぐ縦信号が青になることを母親に報告する子供みたいな表情だった。‥‥‥わからないか、とにかくかわいいのだ。


‥‥‥抱きしめたい。


それは置いといて。

リリーちゃんが指さした先には確かに街と呼べるものが存在した。

あの大きさの街ならちゃんとした宿もありそうだし、こっちの世界のお金を持ってない私たちにもなんかお仕事があるかもしれない。

‥‥‥まて、お金だと?


「しまった‥‥‥リリーちゃん、お姉さん少しやることがあるからここでいい子に待っててね」

「何してくるんですか?」


キョトンと軽く首をかしげてくるリリーちゃん。

これがわざとだとしたら魔性の美少女としてデビュー出来るのではないだろうか。


「秘密だよ。ヒ・ミ・ツ」


可愛いリリーちゃんにウインクを送ってから再びさっきの森へ入っていき、倒れている男たちのところへ向かう。


「最初に手を出したのはそっちなんだから悪く思わないでね、まぁ少しは残しておいてあげるからさ‥‥‥」




▼▼▼




暗い森を抜けてからリリーを助けに行く時に外していた銀のロザリオを首にかけ、小さく手を振りながらリリーちゃんのところに戻る。


「ごめん待ったー?」

「ううん、私も今来たところですよ!って、ここで待ってたんだから今来たわけないでしょう!!」



リリーちゃんは意外とノリがよかった。

やった後で恥ずかしくなっちゃったのか、手で赤くなった顔を隠そうと頑張るリリーちゃん‥‥‥。

かわゆいと思いながらも、無理やりフッたことに罪悪感が湧いてきた。


もうこの話題に触れないでーっと言うように、リリーちゃんが頭を横にぶんぶん振っている。

それに連動してしゃらしゃらと揺れる髪からリリーちゃんのいい匂いがやってきている。

その頭を抱え込み、匂いをかいでやりたい気持ちがむくむくと起き上がってきたが、何とか自制した。

リリーちゃんの望み通りこの話題にも、その頭にも触れないことに決め、まだ恥ずかしがってるリリーちゃんと共に、その街の方向へ歩みだした。



▼▼▼



「ねぇリリーちゃん、足元よく見えないし転んだら危ないから手つないで歩こう?」

「私歩くだけで転ぶような運動音痴じゃありません。」


ぷいっ、とそっぽを向かれて、私の『危ないから手をつなごう作戦』はにべもなく断られてしまった。

けれど私はまだ諦めない‥‥‥。


「リリーちゃんお願い、このままじゃ

「!!?」


(手ごたえありかな……?)


「し、仕方ないですね~~。それじゃ、手つないであげますよ……ってこら!

なんで恋人つなぎなんですか!?フツーに繋げばいいですよねフツーに!」


ホントは自分でもつなぎたかったのか…いや、リリーちゃんが優しいからね。

私が転ばないように本当に気にかけてくれたのだろう、今度の提案はずいぶん簡単に受け入れてもらえた。


恋人つなぎしようとした手は払われちゃったけど、かくして私はリリーちゃんと手をつなぐのに成功したのだった。


‥‥‥リリーちゃんの手、すべすべだったな。




▼▼▼




街の入り口ではこんな夜遅くでも門は空いていた。

なんか通行証(?)のようなものが必要だったみたいだけど、野盗に襲われて落としてきちゃったんです、とかなんとか言ってたら通してくれた。

‥‥‥それでいいのか衛兵よ。

ついでにその衛兵さんに宿の場所を聞き、複数あげられた宿のうちとりあえず安全面を重視しているという宿へと向かった。


「結構きれいな宿なんですね‥‥‥」

「リリーちゃんもこの宿でいい?好きな部屋選んでいいよ」

「レベルの低い冗談はやめてください。こういう宿だったらベッドの数ぐらいしか選べませんよ」

「え?そんなもの一つに決まってるじゃん」


何を当たり前のことを言ってるのだろう。可愛い子と一緒の部屋に泊まるというのに、一緒に寝なくてどうするというのだ。


「決まってません!まったく冗談はそのくらいに…って何ですかその顔!

もしかして本気で言ってたんですか!?」


本気じゃないならなんだというのだろう、でもどうやらリリーちゃんはベッドを二つに分けようと考えてるようだ。

なんとかせねば‥‥‥。


「リリーちゃん私異世界に来たばっかりで不安で不安で、一人じゃ眠れなさそうなの……だから、―――

「嘘ですね。顔がにやけてますよ」


むぅ……言い終わる前に嘘だと見抜かれてしまった。

どうやら宿の中に入り辺りが明るくなったせいで、リリーちゃんに表情から見抜かれてしまったみたい…。


それにしてもリリーちゃんの私への態度がなんか雑になってきてるような気がする。

硬さが取れてくれるのは嬉しいんだけどね、どちらかというと変態をあしらうようなものになってるような‥‥‥。

私なにか変態なアクティブでも取ったかしら?

ともあれ、ここで引き下がるのは女がすたる。


「違うのリリーちゃん」

「何が違うんですか…?」


うっ、なにか言い訳があるなら言ってみろと言わんばかりのジト目で見られている。


「あの、その…あれよ!まだ私たちこの世界でお金を稼ぐ手段をもってないでしょ?だからお金はできる限り節約しなきゃならないのよ」

「へぇ~、そういう名目であれば一緒のベッドで寝れると思ったわけですか…」

「め、名目だなんて人聞きが悪い。私はただ本当にそう思ってるのよ」


今度はにやにやを抑えて真面目な顔で言えたはずだが‥‥‥。


「ま、そういうことなら仕方ないですね。ライラさんの筋書き通りに話が進むのは癪ですけど、働き口がないのも事実で……ってそもそも今日の宿代ってあるんですか!?まずいです、やばいです、私神様からお金なんてもらってません…。このままじゃベッドを一つにする以前に、今晩は野宿する羽目になるんじゃ‥‥‥」

「リリーちゃん、私がお金持ってるから大丈夫だよ」

「えっ!?神様から貰って来たんですか?」


助かった~という気持ちと、なんでライラさんだけ……という不満が混じった表情をしてるリリーちゃん。


「えっ?あ~うん、そうだよ神様たちに少し貰ってきたんだ。たぶんお金は大人が管理しろってことだったんじゃないかな?」


言えない。

本当はさっき森で倒して気絶していた男たちからちょっといただいてきただけなんだけどね、とは言えない。

この世界のお金なんてよくわからないけど全体の2.5人分くらい金は取ってきたから、一晩ぐらいは泊まれると思うのよね。

ちなみに残りの0.5人分くらいの金は残してきてある、さすがに全部はかわいそうだと思ったのだ。


「私だってお母さんとお買い物行ったりすると、お母さんの代わりにお会計やったりすることもあったのに。神っていうのは人を見る目がないんですかね……」

「まぁまぁ……」


なんて宿の前で話してた私たちだったが、突然目の前の宿の扉がドンっと勢いよく開いて中から誰かが出てきた。


「今何時だと思ってるの!?ずっと人の店の前でぺちゃくちゃぺちゃくちゃ話し込んで、もうすぐカギ閉める時間なのに客がいるなら閉められないじゃないか!!入るならさっさと入りな、トロトロしてるとカギ掛けて閉め出すよ!!」


そこに立っていたのは、この宿の女主人らしき肝っ玉母ちゃんといった風格を醸し出すおばちゃんだった。

急かされるままに中に入り、朝食込みで前払いだというので、よくわかってないお金のことを説明してもらいながら支払いを済ませると、部屋の鍵を渡され「部屋は二階の一番奥!ほら、さっさと行った!」とかなんとか言われながら階段を上らされた。

部屋の中に叩き込まれると「今から身体を拭く水を井戸に汲みに行くなんてあたしゃごめんだからね!だからもうさっさと寝な!」と言うおばちゃんに二人そろって一つしかないベッドに突き飛ばされる、客に対して何てことする人なんだろう。

おばちゃんが部屋の扉を閉めて外に出ると、ドタドタと下に降りて行く音が聞こえた。

たぶん宿の鍵を閉め自身も就寝するつもりなんだろう。


「「あんなうるさい人で他のお客さん眠れてるのかな…」」


二人の声が重なった。

二人して同じことを考えていたみたい。


「「フフフ………」」


私たちはどちらからともなく笑いをこぼした。

声が重なったことや、おばちゃんのあまりのキャラの濃さ、やっと落ち着ける場所に来れたという安心感が頬を緩ませたのだろうが、理由なんてどうでもよかった。

私たちはひとしきり笑い続けると穏やかに眠りについた。






▼▼▼






ちょうどそのころ、ライラに気絶させられていた男たちが眠りに入った二人と入れ替わるように目を覚ましていた。


「…いてて、くそったれ何が起きやがった。おいてめぇらも起きやがれ!」


最初に起きあがったのは飛び蹴りを食らった男だった。

男は残りの二人を起こすと、何があったのか問い詰め始めた。

どうやらこの中ではリーダー格に当たるらしい。


「お、俺らも何も覚えてないんですよ!」

「そうなんです、いきなり後ろから襲い掛かられたみてぇで…」


あたりを見渡すと捕らえて売り捌こうとしていた少女も既にいなかった。


「くそっ!同業者の仕業かこれはっ」

「あの娘かなりの上玉でしたからね、他の奴らが目をつけてくるのもあり得そうですね」

「くそっ、後ろからいきなりとはずいぶん舐められたもんすね」


軽くなった懐を確認してみると金まで奪われていた。


「ああその通りだ、ずいぶんなめた真似してくれるじゃねえか…このロスティオ ファミリーに喧嘩うるなんざよぉ!!」


男たちはいくつもの街をまたにかけて活動する巨大犯罪グループに所属していた。

その組織内での立ち位置は下の上といったところだったが。


「とっとと街に戻って情報集めるぞ!お前らも見ただろうあの娘、あんな上玉だ街に戻りゃ明日の昼までにはもう噂になってるだろう、そうすりゃ後は居場所特定して襲撃だ。街に戻ったらほかの奴らどもにも声かけろ、もちろん全員だ!」


そうして男たちは街に戻り、何十人もの者たちが動き始めたのだった。








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