金級の意味と名前
「あんたたち、只者じゃあないとは思ってたけどそこまでだったとはねぇ」
「えへへ……」
「あはは……」
報告するより以前から只者じゃないと思われていた事実に、苦笑いの私たち。
だが考えてみたら納得だ。既におばちゃんは、私たちが武装した五十人の男たちに襲われ、それを撃滅したことを知っているのだ。
今私たちはギルドから宿へと戻ってきて夕食に、お馴染みのガーリック炒飯をおばちゃんに振舞われながら討伐のこととギルドでのことをおばちゃんに報告していた。
▼▼▼
本来ならあのような冒険者ランクの昇格はあり得ないらしい。
だというのに金級冒険者になった理由は単純、私たちにはその自覚がなかったが、あまりにも活躍が派手すぎたからだ。
もともと容姿のことで冒険者の間では話題にはなっていた新人冒険者。
そんな彼女らが翌日には氷結猪の討伐証明(冒険者ならだれでもあの角を見れば分かるらしい。)を引っ提げて帰ってきたのだ、目立たないほうがおかしいとのこと。
大勢にその実力を知らしめた二人がいつまでも銅や鉄ランクだと、周りから疑問や批判がギルドに来るらしくその防止、また、実力のある冒険者なら早く高ランクにして、魔王領進出の際に出来るだけ奥地へ向かってもらおうという算段らしい。
‥‥‥らしい、らしいというのは全部ギルド長から説明してもらった内容だからだ。
そんなギルド長のランディさんにはかなり良くしてもらった。
魔法学校に興味があるといった私達が入学の推薦が貰いやすいように、ちょうどこの街に滞在していて近々王都へ向かう大商人に対し、私たちを護衛として推薦すると約束してもらったのだ。
その待遇の良さに疑問を抱いたがそれは受付嬢さんが解消してくれた。
「ランディお嬢様のギルドから排出されたのは銀級冒険者のワンパーティのみで、未だ金級冒険者が排出されておりません。そのため、他の街の先輩のギルド長たちから馬鹿にされていたのです。待遇の良さは、先輩方を見返してやりたいというまだまだ子供なランディお嬢様の気持ち故でございます」
それを聞いて、口調が更に丁寧なのはランディさんの目の前だからなのか、ランディの気持ちをよく理解しているな、などいろいろなことを思ったが中でも一番強く思ったのは‥‥‥‥やはりこの人は天然だ、ということ。
自らの元主人をまだまだ子供呼ばわりとは…明らかにランディさんは二十ちょっとはありそうなのに。
ほらランディ落ち込んでるじゃん。
その後、どうせ私たちには使い道のない牙を高値で買い取ってもらったり、普通に討伐報酬として受け取ったお金で、リリーの服と武装を買った。
私は作れるから必要ないがリリーのこの服装は目立ちすぎるし、護衛依頼を受けるならリリーも武装していないと怪しまれる。
実力を知らしめて名をあげる前に目立てば、待っているのは先日のように攫われそうになることだけだ。
そのため服装は周りに溶け込むため一般的な町娘の物にした。
それでもリリーは可愛くて目立っていたが…。
武装は、リリーは魔法使いと言うことでやっていくつもりだからワンドにした。
こちらも目立たないものにしたが、リリーの魅力は‥‥‥(以下略)。
そしてこの世界では幼い子供も戦っていると言うのもこの時実感できた。
店にリリーサイズの鎧が数点あるのだから…。
余りおいている数が多くないのは子供の内は稼ぎが良くなくて鎧を買えるような子は少ないからと言う。
これを買う子供たちがいることを考えると胸が痛んだ。
▲▲▲
報告の内容でおばちゃんが驚いているのは氷結猪を討伐した事実とその速さ、そして金級へのランクアップについてだった。
当然と言えば当然のその反応、でも肝が太そうなおばちゃんが思いのほか動揺していて意外に感じた。
「それでこれからどうするんだい?」
いや、やっぱりおばちゃんは流石だった。
ランディが落ち着くまで数分かかったのに対して、おばちゃんがかけた時間はほんの数瞬だったのだから。…こちらとしては楽だからいいけど。
「明日もう一度ギルドに行ってみるつもりです。その大商人から雇ってもらえたかの結果を聞きに行く必要がありますから」
「もし雇ってもらえるようなら、その依頼で王都まで行った後そのまま向こうで活動することになるわ」
私たちの目的は有名になってエリスさんに見つけてもらうこと。
ならばより有名になりやすい王都に行ったほうがいいのは確か。
……けれどこの宿には思い入れがあるから、旅立つのは少し寂しいけれど。
「そうかい、まぁ有名になりたいってんならそれが正解だろうね。結局魔法学校はどうするんだい?」
「大商人さんの推薦が貰えるようなら入学したいと思います。ちょうど入学の時期が半月後に迫っているとのことなので」
平民に対して有名になりやすい手段である冒険者と、貴族に対して有名になりやすい魔法学校という手段。
リリーの母親であるエリスさんがどんな存在に転生しているかが分からない今、なるべく多くの人たちに対して名を広げたほうがいいと思う。
リリーの高レベルな回復魔法とギルド長のお心づけがあるのだ、魔法学校を目指さないのは愚かともいえる。
そして、目指す理由はそれだけじゃない、リリーが入学したいと強く望んだのだ。
最初の森で男たちに攫われかけ、宿では襲撃を受け、冒険者としての活動を始めたのだ。
この世界で生き抜き、エリスさんを探せる力が欲しいというのも納得はできる。
「私が守ってあげるから心配しないで」と言おうとしたがその意見は口に出す前に却下された。
「いつまでもライラさんに頼り切りじゃなくて、ライラさんを支えられるようになりたいんです」
そんな言葉に思わずリリーを抱きしめて舐め回し‥‥‥むしゃぶりつきたくなったが、この話をしていた時は氷結猪討伐の帰り道…つまりまだ魔物の危険があったのでなんとか自重した。
と言う訳で、魔法学校に入るのは私達二人共の当面の目標となったのだ。
▼▼▼
夜
随分と久しぶりな気もする部屋に戻り、もういつでも寝れるという準備が整った。
身を清めてから服を着替えて、部屋にはベッドが二つあるというのに一つのベッドに二人で身を寄せ合い、魔法の力で灯っているらしい光を消した。
一つの布団に二人で包まれるように身を寄せ合い、春ぐらいの気候の中ではなかなか味わえないような、いやこのベッド以外では決して味わえないような温もりに包まれながら、私はギルドで気になっていたことをリリーに聞いてみた。
「リリーの名字って何?」
「‥‥‥どうしたんですかライラさん」
「ギルドで名前について聞かれたとき、名だけじゃなくて姓もありそうだなって思ってさ。って言うか日本では名字ぐらいほとんどの人があるはずなのにリリーの名前『リリア』しか聞いてないのを思い出してね‥‥‥」
「‥‥‥」
「勿論あの時はあの対応が正解だったよ。あの状況で名字も名乗っていたらランディさんはリリーを貴族だと思っただろうしね」
「…別に隠してたわけじゃなかったんですよ。ただ……」
「ただ?」
「長すぎるんです私の名前は。だから全て名乗る必要もないかなって」
「ミドルネームもあるってこと?」
「いえ、もっとです」
もっと?
「私の名前は『リリア・ノクティス・デア・ルナ・リーネリッヒ』です。言い出せずにいてすみませんでした」
確かに長い。それに気になる単語が出てきた。
「…リリー、今『リーネリッヒ』って」
「‥‥‥私もおばさんからこの国の名前を聞いたときは驚きました。まさか自分の名前と同じ言葉が出てくるとは思いもしませんでしたから」
偶然…?
でもそれでは済ませられない気がする。
「それとこの名前は信頼出来る人にしか言っちゃいけないってお母さんから言われてたんです。日本にいた時はリリア・ノクティスって名乗ってましたし…だからと言って今まで言い出せなかったのはライラさんが信頼できなかったってわけじゃなくてですね…タイミングがなかなかなくてですね……」
「気にしないでリリー、教えてくれてありがとう。でもその名前はエリスさんに言われた通り、他の人には言わないで行こう」
「はい‥‥‥なんか名前教えられたら少し楽になった気がします」
「私も本名が知れて嬉しいよ」
「‥‥‥」
「どうしたのリリー?」
リリーが急に黙り込んでしまった。
(な、なにか悪いこと言っちゃった??)
「私も……」
「ごめんねリリー、なにか悪いこと言っちゃった?」
「違います!私もライラさんの本名とか、秘密とかもっと知りたいんです!!」
「―――えっ?」
「ライラさんばっかり狡いじゃないですか、人の本名聞いて嬉しそうな顔しちゃって……」
「そんな嬉しそうな顔なんて‥‥‥」
「してました」
…してたのか。
自分でも自覚していなかった表情を見られていたというのはなかなか恥ずかしい。
‥‥‥変な顔じゃなかったよね?
「でも私もう秘密なんてないよ‥‥‥」
「そんなの知っています。まだライラさんが私に隠していたならもっと怒っています!」
「そ、そうなんだ~」
リリーの勢いが強くてなんか押され気味だ。
そういう所あるよねリリーって‥‥‥。
「無い秘密は作ればいいんです!」
「つっ、作る!!?」
ますます意味が分からない。
リリーの何で分からないんだ、と言う顔が腹……立たない。
なんか愛しく見える。
「ライラさんって記憶喪失ですよね?ならライラさんの記憶を取り戻せばいいんです。今のライラさんに秘密が無くても、十年前よりさらに前のライラさんになら秘密があるでしょう?」
「な、なるほど‥‥‥」
勢いで納得してしまったが筋が通っているのか、通ってないのかわからない考え方だった。
だけど私は記憶喪失なんだから教えてあげられない。
私に何を求めているんだろう、と疑問に思っているとその表情がリリーに見えたらしい。私と違って暗視能力もないだろうに…暗順応かな?
「鈍い人ですねぇ!!」
怒られてしまった。
「お母さんを見つけることが出来た後も、ライラさんの記憶を取り戻すためずっと一緒に居ましょうって言ってるんです!!」
「‥‥‥」
もう言いたいことは言い終わったという様子のリリーが反対側を向いた時ぐらいに、ようやくリリーの言葉が私の中で理解された。
「リリー、今ずっと一緒にいるって―――
「早く寝ますよ、疲れてるんですから…」
「ねぇリリーもう一回言って~」
お母さんを探すまでずっと一緒にいると言った私の言葉は、その実エリスさんを見つけたらそこで終わりということを示していた。
別れという言葉を考えるのが嫌で仕方がなかった私にとってこの言葉は嬉しすぎた。
結局もう一度は言わないまま寝ようとするリリー。
この後めちゃくちゃエッチしようとしたら耳をつねられたので、お礼を言い。
お互いに抱きしめ合う形で双方合意し、そのまま眠りに落ちていくのだった。
▼▼▼
翌日、私たちは冒険者ギルドへ来ていた、時刻は朝の十時過ぎである。
勿論、護衛依頼の推薦の結果を聞くためだ。
ランディさん曰く、商人はせっかちばっかりだから結果はすぐに出るだろう、とのこと。
ギルドに入るといつもより人が少なかった。この時間帯だからだろうか…?
半分ぐらいになっていたため、いつもの騒がしさとのギャップでかなり静かに思える。
怒鳴り散らしている一つのパーティを除けば‥‥‥。
「あぁ!?なんだとコルぁ!!」
「一気に金級冒険者だぁ?」
「聞いたこともねえ名前じゃねぇか!!」
「女の二人組だとぉ?」
周りの冒険者から何を聞かされたのか、めちゃくちゃ怒っている奴らがいた。
しかもたぶん私たちのことで‥‥‥。
(面倒な………)
奥からその騒ぎを見ていた受付嬢さんが「今はダメ、逃げてください!」と言っていいるかのような目線を向けてくるがその目線もむなしく、男たちは入り口に立ち尽くしていた私たちに気づいてしまったようだ。
「おい、あいつら…」
「おいてめぇら、あいつらで間違いないのか?」
「見るからに雑魚じゃねえか…」
「やっぱりイカサマか…」
私たちの正体がさっきまで自分たちが話していた相手と気づいたのだろう。
‥‥‥金級になったらなったで問題出るじゃん。
男たちはズンズンとこちらに大股でやってくる。
何かの依頼を終えて帰ってきたところなのだろう、それぞれの武器から血の匂いが漂ってくる。
「「「「おい、おめーらぁ!!」」」」
声がハモる。
仲いいなお前ら。
「お前らが新しく金級冒険者になったってやつらだな」
「俺たちは子の冒険者ギルド唯一の銀級パーティだ」
「人が留守の間にイカサマでランク上げたんだって?」
「おうおう、ずいぶんなめた真似してくれるじゃねぇか」
よし、完璧に状況が理解できた。
大方、この街をホームタウンとしている冒険者の中で一番腕がよかった銀級パーティの彼らが依頼から帰ってきたら、ギルドでは新しく生まれた金級冒険者の話で持ちきりだった。しかもそいつらは数日前までは銅級だった二人の女だという。
→俺たちが抜かれるなんてありえない。
どんな奴等なんだ。
は?あんな奴らだと。
やっぱりイカサマか!?
と言ったところだろう。ってことは次の展開は‥‥‥
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