直った機嫌と護身術
「……ください」
「zzz……」
「起きてください、ライラさん」
「……みゃっ?」
「もう朝ですよ…」
「……んっ、リリーおはよう」
リリーの機嫌が直り、一か月ぶりに一緒に寝ることが出来た昨晩。
…そして翌朝。
久しぶりにリリーと一緒に寝たせいかここ一か月の間で一番よく眠れた気がする。
「はい、おはようございます。顔を洗ったら朝食を食べに行きましょう」
この魔法学校の寮では、朝食は寮の皆で食べることになっていて、遅れることは許されない。昼食は個別だし、晩御飯も自由だけど、朝食だけは譲れないそうだ。
寮の外の宿から通っていた時も朝食は同じだったのだから、その徹底ぶりの凄さも分かるというもの。
▼▼▼
「月の女神さまに祈りを……」
寮の食堂に集まった私たちは食事の前に、シスターさん(?)の声に続いて月の女神さまとやらに祈りを捧げた。
なんでもリーネリッヒ王国の建国に際して加護を授けてくれた女神さまだとか。
「「「「「「祈りを……」」」」」」
私とリリーも皆に合わせて祈りを捧げるように両手を組み、瞳を閉じる。
すでに変な世界で神様とやらに合っている私達ではあったけど、この場で祈りを捧げないのはあまりにも場違いすぎる。
吸血姫の身体のせいか、祈りを捧げたら頭が痛くなったのは誤算だったが……。
周りを見ると貴族の令嬢だからか、皆食べ方が上品で私とリリーには肩身が狭い。
慣れないナイフとフォークを懸命に動かして食べるリリーは可愛いけれど、私の意識はすぐ別のところに移った。
(なんだろう、あの子の違和感………)
王女ウェンディ、おかしな所なんて何にもないはずなのにどうしても見るたびに違和感を覚える。
……そしてわずかに腹が立つような感覚も。
入学式で見かけた日から、私の心の中にもやもやとした感覚としてずっと居座っているそれの正体を、私は未だ掴めないでいた。
▼▼▼
「ライラさん、今日は最初に護身術の授業がありますね」
「あぁ、そういえばそうだったね」
護身術。
貴族令嬢を襲う連中には事欠かない王都において、彼女たちが学ぶ必要がある事項に含まれるのも納得できる。
普段はそれぞれ異なる授業を受ける私達ではあるけれど、護身術に関してはクラスの皆で受けることになる数少ない授業の一つだ。
「たしか第七グラウンドでしたよね、場所は覚えてますか?」
「大丈夫、だってリリーが教えてくれるでしょ?」
「まったく……そんなんじゃダメなんですからね?」
「はーい」
昨日図書館で会って以来、最近斜めだったリリーの機嫌もなんとか真っ直ぐに戻ってくれたみたい。
なんで不機嫌だったのかは知らないし、なんで機嫌が良くなったのかもわからないけれど、元に戻って何よりだ。
護身術の授業内容を二人で予想しながら歩いていると、グラウンドに着いた。
近くのポールには『第七グラウンド』の文字の入った標識がくっついているので目的の場所であっているのであろう。
……流石私のリリー。
周りを見てみれば同じクラスの少女たちもちらほらと……もう少しで授業開始時間かな。
「皆さん、揃っていますか?護身術の授業を始めますよ」
後ろの方、つまりグラウンドの入り口の方から聞こえた声。
護身術の担当の先生はどんな人だろう、と気になって振り向いた先にいたのは予想外の先生だった。
そう、やってきた先生は担任のイザベル・ニアン先生だった。
…最初の印象が事務員のおば様だったから、まさか体育系の授業担当の先生とは思っても見なかったよ。人を見かけで判断してはいけないということかな?
闇属性の授業の時は一人だからなかったけれど、三十人近い人数がいるとやはり点呼を取るらしい。先生の前に六列で並べさせられた後、出席番号の順に名前が呼ばれリリーの名まで呼ばれ終わったところで先生はパタンッと生徒名簿を閉じた。
「それでは皆さん護身術を実践するペアが必要ですので二人組を作ってください」
「「「「「「はい」」」」」」」
「リリー」「ライラさん」
私たちのペアが決まるのは一瞬だった。
いや、もはや先生が言い終える前には決まっていたため、しばらくの間、皆が周りをキョロキョロしてペアを作っているのを眺めながら過ごす。
やっぱり一番人気はウェンディかな。
何人も彼女を狙っているみたいで、互いに牽制し合っている。
…あっ、先生が早く組めって強引にペアを決めちゃった。
ファンの子達はファンの子たち同士で組ませて、肝心のウェンディは結局先生と組むことになった。
「それではまず、先生とウェンディさんでお手本を見せますね。よく見ておくように……ウェンディさんこちらに襲い掛かってきてみてください、緊張しないでくださいね、怪我はさせませんから」
「はい。それでは……行きます」
両手を前に突き出し、ゾンビのようにゆっくりと先生に襲い掛かるウェンディ。
まぁ、襲い掛かって来いって言われたからって、いきなり殴りかかったりするのは無理だしね。
「……妥当な襲い掛かり方と言えるでしょう」
「突然何言ってるんですかライラさん」
対する先生はウェンディの右手首を掴むと、一度ウェンディを押して重心を崩した後で前に強く引き、地面に引き倒した。
地面はフワッフワの人工芝みたいなやつだし、先生も本気で地面に叩きつけたわけじゃないからウェンディも先生の宣言通り無傷みたいだった。
「このように相手を倒してしまえれば、後はたやすく制圧できます。皆さんも先ほど組んだペアの方と交互に暴漢役と制圧役をやって練習してみてください」
グラウンドのあちこちで「えいっ」「やあっ」「てあっ」と可愛い声が響く中、私とリリーも練習を始めてみることにした。
「行くよリリー」
「来てくださいライラさん」
まずは私が暴漢役でリリーが制圧する側。
なぜかは知らないけれど私は体術が身体に染みついているから、ここではリリーに自分の身を守る
「やぁー」と、いかにもテキトーな雄たけびを上げながらリリーに
リリーの対処は、お手本どおり手を取って私の重心を崩したところまでは良かったのだが、そのあと私を引き倒す段階になってミスが出た。
本来なら手だけではなく、身体全体を使って引くべきであったのにそれを怠ってしまったのだ。
不完全に前方に引かれた私は倒れることなく、むしろリリーの方が私に引き寄せられ……。
ポフンッ、とメルヘンな音を立ててぶつかった。
いや、正確に言うならば私の胸にリリーの顔が
状況が理解出来ていないのか、正確に理解した上なのか、リリーは壊れたロボットのように固まってしまって動かない。
「……リリー、大丈夫?」
「……?」
「痛い所とかはない?」
「~~~っ!!?」
遅ればせながら正常に動き始めたリリー。
まずは赤面モジュールと離脱モジュールから回復したみたいで、顔を真っ赤に染めながら離れようとする。
だが……
そう簡単には逃がさない。
昨日は一緒に寝れたとはいえ、リリーの
まだまだ堪能させてもらう……怪我もないみたいだしね。
私の胸から顔を離そうとするリリーの背中と後頭部を後ろに回した手でガッチリと抑える。
「ひょっふぉ、ふぁいひぃあふぁん!!?」
(ちょっとライラさん!!?)
胸に顔を埋めているがために、いまいちよく喋れないリリー。
ケッヒッヒ……。
「リリー、暴漢に捕まっちゃったらどうなるのかも、しっかり教えてあげるよ~」
「んー、ふぁっへふふぁふぁひ、ひんふぁふぃふぃはへふぁいはふふぉ~」
(やぁっ、待ってください、皆に見られちゃいますよ~)
「んー?何言ってるのか聞こえないよ~?」
リリーの背中と頭を
頭は
リリーは恥ずかしいだろうけれど、私としてはそこまで羞恥的ダメージは大きくない戦法だ。
「どお?リリー、暴漢に捕まった時の恐ろしさは分かった?」
「はい、嫌と言うほどに……」
リリーの温もり、柔らかさ、匂い、恥ずかしがる態度を十分に
もっとも、その時のリリーには離れようとしていた気力はもう残っておらず、何やらぐったりとしていたが……。
今度はリリーが暴漢役になってもう一回やることになるかなと思っていたが、周りの生徒たちは既に攻守を入れ替えての練習も終えていたようだったので、私達も手を止め、『もう交代してやり終えましたよ感』を出しておくことにした。
唯一の危惧は担任のイザベラ先生に見られていたのではないかと言うことだったけれど、先生は先生でウェンディの相手として暴漢役をやっていて忙しかったようで、注意されることはなかった。
「……良かった良かった」
「良かったじゃありませんよ、良かったじゃ……」
リリーも元気はなさそうだけどツッコむ余裕は何とかあるみたいだから、この後の授業も大丈夫かな。
その後も数種類の技を習った私達は最後にもう一度集合して挨拶をしてから授業を終えた。
どうやら授業をやっていく中で、最終的には各々の使える魔法を交えた護身術を学んでいくみたい。
……もし本当に暴漢にあった時、暴漢の身体は
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