ウェンディと違和感

「こんにちはライラさん、何の本を読んでいるんだい?」

「……ウェンディ・フロスト・リーネリッヒ」

「奇遇だね、こんなところで会うなんて…」


いつものように授業が終わった後に向かった図書館。

普段は誰とも会わないようなその場所で話しかけてきたのは、まるで王子様みたいだと貴族令嬢からちやほやされている『王女ウェンディ・フロスト・リーネリッヒ』だった。







▼▼▼







混乱が頭の中を占めていく。

どうしてこんな時間にこんな場所に居るのかっていうことはまだいい。

だけど吸血姫の私に察知されることなくこんな真横まで近寄って来たですって?

ただの偶然、ただのボーイッシュな王女と言うだけでは説明できない。

いったい何者?

何が目的?

気になることは山ほどあったが、それと同じくらいこちらには後ろめたいことがある。

吸血姫であること、異世界から転移してきたこと、お姉さんぶっているだけで中身はただの子供であること……。

数え上げればキリがないそれらを隠すように私は慎重に彼女との会話をつなげた。


「えぇ、本当に奇遇ね。この時間はみんな講義を受けている時間だと思っていたわ」

「私の適正は少し珍しいものだからね、他の人たちとは授業時間も違うんだよ」


あくまでも王子様スマイルを崩さないままなウェンディ。

カッコいい笑顔なのかもしれないけれど私には違和感の塊でしかない。


「珍しい属性?」

「そうだよ」


その属性が知りたくて聞いたのにニコニコしたまま肯定しただけで、肝心の部分は答えない。それに、この学校の性質上仕方ないのかもしえないけれど、外見上だけなら年上な私に敬意をまったく払ってないところもあってちょっと腹が立つ気もする。

…いや、それを言うなら相手は王女様なんだからこの場合私の方が不敬なのか。

とりあえずその笑顔は無性に鼻にかかる。

私がズレたことを頭の中で考えていたからなのか、ウェンディは「隣、座るよ」と言ってこちらの返事を待たずに私の隣に腰を下ろすと、話題を最初のものに戻してきた。


「それで、何の本を読んでいたんだい?」

(そっちが珍しいとかいう魔法適性のことを離したら教えてあげるわよ)


子供っぽい意見が口から飛び出てきそうになったのを堪える。

呑み込んだ意見をのどの奥で編集して、再び送り出す。


「教えてもいいけど、そちらもさっきの珍しいっていう魔法適正の話を聞かせてくれないかしら」


…編集結果はさして変わらなかった。

口調こそ大人っぽく(?)直せはしたけれど内容は全く同じだ。

恥ずかしさが込み上げてきたけれど、一度出た言葉は取り消せない。

出来るのは赤くなった顔をさりげなく隠すことだけだった。


「はははっ、いいよ私の魔法適正のことも教えてあげるよ。もともと大したことじゃなかったからさっきは言わなかっただけだしね」


事前に情報収集通りならウェンディの年齢は十五歳。

身長こそ年齢よりは高く見えるけれど、そのつつましやかな胸はむしろ十三歳ぐらいに見えるから情報はあっているはず。

なんかウェンディの方が私より大人っぽい……。

ともあれ、まだ私に気づかれずに接近してきたことやぬぐい切れない違和感から、警戒を解いて自分のことをべらべらと話すというのは気が引ける。

…けれどここにきてやっぱり話さないというのは、たとえ私の面の皮が今持っている辞書みたいな本より厚くても出来ないだろう。


結局私は読んでいた吸血姫の本のことをウェンディに教えた。

といっても、『私は吸血姫で記憶喪失だから自分の種族のことを調べてたのー』なんて口が裂けても言えるわけがないので、『授業で吸血姫のことで疑問に思ったことがあったから』と適当に誤魔化しておいた。

その疑問についてまで言及されたらそれっぽく答えられる自信はなかったけれど、元々話のきっかけにするだけのつもりだったようで、ウェンディはそれ以上聞いてこなかった。


その代わりこちらの話にいかにもなアクションを取って納得すると、(いちいち女子受けしそうな態度だ……)約束通りさっきの属性について話し始めた。


「私の使う魔法はって言うんだよ」

「……精霊魔法?」

「普通の魔法、つまり『火、水、土、風、雷』それに加えて『光と闇』の七属性の魔法が使用者自身の魔力を使って発動させるのに対して、精霊魔法は契約した精霊の力を借りて魔法を発動させるんだよ」


なるほど、授業で習った話の中にもなかったし本当に珍しい魔法なのかも知れない。

ただ、それだと魔力が無限に使えるようなものだからめちゃくちゃ強いのでは?

ウェンディはそんな私の疑問に答えながら更に解説を続ける。


「ライラさんの考えている通り、精霊魔法は通常の魔法よりも大規模に使えるし、細やかなことも出来るよ。その分、適性を持つ人は本当にわずかだけどね…」


ウェンディもその魔法の性質のため、私と同じように先生とマンツーマン授業らしい。

そのうえ私の闇属性の場合、一人だけだけど適性を持つ先生がいるため授業はその人にやって貰っているが、精霊魔法は教師にも使える人がいないため授業はほぼ自習なのだそうだ。

…授業の意味とは?

まぁそれでも魔法学校を卒業することに意味があるため、学校にはちゃんと通うらしいが…。


ウェンディがそんな希少で凄い魔法を使えるのはただの偶然ではないらしく、どうやらその血筋が関係しているようだ。


「王国が出来る前、王家は月の女神さまから加護を頂いてね。そのおかげで王族には精霊と契約を結べるものが多いんだよ。精霊にもいろんな子たちが居て、契約した精霊の属性に合わせて魔法の力を借りることが出来るんだ」

「もしかしてその精霊さんってここにもいたりするの?」

「ん?勿論いるよ。ライラさんには見えないかもしれないけれど…ほらライラさんの周りにも闇の精霊が集まっているよ」


自分には見えないものが周りにいる事実はあまりいい気分ではない。

…闇属性適性を持っているから闇属性の精霊が集まっているのかな?


「…もしかしてライラさんって闇属性に適性を持ってたりするのかい?」

「えっ!?そうだけど」

「どおりで闇の子たちが集まっているわけだ!珍しい適正だね!」


一瞬考えていることが見抜かれたのかと思って焦ったけど、そういうわけではないらしく、私の推測は外れていなかったということらしかった。


「そ、そうかな…。ウェンディの方が珍しいと思うよ、精霊魔法だなんて…」


人間は怖い。

リリーのことは信用できても、日本に居た頃のトラウマは残ったままである。

まして胡散臭いウェンディ相手だ、警戒を解くことなんて出来るはずがない。

…なのに私は、ウェンディと話しているうちに緊張が解けていっていることを、自分の口から出た言葉の柔らかさで実感した。

油断できない相手ではあるけれど、悪い子じゃない気がする……。


不思議な感覚を抱きながらも、思えばここ最近リリーと担当の先生としか会話していなかった私は、司書の人が不在なのをいいことにウェンディと随分と話し込んでいった。





▼▼▼






「そういえばウェンディはどうして図書室に?なにか読みたい本でもあったの?」


まだ違和感もあるし、怪しいところは盛り沢山。

それでも私はウェンディと話し込むうちに少しずつ気を許すようになっていて、短くない時間が経った頃には随分と普通に喋るようになっていた。


「えっ…あ~、えっとだね……」


そのため、ウェンディの隠し事の予感に敏感に食いついた。


「ねぇ今も本持っているよね、なんの本なの?」

「そっ、それは!!?」


ウェンディが自らの脇に置いていた本のタイトルを覗き込むようにして詰め寄る私。

対して、見られないようにと必死に本を自分の身体の後ろに回して隠すウェンディ。

今チラッと表紙が見えた!


「…今のは、花の絵?」


私たちの攻防がヒートアップしそうになる寸前、私のつぶやきを拾ったウェンディは本を後ろに回したまま、何やらひらめいたような顔をした。


「そうだ、これは精霊魔法の本だよ!私の契約している精霊は自然に関わる子なんだ。だから表紙も花の絵なのさ!」


明らかに嘘のにおいがしたけれど、一応の筋は通っているし契約している精霊が自然に関わっているのは本当っぽくて、ここから追い打ちをかけるのは難しそうだった。

ぎりぎりで振り切ったウェンディも形成は不利だと判断したのか、「また今度会えることを祈っているよ」と最後まで王子様っぽく(途中王子さまは行方不明になっていたようだが…)キメて去っていった。


一人残った私が窓の外を見るともういい時分じぶんになっていて、ちょうど授業が終わったリリーとの待ち合わせ場所に向かわなければいけない具合だった。


「あの感覚……」


最期、ウェンディを問い詰めている時に感じたもの…。

普段のウェンディに感じていた違和感の正体が掴めた気がした。


「…ともあれ、今はリリーのところに行かなくっちゃ」


頭の中のごちゃごちゃを押し出し、リリーのことと明日の休日のことを考えながら噴水の方へと歩いて行く。

半日ぶりのリリーに「ライラさん、何やら違う女の子の匂いがしますよ!」と追及されたのはまた別の話。


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吸血姫と少女 アオイユウヒ @yutahiro

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