第2話 罪業妄想の堂々巡り

 学校が終わり、バイト先へと向かう為、僕は原付で海岸沿いを進む。

 真夏の日差しを感じる度、決勝戦の記憶が呼び起こされる。


――死にたい。


 押し寄せる潮の響きが急に褪せていく。次第に五感がぼやけて、全てが鈍重に感じ始める。

 無数の針が刺されるようなピリピリとした悪寒が僕の背中を襲う。寒くも無いのに、急に足が震えだす。

 僕は堪らず原付を脇に止めた。海を背に僕は震えだした身体を押さえる。


 大丈夫だ。しばらくすれば、落ち着く、大丈夫。大丈夫――


 大丈夫だと何度も自分に言い聞かせ、大きく深呼吸をする。

 僕は野球の事を思い出す度、逆流する断想に襲われて、震えが止まらなくなる。

 呼吸を整えるのは、蘇る記憶から逃れる僕なりの方法だった。


「うぷさんっ! うぁぅ! やっちゃったぁ……」


 僕のぼやけた五感を越えて、背後から柔和で透き通るような声が聞こえた。

 一人の女子生徒が波打ち際で、転んで頭から水を被っていた。


 少女はうちの学校の制服姿で、びしょ濡れのままスカートの裾を絞っている。

 彼女の容姿は種子島で観光客でしか、お目に掛かれないブロンドの髪。


 僕は隣のクラスで帰国子女の子が転校してきたと誰かが話していたのを思い出した。

 確か名前は、鏡宮かがみやアリスとか言う。

 透けて見える下着と、濡れた髪を、長い耳に掛ける仕草に、僕の目は釘付け――


 長い耳?


 少女は不自然に長い耳をしていた。僕は目を疑い、月並にも目を擦る。

 やっぱり見間違いだったようだ。少女の耳は普通の血色のいい三日月耳をしている。

 そんなことをしていると、ふと少女と目が合った。


 ヤバイ、なんか言われる――


「ねぇっ! そこの君っ! 一緒に泳がないっ!? 気持ちいいよっ!?」


 声を掛けてきた少女の言動は耳を疑う物だった。

 全くの他人に人怖じしない鏡宮さんの態度に、少なくとも僕には異常とさえを感じてしまう。

 急に怖くなった僕は逃げるように原付を走らせた。



 僕はいつも通りファミレスの厨房に立つ。

 何も考えず決められた順番で、単純な作業を続ける。

 料理人からしたら実に失礼かもしれないけど、僕は頭を使わない単純な作業が好きだ。


 ただ、予定の外の話が無ければ――


「鷹野君っ! 悪いんだけどっ! ホールに入ってくれるかなっ!?」


 穏やかに過ごしたいという僕の身勝手な願望はいつも虚しく崩れる。

 その度に気付くことは、世界の法則が良く出来ているということ。

 今日は店長の言葉で崩れた。お人好しである僕が断れないのは毎度のことだ。


「分かりました」


 自分でも分かるくらい不愛想な顔つきでホールへと周る。

 何で心よく受けてくれないんだという店長の顔つきに、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 人と関わりたくないという気持ちを押し殺し結局、終わりまでホールで接客をした。


「ありがとうございました」


 午後6時55分を回り、レジで最後の客を見送って、ようやく業務が終わる。

 やっぱり、このバイト辞めるべきなのかなぁーと毎回思う。


 自分から望んで面接を受けて入ったのにも関わらず、本格的な夏に入ったことで観光客を迎えようとしている時期に、ただ気分が優れないというだけで辞めるなんて僕には出来なかった。


 でも、もう持ちそうにない――


 脳内で堂々巡りを繰り返していると、自動ドアが開かれ、見慣れた顔が現れる。


「ようっ! 宙人そらと、頑張ってるなっ!」


「やっほーっ! 来たよっ! 宙人そらとっ!」


「省吾、愛花、なんでここに?」


 小麦色に焼けた二人、制汗スプレーの残り香からして、部活が終わってすぐ来たような感じだ。夕飯でも食べに来たのかな?


「もう、忘れた? 今日学校でバイト先に来るって言ったよね?」


「そうだったけ?」


「そうだよ」


 言われてみればそんなことを言われたような気がする。最近どうも記憶が朧気で、言われた事を覚えていなかったり、逆に言われたと思い込んだりする。


「鷹野君。もう時間だね。お疲れ様。そちらのお客さんは……友達かい? 僕が案内するよ。君は着替えてくると良い」


「店長……はい。すいません、お先に失礼します」


 背後から声を掛けてきた店長に頭を下げ、僕は更衣室へと向かう。


 一体、何の話だろう? また何忘れているのかなぁ。


 着替えを素早く済ませ、僕は不安を胸に二人の座るテーブルへと向かった。


「ゴメン。待たせた」


「こっちこそ、悪いな。急に話があるなんて言って」


 省吾はバツの悪そうな表情をしている。


 気不味い相手に我慢してまで話すことっていったい何なんだろう?

 やっぱりまた僕は何かをやらかした?


「それで話って?」


「ああ、実はな――」


 話を切り出した省吾にタイミング悪く、店長からサービスといってコーヒーが運ばれてくる。

 忙しい合間を縫って持ってきてくれた事に、気を使わせてしまって僕は心苦しくなる。


「なぁ? 宙人そらと、野球部に戻ってこないか?」

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