第17話 玲瓏な君との新しい日々の始まり
実はファイユさん、新しく自ら始めるツアーガイド事業に不安を抱いていたらしく、国際自然公園に来れば何か取り戻せるんじゃないかと思っていたことを語ってくれた。
「それは素敵ですっ! 是非お手伝いさせてくださいっ! ソラトもいいよね?」
「ああ、僕でなんかの力で良ければいくらでも貸しますよ」
「ありがとう。二人とも、それじゃあ、そうね。折角だからお仕事と一緒に例の譜面を集めて周ってみるのもいいかもしれないわね」
ファイユさんの計らいでアリスと僕は異世界の絶景と、譜面収集を始めることになった。
この先見たことも無い景色が待っていると思うと自然と胸が躍る。
もう僕は勿体なくて、死ぬことなんてできない。
アリスがきっかけをくれて思い出した脆弱で明瞭で透明な力を、これから大事に育てて行こうと僕は強く心に決めた。
だけど――
地球で僕等を待っていた人達により一時幽閉されるなんて思ってもみなかった。
戻ってくるときも身体がふわりと浮くような感覚を僕は味わう事になり、僕は少しだけ酔いかけた。
「はいっ! 到着っ! こっちはもう夜かぁ~」
「……すこし気持ち悪い」
「大丈夫? ちょっと家で休んでいく?」
ヒールの踵が床を踏む音に、僕とアリスは振り返る。
「お帰りなさい。アリスさん、今回のギュゲースゲートの時間外使用の件について、お聞きしたことがあるので、着いてきてくれますか?」
「ふぇっ! あ、
戻ってきた僕らを一人の女性が待ち伏せていたかのように現れた。
写真付きのネームプレートには菊地絢という文字が見える。
女性の絵顔は僕らを歓迎――という訳ではなさそうだ。目が笑っていない。
女性の羽織るジャケットには日本の宇宙開発を担う機関の名前が刻まれていて、何のために来たのか分かっているだろう、と言っている。
連行された僕等が放り込まれた場所は勿論、某機関の宇宙センターの会議室。
緊張する面持ち――は僕だけだった。
何で会議室なんかに?
と言うのが僕の率直な感想。口封じであればとっくに始末されている筈なのに妙だった。
警戒感を募らせる僕とは対照的にアリスと言えば会議室の内装に興味津々で落ち着きがない。
ガチャリとドアノブが鳴って入ってきたのは、にこやかな表情の年配の男性。そして僕等を連行した菊地絢さんだった。
「さて、僕はここの所長の速水です。
「私はスペクリム交流事業担当の菊地絢といいます。よろしくお願いします」
「え? あ、よろしくお願いします」
流暢な話しぶりで自己紹介をしてきたので、呆気を取られる。
名前なんて調べがついているだろうとは既に思っていたのでさほど気にも留めなかった。
「いやぁ、種子島高校野球部のエースに会えるなんてねぇ~」
にこにこしながら所長は話されているが、警戒心がうなぎのぼりに上がっている僕には逆に不気味に思えてならない。
もう、腹を括るしかない。
僕は思い切って聞いてみることにした。
「それで、僕はどのくらいの禁固刑に処されるのでしょうか?」
殺されないのであれば、国家機密を知った僕の処罰は、罰金というのはあり得ないだろうし、良くて終身刑と言ったところだろう。
新しい人生を踏み出そうとした矢先にこれか――
でも、最後に素晴らしい世界を見られたからいっか――
僕は社会的に処分されることを覚悟した。
「ぷっ――」
突然、アリスの失笑を合図にして、どっと大爆笑が起きた。
「そんなことしませんよ。最初に言ったでしょ? 私の肩書はスペクリム交流事業担だって」
「あ……」
菊地さんの言葉で僕はハッとする。禁固刑であってもそもそも会議室なんてものを用意するはずがないのだ。
「実は水面下ですが既に交流は始まっているんですよ。本日鷹野君をお呼び立てしたのは正式に君をアリスさんの文化交流のサポートをお願いしたくてお呼びしたんです」
菊地さんはにっこりと微笑む。
どうやら僕の『下種の勘繰り』という悪い癖が出てしまったようだ。だけど取り越し苦労で良かった。
「今後、君には人類がスペクリムの人達と交流するにあたってのモデルケース作成の為、働いてもらいたいんだ。仕事の内容は、毎週のレポートの提出だけだ。勿論強制しないよ。ただその場合、今回の事はマスコミには黙っていてもらいたいんだ」
「そうしてくれないと、政府のお偉いさんや私達がちょっと困ったことになってしまいます。アリスさんもこっちの世界に疎いですから、理解者が傍にいてくれるとこちらとしても助かるんです。受けてはもらえませんか?」
「ね? ソラト。受けてくれる? このままだと世界を見て周れないよ?」
昨日までの僕だったらきっと予定外の出来事が負担にしかならなかった。
アリスの言う通り、このままだと『スペクリム』に行くことが出来なくなる。
僕の答えは決まっていた。
「分かりました。僕で良ければ」
「やったぁ~ありがとうっ! ソラト」
「ありがとう鷹野君」
「そしたら、今回の件についてレポートの作成をお願いします。フォーマットは後で送っておきますね。それと――」
表情をがらりと変え、菊地さんはアリスをキッと睨みつける。
菊地さんに凄まれガタガタとアリスは怯え始める。
「アリスさんについては、明日の朝8時半までに今回の件の報告書を書いていただきます」
「えっ! 今もう夜の9時ですよっ! せめて明日の12時までにしてもらえませんか?」
「ダメです」
「ふぇー!」
アリスの悲痛な叫びが上がる中、僕の新しい生活が始まる。
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