第二章 パッショナートな少女と歩く清夏の祭り
第18話 嵐のような夏の昼下がり
晴れ渡った炎天の空、大気を引き裂く飛行機の轟音の雨が降る7月の昼下がり――
「今までありがとうございました」
「鷹野君はとても真面目で、よく働いてくれたのに残念だ」
「でも、やりたいことが出来たので」
「そうかい、青春だ。若いうちに何でも試してみるといい。応援しているよ」
僕はスペクリムから帰ってきた翌日、バイト先へ辞めることを伝え、話し合いの末7月末をもって辞めることになった。
今日は最後のバイトの日。お世話になった店長へ頭を下げ、僕は店に後にする。
「おかえりっ! お疲れ様っ!」
店内の扉の前でバイトの終わるのを待っていてくれていた金髪の少女、アリスはいつもの屈託のない笑顔を見せる。
「ありがとう。これからはファイユさんの手伝いに専念するよ。悪かったね」
「ううん、それじゃあ、打ち合わせしよっか」
今日は奇遇にもファイユさんの会社設立日で、しかも新しく発見された遺跡の観光案内で忙しい。
設立して早々、繁盛してとても順調なのだけれど、今後の事を考えると心もとない。
なのでファイユさんからの指示で、今のうちにアリスと一緒に僕は次の企画を練ることになった。
流石にバイト先だったファミレスを使うのは忍びないので、喫茶店で話し合う事になったのはいいんだけど――
「どこにしよっか? 目移りしちゃうっ! 夏だからやっぱり、北方にある町アニアの『オーロラが導く氷鏡の道』が良いかな。それとも翠玉のウェルノダ海に浮かぶ常夏のラツェン諸島がいいかな」
他社から拝借してきたという観光パンフレットを揚々と眺めるアリスと対照的に、僕はスマホを翳しながら見なければならず、冷房の効いた喫茶店と屋外ぐらいの温度差がある。
なぜならパンフレットは『スペクリム』の標準語であるノール語で書かれていて、僕は某宇宙センターの職員、絢さんから貰った自動翻訳アプリを使わなければならなかったからだ。
幸いアプリはスマホを翳すだけで、現地語の上に日本語訳が表示されるようになっている。でも日本語には翻訳できない言葉もあるので完璧じゃないけど。
「ナノマシンで文字を読めるようになればいいのに……」
「それは無理だよ。前にも言ったけど、日本の国語辞典のデータを脳の海馬に焼きこむこようななもんだよ? そんなことしたらどんな障害が出るか分からないもん」
「だよね」
以前からそのことは聞いていた。アリスの話だと中枢言語と外的言語とがあって、音声言語はただの記号なので脳の領域を殆ど使わないのだとか。
速い話ナノマシンを注入されたのは、聞くだけで英語が話せるようになる教材の超高速版のようなものなのだそうだ。
しばらく眺めていた僕は観光雑誌のあるページに目が留まる。
「白い砂漠と情熱の太陽の町……何て読むんだ? これ?」
「ああ、ヴィスルだね。あそこ白い砂漠の中に白い建物が並んでいて、日が傾くと赤く染まる綺麗な町だよ。私も一度いったことがあるけど、暑くて長居が出来なかったなぁ~」
アリスは地球に来るまで各地を放浪していたらしい。
大切な人を亡くしたことでとは聞いていたけど、少しだけアリスの大切だった人というのが僕は気になった。だけど口にするの
「ねぇ? もしかしてこの子、ソラトの友達?」
「えっ?」
急にアリスが外を指したので、嫌な予感をしながらも視線を動かす。
「愛花っ!」
喫茶店の窓硝子に幼馴染の愛花が張り付いていた。普段は下げてある髪を今日はツインテールにしていて、額には青筋を浮かべて僕を睨みつけている。
それにしても何で怒っているんだ?
というか何でここにいる?
今の時間帯は部活じゃないのか?
今にも乗り込んできそうだったので僕は散乱したパンフレットをさっさと片付ける。
案の定、不機嫌な顔つきまま愛花は店内に乗り込んできて僕らの前に立ち塞がる。
「何やってんのよっ! こんなところでっ! 聞いたよソラトっ! バイト辞めたんだってっ!?」
「速っ! ついさっきの事だよそれっ!?」
「さっきフリーチェに行ったら店長が教えてくれたのっ!」
フリーチェというのはさっきまで僕のバイト先だったファミレスの事だ。
「宙人がやりたい事があるから辞めたって聞いて何かと思ったら女子と遊ぶことっ!? いやらしいっ!」
とんでもない誤解をしている。勘弁してほしい。愛花は相変わらずこういう早とちりするところがある。
省吾も大変だろうなぁ……
「誤解だよ。僕は旅行会社でバイトすることになったから、今やっているのは資料整理。彼女は隣のクラスの鏡宮アリスさん。一応僕の先輩」
「よろしくねっ!」
「あ……そうだったのっ!? あはは、ごめんねぇ~」
ばつの悪そうに笑ってごまかすのはいつもの事だ。
「ところで何で愛花がこんなところにいるんだよ? 部活は?」
「今日は半日だから」
「半日?」
半日だって? 1日休めば、取り戻すのに3日かかる――なんて言われているのに、そんなことで大丈夫なのか?
僕の心配とは裏腹に愛花から返ってきた言葉は意外なものだった。
「宙人のことがあったから、しっかり休息を入れるようにして、質の高い練習をするように心がけているの」
愛花はどこかやるせなさそうな顔をしている。
つい最近まで自分の事で精一杯だった自分が、この時愛花の心配をしていることに気付く。
言葉に言い表せないとても不思議な感じだ。
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