第3話 止まらない下種の勘繰り

「……」


 ――え?


 僕は息を呑んだ。

 省吾の真剣な眼差しと、彼の口から語られた言葉を引き金に、僕の心臓が激しく脈を打つ。


 全身から鳥肌が立つように脂汗が噴き出て、膝が震え始める。

 僕は必死に膝を押さえて、彼らに悟られないように抑え込む。


「……なんでそんなこと聞くんだ?」


 声を振り絞って出た言葉に棘があるのが自分でも分かった。

 何で省吾がそんなの事を言うのか全く分からない。

 投げられない僕に今更何が出来るって言うんだ。


宙人そらとの肘がもう野球を出来ない事は知っている。でもマネージャーだったら……ねぇ宙人そらと、私と一緒にマネージャーをやろうよっ! 宙人そらとは頭もいいし、作戦を立てる事だって出来るじゃん」


 愛花が身を乗り出して、必死に僕に迫ってきた。

 何で愛花がそこまで必死なのかよく分からない。どうしてそこまでして僕に野球をやらせたいのか。


 ああ、そういう事なのか――


 自分のせいで甲子園に行けなくなった責任を取って、マネージャーをやれと言っているんだ。そうとしか考えられない。


 嫌だ――


 僕の心に嫌だという感情が溢れ出てくる。

 恐怖から足の震えは激しさを増し、全身に広がっていく。

 僕は震える身体を抱えるように抑える。


「なぁ、宙人そらと、鎌田が言った言葉を気にしているのか?」

「鎌田君だって、悪気があって言ったわけじゃないんだよ? あの時のこと、今も後悔している」


 鎌田君というのは、去年の決勝戦で、「何で言ってくれなかったんだ。怪我しているって言ってくれれば――」と言う言葉を僕に投げかけたチームメイトだ。


「それ、鎌田君、が、そういったの?」


 悪気があって? 後悔している? 本人が言ったの? 愛花の思い過ごしなのではないか? 今でも僕の事を恨んでいるかもしれない。

 二人の言葉だけで、その可能性がゼロなんて断定できない。


「そんなの言っていなくたって態度を見ていれば分かる」


 やっぱり――省吾は確認をしていない。


「ほんとうに、そうなの? 直接聞いたわけでもないのにどうして、そんなことが分かるんだ?」


 省吾の顔は明らかに苛ついている。


「どうしたんだ? 宙人そらと? 昔はそんなこと言うような奴じゃないか?」

宙人そらと。酷い汗……もしかして具合悪いんじゃ……」


 僕は激しい動機のあまり気持ち悪くなって、荷物を持って席を立つ。


「ゴメン、気分が悪いから、帰る。話はまた今度」


 僕は二人から逃げ出すように、ファミレスを後にした。


宙人そらとっ! 待っているからなっ!」


「とりあえず考えてみてっ!」


 逃げる僕に、店先で二人から追い打ちをかける言葉が浴びせられる。

 考えてみてという、無理矢理時間を与える言葉、その代わり良い返事を要求する。

 僕はもう、何もかも耐えられそうになかった。



 帰宅しても誰もいない。言語学者の母は鹿児島の大学に勤め単身赴任だ。姉は自衛官で本土にいる。父親は天文学者、母とは離婚して今はどこにいるか分からない。


 酷く疲れて僕は直にベッドに倒れ込んだ。

 自分の部屋は一番落ち着く。何物にも邪魔されない。


 今更、何だというのか、そうまでして責任を負わなければならない事なのか――違う。

 責任を負わなければならないのは当然の事、だけど僕には……どうしても出来ない。


 しようと思っても、身体が震えてえられなくなる。

 突然手に握りしめたスマホが震えだした。


 僕の心臓は跳ね上がり、思わず胸を押さえたくなるほどの動機に襲われる。

 震える指でメッセージを開くと、愛花からだった。


――いつまでも、待っているからね――


 スマホに映るのは決して僕を逃がさないという愛花の意志の表れだった。

 僕は裏切られた気持ちで一杯になる。なんだかんだ言って気遣ってくれていた愛花なら分かってくれる――


 違う――


 何も分かっていなかった僕の方だった。人の心理が読み取れない自分が馬鹿だっただけだ。

 よくよく考えれば愛花の行動は、幼馴染を気遣える自分って格好いいとか自尊心から来ていたものかもしれない。


 無意識であれば、本人が意図せずやっていた事だってあり得る。

 それすら気付かなかったなんて、恥ずかしい。


 消えてしまいたい……

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