第4話 色褪せた宙の終わり
翌日、一睡も出来なかった僕は、右手にホームセンターで買った白いロープを持って、旧種子島空港跡に忍び込んだ。
滑走路に寝そべって、空に映る遥か遠くの惑星スペクリムを眺める。
もしあの星が現れなければ、去年の夏、甲子園へ行けたのかもしれない。
もちろんそれは責任転嫁で現実逃避、何とも下らない。
スペクリムが現れたことと、僕の肘が砕けたことに何の因果関係も無い。
もう、こんな世界には居たくない。家には誰もおらず、学校にもバイト先にも居場所が無い。
一体僕はどうあるべきだったんだろうか――
一体僕はどうすべきだったんだろうか――
一体僕はどうしたかったんだろうか――
頭の中でそんな言葉ばかり渦巻く。
僕はロープを持って、倉庫へと向かう。
ネットで見て、僕は自殺で一番安楽で確実なのは首吊りだという事を知った。
僕は倉庫のシャッターを上げ、中へ忍び込んだ僕は、鉄骨にロープを掛けて準備を始める。
以前から絞首刑とかで使われる結び方、ハングマンズノットは適当な紐で練習していたから簡単に出来た。
適当な木箱を積み上げて、一歩ずつ階段を僕は登っていく。
僕はロープを首に掛けた。頸動脈洞が確実に締まるようにしないと、苦しむことになると――
「え――」
木箱が抜け、身体が傾く。
圧迫箇所がずれて、ロープが締まる。
苦しい――
足を振って身体を捩じり、藻掻いて動かしてもロープは外れない。
ロープを持って精一杯、自分の身体を持ち上げることも出来ない。
こんなに苦しいだなんて――
駄目だ――もう――
意識が途切れる瞬間、倉庫のシャッターが上がって、誰かの姿が見えたような気がした。
柔らかい潮風が鼻先を掠める感触に驚いた僕は、跳ねるように身を起こした。
「生きている……」
心臓の鼓動を感じて、自分が生きていることに実感する。
驚いたのは、生きていた事じゃない。消えてしまいたいと願い、自殺まで犯した自分が生きていた事に安堵している事実の方だ。
僕は生きながらえてしまったことに唇を噛み、絶望する。
ガチャリとして部屋の扉が開かれ、現れた金色の髪の少女と僕は目が合う。
最初こそ目を丸くしていた少女は、胸を撫でおろして、ほっとしたような顔を見せた。
「気が付いた? 良かったぁ~」
本当に緩みきった笑顔だ。いくら心配していたとはいえ、初めて会った人間に、そこまでの安堵の表情をする人を僕は初めて見た。
「君は?」
「あれ? 覚えてない? 海岸で一度会ったよね?」
まるで覚えがない。けど女の子の着ているのは、うちの学校の制服だ。
女の子の柔和で透明感のある声には何となく覚えがある。つい最近だったような気がする。
そうだ。思い出した――
「
「あれ? 名前言ったかな? あっ! そうかっ! もしかして同じ学校の?」
僕は頷く。
多分、偶然僕の自殺現場に居合わせてしまった鏡宮さんは助けて、介抱したことは容易に想像できた。
「私も有名になりましなぁ~空港跡の写真を撮りに行ったんだけど、
鏡宮さんは愉快に笑う姿が妙に癇に障る。自殺現場を目撃しておきながら、どうして笑っていられるんだ。
一体何なんだ。この女の子は、一体何が可笑しいんだ。
「何で助けたんだ」
僕は首筋を触る。食い込んだロープの痕の感触が、指に伝わるにつれて苦悩が蘇ってくる。
こみ上げてくる苛立ちに突き動かされ、僕は鏡宮さんを睨みつける。
何を言われたか分からないと言ったような、鏡宮さんのきょとんとした顔は、僕の神経を更に逆撫でする。
「僕は死にたかったんだっ! なのに、何で助けたんだっ! なんで……」
思いの丈をぶちまけている内に、喉が焼け、眼の奥に火が付く。
最期まで言葉を言いきる事が出来ず、僕は膝に顔を埋めた。
涙でシーツを濡らす僕に、鏡宮さんは近寄ってきてベッドへ腰を下ろす。
「だって、
鏡宮さんの言葉は、僕は死に際の記憶を鮮明に思い出した。
確かにあの時木箱が抜け、圧迫箇所がずれてしまい、
鏡宮さんの声は少し寂しそうで、どこか儚げな感じがした。
「苦しんだり、足掻いたり、藻掻いたりするっていう事はね。それだけ君が、君の身体が『生きたい』って思っているからだよ。悩んだり、泣いたり、悲しんだりするっていう事はね。それだけ君が生きることを真剣に考え、懸命に生きている証拠なんだよ」
ゆったりと立ち上がった鏡宮さんは窓台に手を掛け、海を眺め始める。
「矛盾しているよね。生きたいって強く思っているほど、その苦しみのあまり自殺してしまうんだ……人間って」
鏡宮さんの視線の先には、僕が子供の頃から見慣れた種子島の海と雑木林が見える。
違うのは夏の青い空に半透明の惑星スペクリムの姿が溶け込んでいることだ。
「だけど、死にたくなるぐらい強く生きたいって思えるのは、とても凄いことなんだよ。誰にでも真似できることじゃない。生き方を真剣に考える君はとても素晴らしい人だよ」
潮風に
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