第14話 幾星霜の想いと秘められし昔物語
「あっ! 見てっ! ソラトっ! あれがベアトリッテ遺跡だよっ!」
アリスの指し示す山の中腹付近に、向かい合う三体の像が見えた。
空へ突き抜けるように聳え立つ彫像は、遊歩道を進むにつれて、その存在感を露にする。
幾千年、雨や風、そして太陽に照らされ続けていた彫像は、色褪せてはいたものの、それらが纏う厳かな雰囲気は、当時のものを失っていないような印象さえ受ける。
「はいっ! 到着っ!」
「あらあら、うふふ、アリスちゃんったら」
遊歩道の終点に広がる遺跡の全貌は、穏やかな風の揺らぐ滑らかな崖の上にあった。
どこまでも晴れ渡る青空と、深い青の延々と続く山並みが広がる。
雄大な自然に包まれるように、三体の彫像は幾何学模様の円盤の上で佇んでいる。
「ソラト君。この賢女像はアリスちゃん達、町のみんなで護り伝えているの、毎年みんなで草むしりをしたり、町の職人さんの手で修復したりしてね」
「そう思うと、みんなどんな思いで護っていたんでしょうか?」
「それは町の人達の人柄に出ているんじゃないかしら? アリスちゃん、ちょっとこっちに来てみて」
「えっ? はい……」
僕が感じた厳かな雰囲気は、人の想いの積み重ねだったのかもしれない。歴史とは本来そういう物なのかもしれない。
今まで出来事をなぞるだけの受験のための歴史しか学んでこなかった僕は、そんな見方もあるのだと感激した。
本来、歴史年表には、当時の人の人生で何を感じ、何を想い、後世に何を伝えたかったのかという一人一人の物語が隠されている。
だけどそういった想いは、一度たりとも学んだことは無かった。日本の教育では不要として排除されているのだという事を僕は痛感した。
「えっ! フェイさんっ! これもしかしてっ!」
「ええ、多分。アリスちゃんが思っている通りのものだと思うわ」
突然、一体の彫像の傍からアリスの歓喜の声が上がる。
来る途中に言っていたファイユさんが見つけたものの正体を僕も知りたくなって、二人の元へと駆け寄った。
「どうして今まで気が付かなかったんだろう。これが
巨像の足元にある台座の裏に、僕には全く読めなかったが、どうも楽譜が掛かれていているらしい。
「もしかしてファイユさん。アリスに楽器を持ってくるように言ったのはもしかして……」
「ええ、実はそうなの。他のお二方の台座にも書かれているの、もしかしたらこれを繋ぎ合わせると何かの曲になるんじゃないかって、それに台座の所々に水晶が埋め込まれているでしょう?」
ファイユさんの言う通り台座には水晶の板が埋め込まれていて、下に敷かれた幾何学模様の溝へと繋がっているように見える。
「この円盤の中心でこの曲を弾くと何かが起きるとか?」
「実はそれを試して見ようかと思っているの」
ようやくファイユさんの魂胆が分かった。
ファイユさんは三賢女の彫像の前でアリスの
何でだろう。胸が熱くなってくる。
期待に胸を膨らませるなんて、ここ一年全然なかったのに――
「よし、覚えた。じゃあ……ちょっと弾いてみよっかなっ!」
ものの数分で譜面を暗記するという芸当を見せたアリスは、持ってきていた木箱を開ける。
アリスが教えてくれた通り、木箱の中から出てきたのは地球のヴァイオリンとそっくりな楽器フィヴォーア。
ただ一つだけ違うのは茶色ではなく、弓を始め全てが白く輝いていた。
アリスの白いフィヴォーアの弦には、森で行き会った
弓の毛には
仕上げに森に自生する白い松の松脂から作ったワニスを塗ることで白く染め上げるそうだ。
森の恵みを凝縮したようなその白いフィヴォーアは言い換えれば森のヴァイオリンともいえる。
「それじゃあ、不肖アリス=ソノルが、三賢女が残した曲を弾かせていただきます。即興だからあんまり期待しないでね」
僕の膝に腰を下ろしたファイユさんと一緒にアリスへ拍手を送る。
厳かな雰囲気の下、アリスはスカートの軽く持ち上げて会釈をすると、徐にフィヴォーアを顎に添える。
白く華奢な指先で滑らかに白い弓を弾くアリスの姿に、僕は心を奪われた。
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