第32話 再会の場所は炎揺らめく窪溜
幾何学模様が刻まれた石畳の上に僕等は腰を下ろして、大人しく救助を待つことにした。
ふと見上げると、岩壁に囲まれた
そのあまりの壮観な景色に僕は感嘆の溜息が漏れる。
「さて、辿りついちゃったのは良いけど、ここで救助を待ちましょうか。位置情報は送ってあるから、もうすぐ来ると思うわ」
「そうですね。ここなら開けているし、救助隊の人も見つけやすいと思います。あっ! あれ見てください。飛び石がありますよ」
僕は水面の一か所に飛び石があるのを見つけ、目で追っていくと、崖の上に繋がる石で出来た階段を見つける。
「あの回廊はやっぱりここに繋がっていたのかもしれません」
「そうだったのね。それにしてもこの遺跡は何なのかしら? ニュースでは水晶碑が見つかったって言ったけど、ここには無いのね」
「ああ、それは彫像の裏にある楽譜を弾かないと出てこないんですよ」
「楽譜?」
「えっと確かにこっちにあったと思います」
僕は彫像の裏側へリシェーラさん案内する。ベアトリッテ遺跡と同じく譜面の刻まれた石板がそこにあった。
だけど僕はスペクリムの文字はまだ全然読めない。元々音楽に対して興味も無かったので、まして譜面なんて読めない。
「ほら、ここに……でも僕は音楽がからっきしなので、何が書いてあるのか全然分からないんですけどね」
「あら、そうなの? 結構何でも卒なく
「へぇ~、「にも」っていう事は、リシェーラさんにも苦手なものがあるんだ?」
「そ、それは私にだって苦手なものの一つや二つあるわよ」
洞窟の一件で少し距離が縮まった所為もあって、僕は少し魔が差してしまった。少しだけ揶揄ったらリシェーラさんは少し拗ねてしまった。
「それよりも今は楽譜でしょう? 仕方がないわ。音楽の苦手なソラトの代わりにリシェーラお姉さんが譜面を読んであげるわよ。えっと――」
いつの間にか攻守逆転して、
「これはエアデフェの譜面ね。なんていえば良いのかしら? こう木とか鉄の筒や椀に動物の皮や繊維の膜を張った楽器で、叩くと音が鳴るの。ソラト達の世界では何て言うのかしら? そもそもあるのかしら?」
「筒や椀に膜……
「そう、そっちではタイコっていうの。つまりそのタイコが無いと水晶碑は出てこないという訳ね」
「そういう事だね。それにただ上手いだけじゃ駄目みたいだし、楽器も無い状態じゃあ、どうにもしようもいね」
「そうね……」
譜面を見るリシェ―ラさんは口角が下がり物悲しい顔をしていた。何か思うところがありそうな様子。
「もしかして、リシェーラさん。弾けるの?」
「……弾けないわ」
返事までの一瞬の間。やっぱりリシェーラさんには何か思うところがあるようだった。でもあまり踏み込んではいけないような気がする。
いくら距離が縮まったとは言っても、心の傷にまでズカズカと入り込むほど僕は無神経じゃない。何せ自分がそうだったから。
「ん? なんだろう?」
不意に水の
どこかで聞き覚えがあった気がしたので、僕は声の主を探し周囲を見渡す。
「どうしたの? ソラト」
「いや、何か、声が聞こえたような気がして」
「声?」
「おーいっ!」
やっぱり誰かの声かと思ったら、アリスの声だった。
さっき僕が眺めていた飛び石の先の崖の上からアリスは手を振っていた。後ろには愛花の姿も見える。
アリスは相も変わらず元気そう。アイカの方はというと疲れ果ててぐったりしているけど、命に別状は無いようだ。
「良かった。あの子達も無事だったのね」
「そうですね。本当に良かった。無事で」
僕も手を振ってアリス達に無事を知らせる。それにしても本当に良かった。
「おーいっ! ちゅーちゃーんっ!」
「なっ!」
アリスの口から出た言葉に、僕の思考が一瞬止まった。それは――
「ちゅーちゃん?」
「いや……その……」
ちゅーちゃん。それは幼馴染の愛花と省吾から言われていた小学校の頃のあだ名だ。
なんでそのあだ名が生まれたかというと、僕の名前の『
それをアリスが知る訳もないはずで、多分ソースは愛花以外考えられない。
何せ『ちゅーちゃん』というあだ名を最初に言い出したのは愛花なのだから。
くそっ! 愛花の奴。アリスに教えたな。
「ちゅーちゃんっ! リシェーラさんっ! 無事だったんだっ! 良かったぁ~」
崖を駆けあがってくるや間髪入れずアリスは僕の手を掴んでぶんぶんと振る。
再会の喜びを全身使って表現するアリスの表現の豊かさには感心する。けど恥ずかしい。
「あ、アリス達も無事でよかったよ。それより――」
「宙人たちが急にいなくなるんだもん……びっくりしたよ。私達……すんごく探したんだからね」
あだ名の件を聞こうとした途端、愛花が息を切らせつつ詰め寄ってきた。
心配したのはこっちだって同じって言いそうになったけど、もう気力も体力もあまりないので、今日のところは再会を喜び、僕は安堵することにした。
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