第29話 砂漠の薔薇の震える声風
脇道に逸れたのではないかと探してみたものの、一向に二人の姿は見当たらない。
「やっぱり事故に会ったんじゃ……」
「だとしたら何かが崩れるような大きい音が聞こえている筈です。だから大丈夫です」
不安に駆られ、そわそわして落ち着かないリシェーラさんを宥めながら、僕は彼女が出してくれた衛星写真を見る。
スペクリムの世界にも地図アプリはあるようだ。地球より科学技術が進んでいることを考えれば当然か。
アリスが持っていたものと同じ極薄のスペクリムのスマホを操作する。操作方法は地球のものと同じようで、感覚的に指をなぞることで操作出来た。
もちろん、文字はほとんど分からなかったけど、一先ず僕達の現在位置を掴むことが出来た。
「結構入り組んでいますね。とりあえず
「そうね」
僕はリシェーラさんの携帯端末に目を落としながら、更に捜索を続ける。
どこもかしこも紅蓮の色の地層が続き、同じような場所が現れるので、方向感覚を失いそうになる。
「ソラトっ! 待ってっ! 動かないでっ! そこは
「えっ!」
リシェーラさんから不意に声を掛けられ、僕は振り向いた。
視界が斜めに傾く。二の句を告ぐ間も無いまま、僕は突然崩れ落ちた地面に飲まれていく。
「ソラトっ!」
「リシェーラさんっ!」
リシェーラさんから延ばされた手を掴む――が、彼女の地面も崩れ、僕と一緒に暗闇へと引きずり込まれた。
「ぶはぁっ!」
落ちた先が地下水脈だったことで、僕等が運よく助かった。
リシェーラさんの身体を抱えて近くの岸まで泳ぐ。気管に水が入り噎せているものの、意識はしっかりしている。
「リシェーラさん、大丈夫?」
「え、ええ……それよりここは一体」
やっとの思いで岸まで辿り着き、見上げると青く輝く地下水脈が広がっていた。
凪の様に穏やかな水面、僕らの落ちてきた穴からは、光が差し込み水底を照らす。
幾つもの石柱に支えられた洞窟は、煌く水面からの光で、淡い青で彩られていた。
ここの水は崖の下を流れる川がどこからか流れ込んで出来たのかもしれない。
結局二重遭難になってしまったが、リシェーラさんの端末は落とさずに済むことができたのは不幸中の幸い。
防水使用なのだろう。触ってみるが問題なく動く。これで助けが呼べる。
リシェーラさんの顔が少し赤いように見える。水に濡れた服が妙に艶かしく。僕は思わず目を反らした。
「と、とりあえず服を乾かした方が良いです。あと救助の連絡も、僕は向こうの岩陰にいくから。それとも僕が連絡した方が良いですか?」
「え、あ、うん。大丈夫。私がする」
まだ気が動転しているのだろう。携帯端末を受け取るリシェーラさんの
僕は岩陰に身を寄せ、脱いだ上着の水を絞る。
さて、これからどうしたものか。
救助が来るまでの間、どうやって持たせるか。長期戦も覚悟した方が良いだろう。幸い水はある。問題は食料と体温だ。
火を起こせそうなものを探してみるが、ある筈も無い。
それにしても不思議な洞窟だった。
多分、僕達が落ちてきた穴から差し込む光が散乱して青一色に染めているのだろう。
「ねぇ、ソラト」
「はい。なんですか?」
「救助要請はしたから、こっち来ない? 火を起こしたわ」
「は? えっ!」
火を起こしたって? この状況でどうやって? それよりもこっちに来いって?
「恥ずかしがらなくても平気よ。服は着ているわ」
「あ……はい」
どうか誰でもいいから一瞬でも生唾を飲んでしまった僕を責めて欲しい。
助かるまでは冷静で理性的にならなければならない状況で、煩悩に支配されてしまうとは自分が情けない。
それでも僕は僅かながらの期待を胸に――じゃなくて、火を起こしたという僅かな疑念を胸に、リシェーラさんの元へと恐る恐る近寄っていく。
残念――じゃなくて、幸い服を着ていて、でもなくてっ! 確かに火が起こされていた。
「さっきはすいません。自分の不注意で」
「いいのよ。さっき助けてくれたでしょ? 二人を見つけるために必死だったのでしょう? 誰にでもそういう事はあるわ。それに不安な私を励まそうとしてくれていたのでしょう? だからお互い様」
自分の不注意で足場の悪いところに踏み込んでしまったのに、責めることなくリシェーラさんは許してくれた。
「ほら、こっち来て、暖かいよ。服も貸して、乾かしてあげるわ」
ただ、何もない岩肌に火だけがあるという。可笑しな現象。一体どういう
リシェーラさんは僕の上着を乾かしてくれる。それにしても不思議な火だ。燃料も無いのにずっと燃えている。
「リシェーラさんはこの火はどうやって?」
「ああ、これは私の
リシェーラさんはそう言うと、彼女の袖から小さい赤い蜥蜴が顔をのぞかせた。瞼をぱちくりと、舌をひょろひょろと出し入れする仕草に愛嬌がある。
「この子はエルタ。色々な可燃物なんかを生合成してくれる。私のパートナーよ」
エルタという赤い蜥蜴はリシェーラさんの肩に乗ったまま、離れようとしないところか、寛いでいる様子を見る限りとても懐いているようにだった。
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