第20話 果ての無い白のひろがり

 ギュゲースゲート。重厚な造りのリング状の装置。僕らの身体を構成する通常物質を同様のふるまいをする暗黒物質へと変換する装置であり、同時に異星スペクリムへの転移装置である。


 名前の由来はトールキンの著作、ホビットの冒険に登場する一つの指輪のモデルになった透明化できる伝説の指輪、ギュゲースの指輪から来ているんだとか。


 予てからの話通り、愛花を連れて僕らは砂漠の都市に行くことになった。今日はその当日――


「大丈夫? 愛花? その変顔いつまで続けるつもり?」

「変顔言うな」


 スペクリムに関して絢さんから説明を受けた日から愛花は、所謂いわゆる苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「だって、要はエイリアンっていう事でしょ? 顔小っちゃくて、指細くて、足も長いあのアリスさんが……普通エイリアンって言ったら映画だと、ほら……」


 多分、愛花が想像しているのは、酸性の体液を吐いたり、透明化する狩猟戦士やプラズマの光刃と超能力で敵をバッタバッタとなぎ倒すような存在だろう。

 日本はSFを恋愛やロマンスにしがちだけど、米国はアクションやスリラーにしがち、愛花のはその悪い影響に違いない。


 まぁ、僕はどっちも好きだけど――


「分からなくはないけど、もうそれは偏見と思った方が良いんじゃないかな? 地球人にコンタクトできる程に進んだ存在が、野蛮な種族である可能性の方が低いんじゃないのかなって僕は思う」

「それはそうかもしれないけど……」


 僕だったら他の異星人にコンタクトしようと思ったら、その人たちがどういう人達か調べてからコンタクトするだろう。人類が探査衛星を下ろすように。

 スペクリムの人達も、スパイロボットを送り込んで観察していたらしい。

 僕から見ても地球人は野蛮に見えるのに、スペクリムの人達もよくコンタクトしようと思ったもんだと、正直感心している。


「ひっどいなぁ~私達はそんなんじゃないよ?」


 ギュゲースゲートを操作しながら小耳を挟んでいたアリスが抗議をしてきた。


「偉そうなことをいっても、私達も同じようなこと思っていたから人の事言えないんだけどね。よしこれで完了っと」


 アリスが操作を終えてギュゲースゲートの中へと入っていくのを見て、僕も後を付いて行った。


「なるほどね。それよりもアリス。その恰好は?」

「これから行くところ砂漠だよ? 砂と日よけ用の衣装、地球にも同じような物があったと思うんだけど? 二人の分も用意したよ」


 アリスは日よけ用と思われる白いフードで全身包んでいた。確かに地球の中東にも同じようなものがある。

 僕は愛花をギュゲースゲートの中心へと招き入れる。

 いつもの要領でアリスのペンダントに手を添えた。 愛花も僕に倣って手を重ねる。


「スペクリムの行く場所は選べて、地球の方は選べないなんて変な感じ」

「そうでもないよ。ある程度開けた場所じゃないと降りられないし、地球の場合は地球の技術水準で創ってあるからこれが限界かな」

「ふ~ん」


 何だろう? 愛花のアリスへの態度や言葉が妙にとげとげしい感じがする。


「じゃあ、二人とも飛ぶよ」


 時間が解決してくれるだろう。二人とも良い人間なんだし――



 降り立った場所は見渡す限りの『白』だった。


 白い砂丘。白い崩れかけの砂岩。真っ白の風景が永遠と続く。


 聞こえてくるのは白い大地を駆け抜ける風の音だけ――


 いくら白くても雪原と見間違うことは無い。なぜなら灼熱の太陽の日差しが容赦なく照り付けているからだ。


 それは僕らの存在、否、生きとし生けるもの拒むかのような大地が目の前に広がっている。まるで――


「まるで、太陽がこの真っ白な世界の守護者みたいだよね」

「なんかそれ、こそばゆい」

「ふぇ~なんで~」


 同じ感想を抱いておきながら、僕はなんて悪い奴なんだろう。


「これが、異世界……」


 愛花も白い世界の光景に瞳を奪われている。

 白い世界の虜になってしまった愛花に、アリスがそっと白いフードを掛けた。


「そう、ここが私達が住む世界、愛花ちゃん達が言う異星スペクリムだよ」


 アリスは最初に僕がスペクリムに来た時と同じように、空へと指を差す。

 玻璃のような青空の中に、半透明の地球が映っている。


「これがソラトの見ている世界なんだね……」


 愛花から感嘆の声が漏れる。


「そうだよ。これが僕の今、夢中になっている世界だ」


 僕は瞳を閉じ五感を全開にして、世界を感じ取る。


 大地の剥き出しになった白き砂漠はいわば自然と裸になって対話できる場所とも言える。


 微かな風の音に混じって、地を這う虫の音が聞こえる。


 白き砂漠は過酷な環境の中でも、生命が宿り、直向きに生きようとする生命の姿を、僕に垣間見せてくれる。


 ふと目を開けて横を見ると、アリスもまた僕と同じことをしていた。


「さてと、じゃあソラト行こ? 愛花ちゃんもっ! 愛花ちゃんに見て欲しい世界はここだけじゃないんだっ!」

「ちょっ! アリスさんっ!」


 白く冴えた日差しの中でもアリスは意気揚々と愛花の手を引いていく。

 アリスの底抜けの明るさは、まさに照りしきる太陽の様だ。


 彼女達の姿は、僕には実に微笑ましく見える。今の様子なら仲良くなるのも時間の問題だろう。


 思ったより心配いらないかもしれない。

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