第7話 鏡の向こうの一望千里

「ほら、ソラト見て、あれが地球だよ」


 鏡宮さんは頭上を見上げて空を差す。その先には青い星があった。

 半透明に映る大陸の形は、地球にあるアメリカ大陸やユーラシア大陸そのものだった。目を凝らしてみると確かに日本列島が見える。


「ここはね。ソラト達、地球人がいう暗黒物質ダークマターの世界。まぁ、私達から言わせてもらえば、ソラト達の方が暗黒物質ダークマターなんだけどね。説明がややこしくなるから百歩譲って暗黒物質ダークマターって言葉を使うけど――」


 暗黒物質ダークマターとは銀河と銀河を繋ぐフィラメントのようなものであり、銀河系内に広く存在し、銀河を構成する重要な物質だ。


 その暗黒物質ダークマターがとりわけ多いのが、銀河ハローと呼ばれ銀河全体を包み込むような球状の空間で、それとは別に銀河に重なるようにして薄い円盤を構成しているという。


 だけど正体は未だ解明されておらず、分かっているのは質量があるが目には見えない物質という事だけで、故に暗黒物質ダークマターと呼ばれているのだと鏡宮さんは説明してくれた。


「さぁて、ここで問題でぇす! 目には見えなくて、けどそこにあって確実に触れられるものってなぁ~んだ?」

「はぁっ? えっ!? ちょっと待って」


 突然鏡宮さんに謎々を振られて、僕は凄く当惑した。


 触れるという事は物質という事を言いたいんだと思う。知的な説明しておきながら、実は透明人間なんて言うも思えない。


「大ヒントっ! それは窓にはまっています」

「あっ! 硝子かっ?」


「正解ですっ! 地球人は暗黒物質ダークマターって暗黒ダーク暗黒ダークって言っているけど、貴方達の言う光を感じ取れないだけで、光はそのまま突き抜ける。つまり表現としては「透明」と言うのが実は正しいんだ」


 暗黒物質ダークマターの世界には、暗黒物質ダークマターだけが感じ取れる光子があると言っていた。

 指を立てて得意気に話をする鏡宮さんはまた僕の手を掴んで、今度は草原を走り出す。


「こっち来てっ! 私の住む町があるんだっ! 案内してあげるっ!」

「ちょっ――」


 ちょっと強引だっだけど、鏡宮さんと一緒に走る草原の中は、まるで野に吹くそよ風になったような気分で、とても清々しい気持ちになっていく。


「ソラトっ! やっと笑ったねっ!」

「あっ……」


 振り返った鏡宮さんに言われて、僕は頬を押さえると、確かに緩んでいた。


「うんっ! そうしている方がかっこいいよっ! ほらっ! ソラトっ! 飛ぶよっ!」

「あっ! えっ! ちょ――」


 前方の草原が突然途切れる。

 歯をむき出しにして笑う鏡宮さんに手を引かれたまま僕は高く飛び、僕らは地肌が剥き出しになった平らな野道へと着地する。


 僕達が今まで走っていた草原は石畳の上だったらしく、身長の高さほどある段差を飛び降りていた。

 僕らが降り立った野道は、土であるにもかかわらず凹凸一つない、まるで舗装されたかのように不思議な道路だった。


 右手から一台の自動車、車輪が無く宙を浮いているけど多分、車に違いない。

 原理なんて一切分からないけど、車内には金髪髭面の、鏡宮さんと同じ長い耳をした恰幅のいい男性がいたので多分間違いない。


「あっ! オウラヴルさんだっ! いよっふぅー!」


 ん? いよふ?


 突然訳の分からない奇声を上げて、車内の男性に向かって鏡宮さんは大きく手を振り出した。

 驚いた時も変な奇声を上げていたような気もするけど何だろう?


 騒がしいエンジン音も、排気ガスも一切まき散らさず、静かに僕らの前に止まった。

 耳を澄まさないと感じ取れない静かさに、夜後ろに付かれでもしたらと思うと僕は少し怖くなる。


「やぁっ! アリスちゃんっ! 帰っていたのかいっ!」

「うんっ! オウラヴルさんは市場マフクトゥの帰り?」

「ああ。良かったら後ろ乗っていくかい?」


 オウラヴルさんという人は横幅だけでなく懐も大きい人のようで、気さくにも僕らを荷台へと誘った。

 車の荷台にはスイカぐらいのサイズはあるキウイのような実が大量に詰まれている。


「ありがとうっ! オウラヴルさんっ! やったぁっ! ソラトっ! 乗せて貰っちゃおうっ!」


 ぐいぐいとくる鏡宮さんの人柄に僕はさっきから当惑するばかりだ。

 僕は鏡宮さんの後を付いて、荷台に腰を下ろした――そこで僕はふとある事に気が付いた。


 あれ? ちょっと待って、なんで言葉が分かるんだろう?


 鏡宮さんは良いとしてオウラヴルさんの言葉まで分かるのは妙だ。


「ねぇ、鏡宮さん、オウラヴルさんの言葉が分かるんだけど?」

「あぁ、それはソラトが気を失っている間に極小ディヴ機械ヴィエーネを注入しておいたから?」

極小ディヴ機械ヴィエーネ?」

「地球の言葉で言うと、ナノマシンとか言ったかなぁ~」


 スイカのようなキウイ、通称スイカキウイをくるくると指先で鏡宮さんは回している。

 僕はナノマシンというものを注入された事により同時通訳を可能になったと鏡宮さんは言っているが、知識がない僕には全くついていけない。


「アリスちゃんっ! 一個上げるよっ!」

「えっ! ほんとっ! ありがとうっ! オウラヴルさんっ!」


 後ろを振り返るとバックミラー越しににっこりと微笑むオウラヴルさんの顔が見えた。

 多分、鏡宮さんがスイカキウイで遊んでいる姿が見えたんで気を回してくれたんだ。

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