第8話 緑滴る光彩陸離
「君、この辺の人じゃないね? どうだい? ここはのどかで良いところだろ?」
「えっ? あ、はい」
僕をどこから来たのかも、普通は気になりそうな事を一切聞くこともせず、オウラヴルさんは豪快に笑った。
「ねぇソラト。鏡宮さんじゃなくて、アリスでいいよ? 鏡宮って地球での偽名だから。因みに本名はアリスベル・ヴィーシン・ヨウン・フレイア・フージリガ=アイネ=ソノルって言うんだ」
「……ごめん、長すぎて、よく聞き取れなかった」
「あはは、そうだよね。普段はアリスベル=ソノルで済ませるから、気軽にアリスって呼んでね」
アクティブ過ぎるアリスに押されて僕は頷くしかなかった。
オウラヴルさんの車は揺れ一つなく滑らかに道路を進んでいく。
草原が終わりに差し掛かると景色は一変して、車は鬱蒼とする森の中へと進み始めた。
アリスと一緒に僕は悠然と進む荷台から見上げる。
「地球の木より大きいでしょ?」
「ああ、うん」
森の木々は、白樺のような幹で両手広げたぐらいの太さがあった。
更に杉林のように背が高く聳え立っていて、遥か彼方まで続いている。
鮮やかな翠緑の木の葉は青い空を覆い隠すように生い茂っていて、その僅かに漏れる木漏れ日が眩しかった。
清々しい朝を思わせる鳥の囀りと花の香りは、アリスには帰りを歓迎しているようだった。
「まるでソラトの訪れを歓迎しているみたいだね」
「え? あ、うん」
アリスがまさか自分と同じようなことを思っているなんて、正直驚いた。
「ほら、見てソラト。あれが私の故郷、エミンナだよっ!」
「うぁ……これは……」
葉漏れ日が太い雨の様に降っている道を抜けて現れた樹上の町の光景に僕は圧倒された。
遥か頭上の樹一本一本を中心として円形に家を建てられ、それぞれ家は橋を架けてられている。
橋の上では主婦と思われる女性達が世間話に花を咲かせ、生き生きとした人々の姿が垣間見えた。
彩鮮やかな食材の並ぶ市場は、活気に満ち溢れ大勢の人が行き交っている。
不意に聞こえてきた賑やかな声と温かい旋律に僕は視線を向ける。
躍動感溢れる音色を奏でていたのは、地元のクラシックバンドの音楽隊ようだ。
音楽隊の調べは賑わいに満ちた市場に溶け込んでいくように、耳だけじゃなく僕の肺や心臓にとても自然と響いてくる。
絶望から来るいつもの不快な動機とは全く違う胸の高鳴り。
今刻んでいる僕の胸の鼓動は、内側から活力が湧いて出てくるようで、心地良いものだった。
オウラヴルさんの車は市場の一本の大樹の根元へと入っていく。
大樹の根に抱擁された空間は意外にも温かく、木の温もり包まれるような気分だった。
「ようやく到着だ。アリスちゃん。お母さんに昨日頂いたエプフェルスルテ、美味しかったと伝えておいてくれ」
「了解デェスっ! ありがとう。オウラヴルさんっ! お礼に品出しを手伝うよっ!」
「自分も手伝いますっ!」
乗せて貰って、しかも女の子が手伝い買って出ているのに、男手の僕が何もしないという訳にもいかない。
「そうかいっ! 助かるよっ! ありがとうっ! じゃあ、二人ともっ! この
大樹の主根が自動ドアの様に開かれ、僕はその場所にアリスの動きに倣う様に積み込んでいく。
どうやら大樹の主根内部に備え付けられたエレベーターのようで、積み込み終わると一緒に乗せて貰った。
一体どういう構造になっているのか、大して学の無い僕にはとても理解できるものでなかった。
一つ分かったことは、アリスが住む世界は外観こそ幻想的に見えて、実は地球より遥かに科学技術が発達しているという事だ。
陳列まで手伝い、お礼にもう一個、スイカキウイを貰った僕らは樹上の町の中をのんびり景色を楽しみながら歩を進めた。
「たまにはこういうのもいいね?」
「そうだね 一体このスイカみたいなキウイのようなものは一体何?」
実際触ってみて分かる。見た目通りスイカの様にしっかりと中身が詰まっていて重い。
本当にキウイのような果皮で、色だけでなく産毛が生えている。
「あぁ、これ?
想像した色合いからして、申し訳ないけどあまり食欲をそそられるような感じがしない。
アリスと一緒に樹上の町の上から見える景色は、また一段と違って見える。
木と木の間には天に昇る真っ直ぐな光の柱がいくつも連なり、微かに舞う鱗粉が星屑の様に煌いている。
実家へと案内してくれる途中、僕はアリスの人柄の伺い知ることになった。
「お帰りっ! アリス。この耳飾り新作なの、お母さんのお土産にどうかしら? はい、そこの男の子にはサービスっ!」
「アリスちゃんっ! 今日は飴を買って行ってくれないのかい? おまけしておくよっ! そこの坊ちゃんは一つ持ってきなっ!」
「アリスお姉ちゃんっ! 遊んでっ! 遊んでっ!」
「ねぇねぇ? お兄ちゃんはアリスお姉ちゃんのお婿さん?」
「まったくもう、ませているんだから~みんな、ただいまっ!」
すれ違う人々が、声を掛け、何かのお祝いかと言わんばかりに好意の品を次々と手渡していく。
みんなからとても慕われるアリスの姿に僕はいつしかすっかり魅了されていたことに気が付いた。
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