第42話 追憶、断ち切られた膠漆の交わり
アリスの身体は強張り、真夏だというのに氷のように冷たくなっている。
どうか、届いてくれ――
アリスは僕に人を癒し、励まし、勇気づけ、慰めるのは常に人だという事を教えてくれた。だから今、僕が出来るのはアリスを抱きしめる事だけだ。
爛々と弾けた花火の光がアリスの艶めくブロンドの髪を紅に匂わせる。
「ちゅー……ちゃん?」
徐にアリスの唇が開かれ、僕の忌み名を口にする。
「アリス。大丈夫?」
アリスの顔が上がって、漸く僕を見てくれた。
涙に濡れたマリンブルーの瞳に光が乱舞する。
「ご、ごめん。私――」
絶え間なく空へ無数の短い炸裂音が、またアリスの耳を塞ぐ。
速射連発の仕掛け花火が終わって、しんと静まり返った空が戻ってくる。
「アリス、もう大丈夫。花火は終わった」
僕の言葉で再び、その長い耳を開いてくれたアリスは、
「ごめんね……ちゅーちゃん。わたし……」
「いいよ。ちょっと落ち着こう。ここじゃなくて、どこか公園のベンチで休もう。立てる?」
「……うん……」
僕は涙で声を枯らすアリスの肩を抱いて、近くのベンチに座らせた。
アリスへ僕は肩を貸し、彼女が落ち着きを取り戻すまで、待つことにした。
それからどれくらい経過しただろう。
コツコツという下駄と共に、帰り支度を済ませた人達が、段々と人だかりと作っていく様子が見えた。
食べ物も道端に捨ててしまった。恐らく帰ってこない事をみんなは心配しているだろう。
そして結局、みんなと一緒に花火を見る事も出来なくなってしまった。そのことは別にどうでも良かった。
今僕が心配なのはアリスの事だけ、それに何にせよもう後の祭りだ。
そんなつまらないことを考えていると、アリスはその未だ震える唇をゆっくりと開いてくれた。
「……ちゅーちゃん……ごめんね。私のせいで祭りが終わっちゃったね……」
「別にそんなことちっとも気にしていないよ。それよりもう大丈夫? もう少し休んだ方が良いんじゃないかな?」
「……ううん、大丈夫……」
首を横に振るアリス。
少し無理をしているように見えたけど、僕の心配は他所に、涙の痕を残しつつもアリスは語りだす。
「私ね。実は元々、軍人だったの……」
「は? えぇっ⁉」
僕は耳を疑った。俄かには信じられない。
あの穏やかなアリスが軍人?
けど、肩を落としているアリスの様子からして冗談を言っているようには見えなかった。
「ちゅーちゃん。『意外』って顔をしている」
アリスは後目で僕の顔を覗き込む。その口元はわずかに綻んでいるように見えた。
「うん、まぁね。アリスみたいな子が軍人だったというのはちょっと考えにくくて、もしよかったら聞かせて欲しい」
「……うん、そうだね。どこから話そうかな……そうだなぁ……本当は私、宇宙飛行士になりたかったの、それで一番の近道が軍人になる事だった」
主に戦闘機のパイロットの経験があると選ばれやすいというのは地球でも聞いたことがある話だった。
それはスペクリムでも同じことが言えるようで、過酷な打ち上げに耐えるだけの体力と不足な事態への対処能力は、軍人に勝る者はいない。
宇宙という夢のためアリスは、軍に入ることでその夢を叶えようとしたと話してくれた。
アリスの世界もまた地球と同じように四大学があって年齢はバラバラこそ、日本人と同じように高校卒業後入学したのち大体22歳で卒業することが多いという。
宇宙に対する並々ならぬ知識をアリスが持つ理由が、宇宙飛行士という夢から来ていることを僕は初めて理解した。
何のことは無い20年以上前に既に勉強していたのだ。地球の高校に通うのは飽くまでも交流の為。
「やっぱり、私達の世界でも一見平和そうに見えても争いの種は燻っていることはよくある話で、でもそんなに頻繁に戦争や紛争が起こる訳じゃないんだけど、ただ――」
あんな優しそうに見えるアリスの世界でも、地球ほどではないけど争いは起こっていると話してくれた。
炭素通貨に反発する者、神ではない三賢女への信仰に反発する者、そういったアリス達の世界では原理主義と呼ばれ、反発行動を取るという。
「20年前、原理主義者達と大規模な紛争が起きて、私はそれに派遣された。私はヴァルファーのパイロットで、あ、ヴァルファーって言うのは地球で言うところの戦闘機で――」
壮絶な話だった。あの優しいアリスが人を殺せるとはなかなか思えず、話がぶっ飛び過ぎて話の内容を理解するだけで僕は精一杯だった。
ただ、アリスの話によれば地球で言うところの戦闘機であるヴァルファーは、地球のそれとは少し違って
「それで多くの人を殺めてしまった。戦争とはいえ、私は殺めてしまった命の事を今でも酷く後悔している。ただその紛争の際、私の戦闘機は原理主義者達の攻撃を受けて墜落してしまった……これで死ぬんだろうって思った。だけど――」
姿勢制御の効かなくなった戦闘機はそのまま落下し地面に激突するはずだった。けどそうはならなかったという。
「私の
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