結人たちの事情

卯野ましろ

第1話 呼ばれた結人

「お幸せにね」


 手を繋いで幸せそうに散歩する、一組のカップルを見ながら彼女は言った。彼女の名前はイユ。イユは人間ではない。結人ムスビトだ。

 結人とは「愛する者と愛される者を結ぶ」特殊能力を持つ、人間のようで人間ではないものだ。姿は人間そのものである結人は、人間が生きる世界とは違う世界で生きている。結人たちが生きる世界には、人間界を様子を確認できるテレビがある。イユはそれを利用して、とあるカップルを観察していた。


「もう、この辺にしとくか」


 イユはリモコンを手に取って、テレビの電源を消した。すると、


「ん?」


 コンコンコン。

 実に良いタイミングで、イユの部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


「イユ、ビスムよ」

「あっビスム!」

「今お部屋に、入って大丈夫?」

「うん、どーぞ」

「ありがとう。お邪魔します」

「はいはーい」


 イユの部屋に入ってきたのは、彼女の親友であるビスム。イユと同様、女性の結人だ。


「イユ、愛の神様が呼んでいるわ」


 愛の神様というのは、彼女たちの上司である結人のことだ。


「うん、分かった。ありがとうね」


 二人は部屋を出て、愛の神様の元へと向かった。


「一体、今度は何の用だろうね」

「わたしの予想だと、お仕事じゃないかしら」

「ええー、ついさっき終わったばかりなのにな……」

「ふふっ。それだけ愛の神様は、イユを信頼していらっしゃるのよ」

「そうかなあ」

「そうそう」


 二人は仲良く話しながら歩いた。




「失礼しまーす」


 イユとビスムは「一番偉い人の部屋」へ入った。


「ビスム、ご苦労であった」

「いえ」

「ところで、今度は何の用ですか? アイジン様?」

「その呼び方は、やめなさい。私のことは愛の神様と呼びなさい」

「別に良いではないですか」

「良くない」

「でも、本当の名前はアイジンでしょ?」

「……私は、その名前が嫌いだ」

「アイジン様、アイジン様、アイジン様」

「うるせぇっ!」


 愛の神様、いやアイジンは彼の部屋の名のように結人の中では最も偉い者だ。自分の名前が大嫌いなため、他の結人たちには「愛の神様」と呼ぶように命じている。それに従わない者もいるが。


「アイジン様でも良いでしょ?」

「良くねぇよオレは!」

「愛の神、と書いてアイジンですよね? 愛の人じゃなくて」

「それでも嫌だ」

「アイジン様、アイジン様、アイジン様」

「ブッ飛ばすぞ、お前!」

「アイジン様、その辺に……」

「ああっ?」

「し、失礼しました……。あの、愛の神様、イユさんに大切なお話があったのでは……」

「おお、そうだった。すまない」

「いえいえ……」


 二人の言い合いの間に入ってきたのはラブという男性の結人だ。彼はアイジンの側近である。


「イユ、君に話がある」

「は~い。何でしょうか、ア・イ・ノ・カ・ミ・サ・マ♪」

「てめぇ……」


 やっと本題に入るところだったというのに、アイジンの怒りが再発した。


「てめぇにはオレに対する敬意っつーもんが、これっぽっちもねぇようだな!」

「まあ、そうかもしれませんね」

「イユ、もうやめなよ……」


 今まで二人の争いを黙って見ていたビスムが、やっと間に入ってきた。このままだと大変なことになる、と思ったのだろう。


「ビスムが言うなら、やめる」

「うん、やめようねイユ……」

「お前、ビスムの言うことは聞くんだな。オレの言うことは聞かないのに……」

「早く話を始めてください。そのために、あたしを呼んだんでしょ?」

「……お前は……」


 アイジンは自分に対して態度の悪いイユに言い返したくなったが、それでは全く前へ進めないことも分かっていた。アイジンは舌打ちをして、話し始めた。


「……イユ。君はさっき、一組のカップルを成立させたな」

「はい」

「なぜ成立させたのだ?」

「あなたが、あたしに命令したんじゃないですか。戸川とがわ則男のりおさんの恋を実らせろって」

「確かにそうだが……君は戸川さんが恋をしている相手が誰なのかを知った上で、あのカップルを成立させたのか?」

「は? そんなの、当たり前じゃないですか。あたしのあなたに対する態度は割と悪いとは思いますが、きちんと仕事はしますよ?」

「……私は君に、あのようなカップルを成立させろと命じた覚えはない……」

「……はああ?」


 険しい表情を浮かべるアイジンを見て、イユ

は首を傾げる。


「……イユ、戸川さんが恋した相手について説明してみなさい」

「戸川さんが恋した相手は平野ひらの信夫のぶおさんでーす」


 アイジンからの問いに、イユは軽く答えた。相変わらずの態度に苛立つ中、アイジンはイユへの質問を続ける。


「平野さんの性別は、何だ?」

「男性でーす」

「そう、そこだよ!」

「わっ」


 アイジンに大きな声を出され、すぐにイユは耳を手で塞ぐ。


「ちょっと! いきなり大声を出さないでくださいよ、もう!」

「イユ……なぜ男性同士のカップルを成立させた?」

「は?」


 軽く塞がれていたイユの耳に、アイジンからの新たな問いはしっかりと入ってきた。

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