第7話 話を聞く結人
「あなた、どうしたの?」
「ちょっと君、大丈夫?」
イユとビスムは、ベンチに座って泣いている少年に話しかけた。彼女たちの声が聞こえた瞬間、その少年は顔を上げた。彼の顔は、たくさんの涙と鼻水によってグチャグチャになっていた。
うわ。
悲しんでいる少年には悪いと感じながらも、その顔を見たイユは驚いてしまった。しかしビスムは違った。
「どうぞ」
ビスムは着ているワンピースのポケットからハンカチを取り出し、それを少年に向けた。そして二人のやり取りを見たイユは、ついビスムの横で「えっ」と漏らした。
「……良いの?」
ためらう少年に対して、ビスムは優しい笑顔を添えて頷いた。また、イユの顔がひきつっていることにはビスムも少年も全く気付いていない。
「……ありがとう」
ビスムからの優しさに触れた少年は、笑みを浮かべた。そしてビスムから、きれいなハンカチを受け取って顔を拭った。
「……」
ビスムのハンカチでゴシゴシと顔を拭いている少年の様子を見て、イユは親友に言いたくなった。
本当に、これで大丈夫? と。
しかし、その言葉を口に出すことはしなかった。自分がそんなことを言ってしまえば、また少年の表情は暗くなるかもしれない。そしてビスムの優しい気持ちを、台無しにしてしまう恐れがあるからなのだ。
「……はあーっ!」
少し時間が経過した。涙と鼻水まみれの顔は、きれいさっぱり。まとわりついていたそれらをハンカチで拭ってすっきりしたのか、少年は明るめな声を出した。
「スッキリしたあーっ!」
「そりゃそうだろうよ」
「へ?」
「いや、何でもないっ!」
「イユ……!」
心の底から気持ち良さそうにしている少年を見て、イユは心の呟きを思わず外に出してしまった。あんなに清潔だったビスムのハンカチが、あっという間に少年の涙やら鼻水やらで汚れていった。ついさっき会ったばかりの、他人の体内から出た、たくさんの鼻水と涙である。そんなシーンを眺めていたイユは、親友としていたたまれない気持ちになった。
しかし、ハンカチの持ち主であるビスムは、自分のハンカチが汚れたことについて全く気にしていなかった。彼女は少年の心が少し晴れた様子を見て、とても嬉しそうだった。
「ところで、君さ」
「うんっ」
「……」
何なの、この子……。
あっけらかんとした少年の返事に拍子抜けしたイユだったが、何もなかったかのように話を続けることにした。
「何があったの? どうして泣いていたの?」
イユが質問すると、また少年は悲しそうな顔を浮かべて下を向いてしまった。
うわ、どうしよう……。
せっかくビスムの親切で元気を取り戻しかけたというのに、再び少年は暗くなろうとしている。イユは焦った。
どうしよう。
あたし、やっちゃったよ……。
「あなた、無理しなくて良いからね」
すると柔らかくて落ち着きのある、きれいな声が聞こえてきた。
「え……?」
少年は顔を上げた。彼は優しい言葉が聞こえてきた方を向いた。
「言いたくないことを、無理して言う必要なんてないわ」
「……」
「大丈夫よ」
ビスムは温かい笑みを浮かべて、少年に言った。
……ビスム、やっぱりステキだなあ。
二人を見ながら、イユは思った。
「あのね、お姉ちゃん」
「うん、何?」
語り始めた少年を優しく見つめながら、ビスムは返事をする。
「あの……ぼくの話、聞いてくれる?」
「もちろん」
「それと、それとねっ!」
「うん」
「約束してくれる? 僕のことを、絶対に笑わないって……」
「うん、約束しましょう」
「……ありがとう!」
少年は笑顔を見せた後、ビスムと指切りした。笑い合う二人を見て、イユも幸せな気分になった。
「ぼく……好きな子がいるんだ」
ビスムと笑顔で約束を交わした後の、少年の第一声。イユとビスムは少年を間に挟んでベンチに座り、彼の話を聞いている。
「その子とラブラブになりたい」
少年の思いを聞き、イユは歯痒くなった。自分に結人の能力があれば、すぐに彼の願いを叶えられるのに。今の自分には、それができない。イユは悔しがった。
「でも……それは無理なことだって、ぼく知っているんだ」
「どうして?」
ビスムは少年に聞いた。イユも彼の言葉を気にしている。
「ぼくが好きな子は、ぼくと同じ男の子だから……」
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