第3話 追う結人

 その場からイユが消えた今、ビスムは泣きそうになっている。


「愛の神様、イユはどこへっ……?」

「……安心なさい、ビスム」


 目の前にいた憎らしい存在を消したからか、アイジンは落ち着いたようだ。ビスムに語りかけるその声は、優しいものであった。


「私は、イユを人間界へ送っただけだ」

「えっ……!」


 目を丸くするビスムを見ながら、アイジンは言葉を続ける。そんな二人を、ラブは黙って見ている。


「……イユには少々、人間界で頭を冷やしてもらうだけだ。もちろん人間界にいるのだから、彼女の結人としての能力は私が預かった。今の彼女は、ただの人間と化している」

「……そんな……」


 ビスムの表情は暗くなった。イユが無事なのかどうか、ますます心配になっている。


「確かに私にも悪い部分はある。つい感情的になってしまった……。そして何よりも!」


 落ち着いていた、アイジンの声が再び大きくなった。その声が耳に入った者たちは、ビクッと体を震わせる。


「私は戸川さんと結ぶべき女性を、事前にイユに教えなかった……! だからイユは自分で調べて、こんなことに!」


 アイジンはイユの生意気な態度が大嫌いである一方で、彼女の結人としての活躍を認めていた。優秀なイユに重大な仕事を任せていたくらいである。

 しかし今回の戸川さんたちの件については、これまでにないケースだった。アイジンは、そのカップル成立を知った直後に衝撃を受けた。

 まさか同性カップルを成立させてしまったとは。イユに任せなければ、戸川さんは相性が良い女性と結ばれたはず。それにしても、なぜイユはカップルを成立させてしまったのか。そんなカップルが誕生してしまうのはタブーだ。

 アイジンは焦った。


「イユに任せてしまった、私も悪いのだ。こんな展開を予想せずに私は……」

「愛の神様……」


 ラブは自責の念に駆られるアイジンの元へ寄った。


「……愛の神様……」

「……何だ、ビスム」


 いつになく弱々しい返事をするアイジン。そしてビスムからは、それとは正反対の力強い声が発せられた。


「わたしを、イユがいる場所へ行かせてください」

「……確かにイユも単身で異世界へ飛ばされて、心細くなっているかもしれない。……よし、ビスム。イユの親友である君を、人間界へと送ろう」


 アイジンの言葉を聞いたビスムは、ほんの少し表情が明るくなった。


「ありがとうございますっ!」

「しかし人間界へ行くのだから……君もイユと同じく、結人としての力を私に預けることになるよ。良いね? そこでは君は人間となるのだよ」

「はい、大丈夫です」

「君がイユの親友で良かったと思うよ……私は」


 アイジンがビスムに掌を向ける。今、優しい光をビスムは受けた。

 その様子を見て、ラブは思った。

 さっきのイユさんに放ったものとは大違いだ。アイジン様……いや愛の神様、相当イユさんに対してキレていたんだな……。


「愛の神様」

「どうした」


 優しい光を浴びながら、もうすぐ人間界へ送られるビスムはアイジンに話しかけた。


「わたしは、イユを親友とは思っていません」

「……?」

「それ以上に、わたしはイユのことが好きです」


 その言葉を残して、ビスムはイユのいる場所へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る