第14話 結ばれた人間

 ボーイズラブ。

 この世界に、そんなワードが存在していることを知ったとき、自分の恋愛は特殊なものとして人々に扱われるのだと戸川則男は理解した。 

 則男には、その単語を全否定する気もなければ、そういった作品を嫌いになるつもりもない。自分のような人間の存在を知ってもらうのには、良いものになるだろうと則男は思っている。

 しかし、それでも則男は納得はできなかった。なぜ自分の恋愛が多くの人々に、異色なものとして考えられなければならないのか。何だか悲しくなってしまった。   

 そして虚しくなった則男は、自分の本当の気持ちを無視するようになった。真実の恋を諦め、自分に合う女性を探し始めたのである。

 やがて則男は、自分と気の合う女性を見つけた。

 これから僕は、この人と共に幸せになっていこう。決して嫌いではない、この人と。恋愛として好きではなくても、人間として好きな女性と。

 そんな風に考えていた則男。しかし、


「バカなことを言ってんじゃないわよ!」

「えっ……!」


 その女性に「付き合ってください」と言った瞬間、則男はこっぴどく怒られた。そして彼女は体を震わせる則男に構わず、話を続けた。


「あんた! あたしをバカにしてんの? その気がないなんて、すぐに分かるんだからね! 誰でも良いなんて失礼な考えは、バレバレなんだよ! 本当にパートナーが欲しいなら、真剣に恋をしな! 大体あたし、もう好きな子がいるんだからね!」

「す、すみません……」


 そりゃそうだよな……。

 僕は自分勝手で、なんて失礼だったのだろうか……。

 怒鳴られて固まる則男。そんな彼を見て、目の前にいる女性は、一旦間を置いてから再び口を開いた。


「……あたしは、その女の子に自分の気持ちを、きちんと正直に伝えるからね……」


 女性は則男に自分の決意を語ると、その場に則男を残して去っていった。彼女の則男に向けた最後の言葉は、数秒前のものと比べて優しかった。

 ああ、これは叱咤激励だ。

 こんな情けない僕のために彼女は……。

 さっきまで怯えていた則男は、自分のために怒ってくれた女性に感謝した。それ以来、則男は彼女に会っていない。




「則男くん」

「ん?」


 街中、一人きりで昔の出来事を思い出していた則男に、誰かが声をかけた。名前を呼ばれた則男は、すぐに後ろを振り返った。


「あっ、信夫くん!」

「ごめんね、遅くなって……」


 今日、則男と信夫は仕事が終わってから会うことを約束していた。ここのところ会えない日が続いていて、お互い淋しい思いをしていた二人。しかし今は笑い合っている。


「久々に会えて、嬉しいよ」

「僕もだよ。本当に良かった」


 しばらく幸せそうに見つめ合う、則男と信夫。電話などで連絡はしていたが、やはり愛している者に直接会うことの喜びは大きい。お互いに今すぐにでも手を繋ぎたい、抱き締め合いたいと思っている二人。だが多くの人間がいるこの場所では、まだ遠慮してしまう。


「……行こうか」

「……うん」


 則男も信夫も、物足りなさを感じながら歩き始めた。隣同士だというのに、それでも二人は完全に満たされていない。


「いつの日か、みんなの前で堂々と手を繋ぎたいね」

「うん」


 信夫の言葉に、すぐ則男は言葉を返した。本当に好きな者と結ばれて幸せだが、彼らは同じ悩みを抱えている。


「でも人前で抱き締め合うのは、やり過ぎかな?」

「うーん。だけど、やっぱり抱き締めたくなっちゃうよねぇ」

「僕らの場合、そういう風に考えること自体を……おかしいと多くの人に思われてしまうんだよね」

「まだまだ普通じゃないって、ほとんどの人に感じられてしまう世の中……」


 自分たちの恋愛が普通ではない。でも普通の恋愛とは何なのか。そのようなことを彼らは、いつも考えている。


「それでも僕、二度と自分を偽らないよ。ちゃんと自分の気持ちを大切にするんだ」

「うん」


 つらいことや悲しいことはあっても、則男は正直に生きようと強く思っている。それは信夫も同じだ。


「……好きだよ、則男くん」

「僕も好きだよ、信夫くん」


 則男と信夫は、前を向いて歩き続ける。


「……あ」

「ん、何? どうしたの?」

「あ、ううん。大丈夫、何でもない」


 則男と信夫を見た女性は、パートナーである女性と手を繋いで歩いていた。彼女たちも結ばれたことに幸せを感じながら、一生懸命に生きている。

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