第5話 俺の母
目の前にこの時間帯にいるはずのない母親の姿。
それだけで俺はいやに驚いてしまう。
「なによ?」
「いや、ただいま」
じっと見てしまったからか居づらそうにするこちらを見てくるがいたたまれない。
普段会えない時間に会えるのだからそりゃうれしい気持ちはもちろんある。
ただ、佐奈の家から帰ってくる間一人で暗くなった道を歩けば自然と思考もそっち方面に進みやすくなるもので。長い期間を掛けた指輪作戦の失敗。それを思い出してしまっていたからなんともいつものような空気を俺も出せない。
なんとも言えない空気だが、一歩踏み出し靴を脱いで廊下に初めの一歩を投じる。
それをじっと見てくる母さん。
「ご飯は?」
「えっと、佐奈んちで食べてきました。」
早々に退散しようかと思ったらそんな言葉を投げかけられる。まさかな
「そう...じゃあ片づけちゃうから」
「え?作ってくれたの?」
どうやらそのまさかだったらしい。昔から母さんの晩飯をあまり食べれたことはない。まったくとか仕事柄の週に二回も食べれればいい方だった。
この前は、誕生日で家で休む予定だったらしく作ってくれたがそれだって一週間ぶりだ。こう言ってしまえば全く、料理をしないように聞こえはするが朝に夜まで作っておいてくれるのでだらしないというわけではない。
「そりゃ...今日珍しく暇になっちゃったし」
言い淀むように口を尖らせて言う姿に思わず、さっきまで隠れていた恋心を揺さぶられるものを感じるが今はそうではないだろう。
「いや、食べる。食べるから。佐奈んちで遠慮してたし。今日は体育あったし」
自分の好きな人の料理が食べれるのだ、それも自分のために用意してくれて。
それを食べないという手は俺にはない。
「ふふ、わかったから着替えてきなさい。」
俺の言葉に満足したのかニコニコしてキッチンに戻っていく姿を見ると思わず息を吐いてしまう。
「ずるいって」
弱ったものだ。正直限界近くまで食べてきたのに、あの顔を見たら食べきるしかない。
***** ******
「すげぇな」
「ふふん、昨日に引き続き本気を出してみました。」
ダイニングテーブルの上に所狭しと置かれる料理の数々に思わず感動すれば、自慢げに母さんはそういって見せる。
「あれ?」
ただ一つ不思議があるとすれば、母さんの前には茶碗にごはんがよそわれているが、俺の目の前には分けられたサラダが一皿。
もう一度、母さんを見ればあきれたように一息つかれる。
「どうせ結構食べてきてるんでしょ。ごはんはいいからおかずだけでも一緒に食べよ」
「はい」
どうやらわかりきっていたらしい。こういうところもかなわないのだ。
俺が食べてるのを何が楽しいのか笑顔で母さんは見てくる。
相手は息子の食事姿を楽しんでいるのかもしれないが俺からすれば、母にもう一つ好きな人という条件すら付いてしまうからなんとも恥ずかしい。
「ねぇ、遊太。佐奈ちゃんかわいかった?」
「なんだよ急に」
「えぇ、だってこの前服屋さんであったらめちゃくちゃかわいくなってたじゃん」
「あぁ。そうかもな。かわいかったかわいかった」
下手に否定すればいろいろとめんどくさそうなのでそういえばじっとこちらを見てくる母さん。
「なんだよ」
そんな俺の言葉に少しむっとした顔をされる。
「私には、全然かわいいなんて言わないに佐奈ちゃんには言うんだ」
「い、言えるか!」
「えぇ、たまにはかわいいって言われたい!キレイは聞き飽きたぁ!!」
なんとも世の女性を敵に回すような発言だが確かに、美人だと思う。
それは別に恋してるからとかの打算的なものではない。
肩まで伸びた髪は毛先に近づくにつれ明るく染められ、シミ1つない肌に整った顔立ち。
まぁ、職業柄気を付けている面はあるのだろうが。
「はあ、世界一かわいいよ」
「あー、遊太。なんかチャラいー!」
「うざ」
「そういうこと言わないの」
かなり勇気を持った言葉もさらっと流されてしまう。
別にそんな軟派な気持ちでは言ってないんだが伝わるわけはない。
**** ****
食事も終わり片づけの後久しぶりにゆっくり話す時間になった。
最初の時の気不味さもこういう大事な時間の前には吹っ飛ぶもので。
「あ、ママから一週間休みとれって言われたから行きたとこあったらいこうよ。」
だいぶご機嫌なのか、酒を飲みながらそういってくる姿を見ると思わず笑ってしまう。
「俺、学校あるよ」
「大丈夫。高校は一週間くらい休める」
そんなことをサムズアップしていってみせるのだからある意味尊敬する。
「たまには出かけたーい」
「こりゃだいぶ飲んでんな」
普段こんなことを言ってこないのにどうやらだいぶ酔っているらしい。
ただ、たまにはそういうのもいいかもしれない。
母さんだって楽しみたい時ぐらいあって、俺がいてそれになるなら願ったりだ。
「明日バイトだから水曜日からなら」
「よーし、ディズニーに海に、あとキャンプ。それから.....」
「そんな回れないから」
目の前で楽しそうにスマホを開きアイデアを出してくる姿を見て、うれしい気持ちの中にわずかにだか罪悪感を感じた。
**** ****
「もう、まだ飲めるのに」
「はいはい。また明日な」
「.....うん」
気づけば完全につぶれてしまったのでお姫様抱っこの状態で寝室に運ぶ。
もう何度も飲酒の介抱をしているためかやけに慣れてしまったことに得のような損のような。
「遊太、プレゼントありがと」
「うん」
「えへへ」
胸元でそうつぶやかれ一気に満たされる気持ちになる。
本当に喜んでくれたんだな。
ベットに寝かせ、リビングに戻りペットボトルの水を枕もとに置けば俺の仕事は終わりだ。
自分の部屋に戻りベットに倒れ込めば思い出すのはさっきの楽しそうな母の姿。
「ひどいことしたよな」
あの姿を見たから余計にそう思ってしまうのだ。
俺は母さんの、沙月姉ちゃんの人生を奪ったのだと。
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