第6話 義母との出会い

 俺の両親は居酒屋を経営していた。

 幼稚園から帰れば明かりがついた店内で両親が料理をしている、そんな日常だった。


 ただ、あれは四歳の夏だった。


「遊太今日は新しいお姉さんが入るぞ」

「うーん?」

「貴方、遊太にはよくわからないわよ。これから手伝ってくれるの」

「あい」

「たぶんわかってないぞ」

 そんなことを言い合って笑い合う両親。

 幼稚園帰りにいきなりそんなことを言われてわかるわけがない。

「むー」

「あ、わるいわるい」

「ごめんね」

 ご機嫌斜めになった俺を一生懸命になだめようとする両親。

 もういよいよ泣き出す。そんなときに俺の体は持ち上げられた。


「おー。かわいいねぇ」

「あ”--!!やー!やー!」

「あ、泣かないで」

 突然背後から持ち上げられ、知らない人の声がして感情があふれた俺をその人はなだめてくれた。

 持ち方を変えられ抱き合うような態勢になれば犯人の姿がよく見えた。


 母親に比べてやけに大きく見える目、耳についた光るもの。そして何より


「きんいろだぁ」

「そうだよぉ」

 金色に染まった髪。


「かっこいい」

「ありがと。遊太くんもかっこいいよ」

 そういって笑いかけてくれるお姉さんに俺は顔が熱くなるのがわかった。


「あー、照れてる照れてる」

「照れてない」

「えー。」

 いいように揶揄われてしまったがそれでも、普段両親以外いなかった店にきた初めて従業員。

 兄弟のいなかった俺はただそのやり取りが楽しかった。

 

 それが俺と、月島沙月の出会いだった。


 このとき沙月姉ちゃんは十五歳だった。



「沙月ねえちゃんは?」

「遊太、まずはお母さんにただいまでしょ」

 幼稚園から帰って開口一番にそういう俺に母親は困ったようにそう言った。

「ただいま」

「はい、沙月ちゃんはきょうはお休みよ」

「えぇー」

 今思えば母親的には何ともやるせない状況だったのかもしれないが

「遊太。お菓子持ってきたよ」

「あ、おねえちゃん」

「おーよしよし。かわいいねぇ」

 店の扉を開けて入ってくるこのお姉さんは決まって俺を構ってくれた。

「沙月ちゃん。今日お休みでしょ?」

「あ、遊太と遊ぼうと思って」

「本当にいいの?」

「はい。」

 母は心配だったと思う。お休みの日にまでバイトの女の子が自分の子どもを甲斐甲斐しく面倒を見ているのだから。

 申し訳なさもあったと思う。


「遊太ぁ!!がんばれ!」

「遊太頑張ったね。」

 沙月姉ちゃんは運動会や、発表会にも来てくれた。実際俺がかなり無理を言っていたのかもしれないがそれでも来て一番に応援して、褒めてくれた。

 

 日々が楽しかった。両親が居酒屋をやっているため他の家の子とは休日の思い出も違ってくる。

 それを見越してか、プールにも連れて行ってくれた。映画だって子ども映画なのに付き合ってくれた。

 そしてそんな生活が当たり前のようになっていた。

 

 あの日までは。


 小学三年生の冬。

 あれは確か体育の授業の時だった。

 

 急いで体育館に入ってきた校長先生に担任が連れていかれた。

 そのあと涙を流しながら担任は俺の前に来た。

 その後ろには校長先生もいた。


「冴島遊太君だね」

「はい」

 やけに重々しく言う口調がとても怖かった。

「ちょっと、先生と行こうか」

 返事も聞かずに校長先生は俺の腕をつかんで引っ張った。

 ぐいっと力強く引かれ体は引きずられるように体育館を飛び出した。

「やだ!!」

 怖くて何度もそういったが先生の目つきは鋭く、それで目は潤んでいた。


「最後かもしれないんだ。せめて生きてるうちに」

 そう呟きながらハンドルを握り車を出す校長先生をただ俺は見つめていた。

 信号にかかるたびに怒りを口にする姿はいつも長々と話している姿とはあまりにも違っていて。

 気づけば涙はもう出なかった。



 ついたのはドラマや映画でしかみたことのないような、大きな病院だった。

 

 玄関口に荒々しく止められた車に駆け寄ってくる看護師さんや警察官の姿が車のドア越しにやけに鮮明に見えたのを覚えている。


 そのあとのことはまるで映画のワンシーンの様だった。

 走ったのか、歩いてのか。はたまたそんな事実すらなかったのか。

 

 ただ、鮮明に覚えているのは大きな白い袋が二つ見えてそれを両親だといわれたことだけだ。

 見るのはあまりに酷だといわれ俺は見せてはもらえなかった。


 交通事故だったらしい。お店の買い出しに行った帰り道。

 危険な割込みを避けようとハンドルを切ったら対向車のトラックに。

 母はその場でもう帰らぬ人に。父だけはうわ言のように俺の名前をずっと呼んでいたらしいが俺が着いた時には言葉をかけてくれることはなかった。


 その時は涙も、嗚咽も怒鳴り声だって出なかった。真後ろで泣いている校長先生や俺の肩を抱くようにしている看護婦さん。ただただうつむく警察官。異様な光景なのに俺は何も感じなかった。

 いや正確には訳が分からなかったのだ。

 今朝、いつも通り俺を送り出した両親が気づけば死んだ。

 誰だか正体も知らない大人に囲まれ今後のことなんて言われたって分かりっこない。

 

 ただただ空虚だった。



「それじゃあ、遊太君。お洋服だけ集めようか」

「うん」

 どうやらいつの間にか家に送られていたらしく玄関の前に止められた車から降ろされればそう校長先生は寂しそうに言っていた。

 やけにしっかりとした返事を俺がしただろうか目を見開いていたが違うのだ。


 いつも通りのお店の入り口。

 何気なくドアノブを引けばそのままドアを開けることができた。

 きっとさっきまでのは何か悪い夢だったんだ。


「ちょっとまて!!」


 後ろで校長先生は焦るような声を上げるがそんなの関係ない。

 早くこの壮大な夢を終わらせたい。その一心でドアを開け放った。


 本当は薄々わかってはいたんだ。

 もう仕込みの時間なのに一切その匂いが漂ってこないこと。

 

 カランコロンー

 ドアにかけてある飾りが鳴るのがわかる。


 いつもならここで忙しいながらの返事が返ってくるがそれがない。

 ただ、カウンターに人影あった。

 音に反応するようにこっちを勢いよく見るその顔はよく知ったもので


「遊太!」


「...沙月姉ちゃん」

 そういってこちらに駆け出してきて俺を抱きしめてくれた。


「遊太、遊太」

「ねえちゃん」

 首筋が温かいもので湿っていくのが嫌に鮮明で、泣いている沙月姉ちゃんの心臓の音がやけに大きく聞こえて、静まり帰った店内には沙月姉ちゃんの嗚咽が響いていた。


 このとき俺はようやく両親がいないことがわかって。涙を流した。


「姉ちゃん!姉ちゃん!」

「大丈夫。私がいるから」

「うん......」


 ただただ目の前の沙月姉ちゃんの名前を呼んだ。

 涙でぐちゃぐちゃになった顔を嫌な顔ひとつせずに胸元に運んでくれた。

 そのやさしさにまた堰を切ったように涙が出た。


「失礼ですがあなたは?」

 後ろでずっと見守っていてくれた校長先生が声をかけてきた。

 その目には涙をためていた。

「ここの社員です」

 沙月姉ちゃんが答えると校長先生は考え込むような姿を見せ

「そうですか。遊太君。今日はそのお姉さんといるかい?それとも私のうちに来るかい?」

 そう告げてきた。

 それに俺は

「沙月姉ちゃん」

 そう彼女の名を呼んだ。

 今思えば迷惑な話だったと思うがそれに彼女は嫌な顔一つせずに頷いてくれた。


 


 


 


 

 

 


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