第9話 義母によるバイト参観

「遊太! 四番卓にこれ運んどいて」


 顔に汗をにじませる店長の指示に従い両手にお皿でテーブル席に向かえばそっと渚さんが寄ってくる。

 オーダー表を片手に不機嫌丸出しの顔をして。

 それに遊太も思わず身構える。


「月島君、三番卓にハイボール5! あと一杯きつめで!」

「何でですか?」

「セクハラ殺し」


 その一言に遊太はことのすべてを察するに至った。


―あ、またあのおじさん渚さんに絡んでるんだ。

 

 焼き物をしている店長を見れば、ぐっと親指を立ててくるので3:7のキツ目ハイボールを作ればそれを喜んで渚さんは受け取ってホールへ消えていく。

 まぁ個人経営でみんなが慣れてるから許されるような行為なのだが。


「はい! セクハラ殺しのハイボール。」


―言っちゃうんだ。

 ただそんなことを言われてもおかしそうに笑って飲んでいくのだからいい空気の店なのだ。


「おにーさん! おねえさんたちのとこきてぇ!! オーダー」


 こちらに手をフリフリしてくるお姉さま方。


「はいただいま!」

 若いお姉さま方に呼ばれればいかなくてはいけない。 俺は仕事だから。

 たとえ後ろからじっと義母に見られていようとも。


 午後八時。この業種にとっては第一波が残っているか、軽く食事を嗜んだ人たちや、遊び帰りが来る頃合いに、沙月姉ちゃんはご来店なされた。


 カウンター席に座りじっと俺を睨んでいたときは視線から『追試馬鹿』

『追試なのになにやってんの?』的な視線を浴びせられていたが、何があったのか今はだいぶご機嫌なの様子で青りんごサワー片手に塩キャベツを嗜んでいる。


―うん、かわいい。


「あ、おにーさん。 どこ見てんの?」

「ああ、すいません。 ハイボールが三つでよろしいですか」


 つい視線が他所に行けば目の前のOLだろうお姉さんに不思議そうな目を向けられてします。


「うん。 あ、おにーさんも一緒に食べようよ」

「すいません。 まだまだお仕事なんで」

「ちょっとぐらいいいじゃん」


 そういって、グイッと腕を抱き込まれる。

 それを周りのお仲間は止めるでもなく、『そーだそーだ』と便乗されてしまえばなんとも困る。年上の女の人に腕を抱かれるということ自体はなかなかにうれしい展開なのだが


―親が見てるんです。 しかも好きな人が!


「えへへ、高校生なんでしょ。 大丈夫、お姉さんたちとお話ししてくれればいいから。」

 

 楽しそうにぐいぐい引かれ、もはや今晩の死を覚悟したとき


「おーい お兄ちゃんオーダー!」

「はいただいま!! それじゃ後でお持ちしますので。」


かみは俺を見捨ててはいなかった。

 解放された腕をすっと抜きオーダーをキッチンに預け、テーブルに向かう。


「相変わらず遊太君は大人気だな」

「助かります」


 通称・セクハラ殺しを片手にそういって、お姉さま方からの視線を笑って流すおじさんに頭が下がる。

 ただのセクハラ親父じゃなかったんだと。

―今度はハイボール普通に作ります。


「自分の親に見られながらじゃ、若いこといちゃつけねぇもんな」

「........うす」


 この町の中年世代は俺と沙月姉ちゃんの関係を知っている人が多く、この席のおじさんたちからは同情にも近いような目を向けられるが、あっているが違う。


 とはいっても、実は好きなんですなんて言うことはできないのでその場しのぎの適当な返事をしてキッチンへ向かう。

 

 OL卓には既に渚さんがお届けしていたらしく、おやじ’sにオーダーの品をお届けすれば、キッチンに戻ることができた。


「楽しそうじゃん」


 キッチンでグラスを洗っていればカウンター越しにそんな一声を掛けられる。

 それが何を示しているのかはすぐわかってしまうため


「いや」

「ふん、せっかく遊太に会いに来たのに全然一緒にいれないじゃん」


 否定してみるも納得いただけないようだ。

 せっかくの休みだから気を使ってきてくれたのだろうだが今回は相手を全くできていない。

 それは俺もわかっているし、もちろん仕事中の軽い会話という意味なのだろうが今日は見事に人が入っているのでどうしようもない。

 なんとも気持ちが滅入るのだがそれを表にも出せない。思わずため息がこぼれそうになると目の前を何かが横切った。

 

「あーん」

「へ?」


 カウンター越しに、塩キャベツが箸につままれ俺の方へとむけられる。


「あーん!」


 腕をめいいっぱいに伸ばしこちらにさらに突き出してくる。

 だいぶ酔いの回った顔でそんなことをしてくるが目はマジだ。


「......あーん」

「よし! お仕事頑張ってね。 何時まで?」

 

 若干の恥ずかしさに嬉しさを持ちながらそれを捕食すれば満足そうに青りんごサワー片手にそんなことを言われる。


「えっと10時」


 高校生的にはかなりアウトだが、居酒屋的にはかなり健全な上がり時間。

 それを告げれば頷かれる。どうやら時間的お咎めはないらしい。

―流石、経験者


「じゃあそのあと一緒に食べよ」


 ジョッキ片手に塩キャベツを箸でつつきながらそんなことを言われるも悲しいかな。

 ほれた弱みかそれすらもかわいく見えるんだから。


「.......うん」

「よし! 青りんごサワー追加! あとハイボールも濃いめにポテサラ!」


 俺の答えになっとくしたのか、ご機嫌です! 

 といった感じで酒のオーダーを出される。それだけ一緒にご飯を楽しみにしてくれてたのかと思えば俺もかなりうれしいが


―とりあえず、ハイボールは薄めにしておこう。


 何が楽しいのかサワーを混ぜる俺を嬉しそうに見てくる彼女に思わず口角が上がるが


「お姉さんとなり失礼します。 あ、おにーさん俺ビール!!」

「あ、俺も!」


 すっと沙月姉ちゃんの隣に移動してきた二人の男に口角が引きつるのがわかる。


「かしこまりました」


 おそらくできたであろう営業スマイル。

―ビールじゃ濃くできないな。


「はい、青りんご。 あとポテサラ」

「ありがと、遊太」


 流石になれているからか一切気にした様子もなくそういうのだから大したものだ。


「お姉さん、一緒に飲んでもいいですか?」

「あ、俺奢っちゃいますよ」


 美人が一人で呑んでいるのだ。そりゃアタックしたい気持ちもわかる。

 時刻は21:30分を回ったところ。もう少しで上がりなのだがまだ仕事中なのでなかなか動けない。


「あ、おにーさん。 オーダー!」

「あ、少々お待ちください」


 遠くからのOLさん達の言葉にもはや流れるように返す。


「ビールです」


―ナンパしてんじゃねぇよ

 そんな気持ちを持ちながらもジョッキを二杯丁寧にカウンターに並べる。


―情けねぇ。

 ただこちらに沙月姉ちゃんは『はよいけ』という視線を向けてくるので後ろ髪を引かれる思いでホールへ向かった。


*********


「じゃあ、おにーさん後で電話してよ」

「え、ちょ」

「もう、照れなくてもいいから」


 毎度ながらオーダーという名の世間話兼お話相手をするとなぜかOLの皆様方と連絡先を交換する羽目に。

 もはや、断ろうにも退路という退路を断たれ仕方なく。

 ただ悲しいことにうれしく思うのが男の性というもので。

 なんとも言えない気持ちと、数店の注文のはいったオーダー表を片手にキッチンに戻ろうとしたとき


ドンッ!!!!!


「ウザい!!」


 ジョッキを叩きつけるような音と一緒に沙月姉ちゃんのそんな声が店内に木霊した。









 


 


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