第10話 side 沙月

——最悪

 

「........いってらっしゃ」

 普段は玄関まで見送るのにリビングで済ませた酷い挨拶も、朝から遊太と喧嘩になったことも。

 実際は一人で勝手にキレただけなんだけど。


 少し考えればわかることだ。遊太にだって高校生としての生活があるんだし勉強でやらかしちゃうことは少なからずあってもおかしくない。

 ただ、まさか追試を喰らうような一面があったとは。


——私に似て馬鹿なのかなぁ

 散々高校時代は生徒指導室でお世話になったのも遠い昔のように感じるが確かに覚えてはいる。

 

「いや、でも成績はいいはずだし」

 この前見せてくれた通知表も、三者面談も別に優秀ってわけではないけどそこそこいいっていう話だった気もするし


「ああー...」


ッコン!


——あっ!


 重くなった気持ちでも慣れた食器の片づけをしていれば指を、右手の薬指を最近になってできた新しい感触が襲った。


——これか...

 もはやわかりきっているが視線を落とせば見事に輝いて見せる指輪が一つ。

 

「はぁ......」


 何やってんだ。そう怒るのが正解なのかもしれないのにいまいちそんな言葉が浮かびきらないのはなんでだろう。


――――――――

『ああ、今日かい?』

「うん」

『はいよ。 カウンター空けとくね』

「ありがとうございます」


pi!


「よし」

 スマホの画面をワンタップ。通話が切れたのを確認すれば体はベットに倒れ込んでいく。

——あと三時間は寝よう!

 さっき見たスマホの時計で14時にちょうど突入したころだった。

 遅お昼になったが職業柄体内時計は夜型に近いし電話で決めたことのためにも体力を回復しないと。


「ゆうたぁまってろぉ...はぁ」

 追試だというのにバイトをするという何とも挑戦的な我が子を見るべく、眠気に体をゆだねた。


 

「よし! 完璧!」

 玄関口で姿見を見ればさっきまでパジャマだったとは思えない仕上がった自分の姿があった。

「ちょっと、若いか? いや若いし」

 買ったはいいものの機会を失っていた洋服もついに今日、日の目を浴びる。

 いつもの出勤みたいながっつりのブランド物も、ドレスみたいな衣装もガチガチセットの髪も必要ない。

 軽いショルダーに少し若いような白地に花柄のマキシワンピース。

 髪もざっとポニーテールにまとめて軽く化粧をして出来上がり。


 こうしてみればまだまだ子供だと思うのだが今はそんなことではない。

 

 スマホを見れば意外に時間は押してきている。


「待ってろ。 遊太」


 まさかこんな服を着込んでいく目的地が居酒屋とは、すれ違ったお隣のおばあちゃんも思わないだろう。


―――

「遊太君。 頑張ってたわよ」

「そーですか」

「あら、沙月ちゃん飲み過ぎじゃない?」

「そーゆーのいいですから」


 目の前でニヨニヨと笑顔を弾ませるおばさんに言われればまたジョッキに手を置いてしまう。


「あ、遊太君。 またナンパされてる」


 頭上から聞こえる言葉にものすごく興味をそそられるのだが流石にこれで反応すれば相手の思うつぼだ。

 

 お店に来て小一時間。せっかくのお休みに居ない遊太に絡もうと思ったけどあんなに忙しなく動く姿を見れば絡むこともできない。

 

――私の知らないうちにどれだけ働いたんだろう。

 ジョッキの取っ手で高い音を上げるそれのことを考えれば嬉しさがこみあげてるのだってわかる。

 いくら学生の高収入源の居酒屋も限界だってある。どれだけ働いて指輪を買ってくれたんだろう。

 

 私だって女の子だからある程度の価値はわかっているつもりだ。 

 だからそう思わずにはいられない。



 ちょうどキッチンに戻ってきて目の前でお仕事を始めた遊太に声を掛ければなんとも居心地が悪そうだ。


「いや」


——さっきまでOLさん達にナンパされてたくせに。


「ふん、せっかく遊太に会いに来たのに全然一緒にいれないじゃん」

 

 お酒の力を借りて、ちょっとした不満を言えば困ったような顔をされてしまう。

「あーん」


 だからそんな顔に手元で遊ばせていた塩キャベツを突き出してみれば今度は今度で困ったような顔をされるが、何だかんだ食べてはくれた。

 たぶん遊太は気づいてないと思うがOLさん達のフラグはへし折った。

 母親の前でナンパなんて100年早いわ!


 仕事の上りを聞けばもうすぐ。

 

 だから追加注文をかけて徐々に動きを落ち着かせだした店内。

 目の前でキッチンの遊太でもみてのんきに過ごすはずだった。


「お姉さんとなり失礼します。 あ、おにーさん俺ビール!!」

「あ、俺も!」

 

 この男たちが来なければ。

 私のオーダーをゆっくり目に作って出してくるその顔には戸惑いが見えた。

 ただいまの私は客だし、遊太は店員さん。だるいお客の相手は馴れているつもりだし大丈夫。

 しばらくしてそんな視線を向ければしぶしぶというようにホールに出ていった。


 その姿を見送れば隣でサラリーマン然の男が口を開いた。


「お姉さんはあーゆー子がいいんすか?」

「え?」

「や、学生っすよね」


 もう一人はうんうんと頷くだけだからサポートといったところだろうか。

 なんともめんどくさい。


「お姉さんこいつなんてどうですか?」

「あ、俺立候補します。」


——は?


 酔いに任せてなのか言い放つその言葉は、私の頭を一気に冷ます。

 

——ウザい

 そんな絡み方をしてくる奴よりも遊太の方が何倍もいい。それにせっかく気分が上がっていたのにもう気分が悪い。

 

「あ、お姉さん飲み物足します?」

「ほらお姉さん。 今度お買い物とか行きませんか?」

「いや、結構です。」

「そんなこと言わないで。」

「あ、その指輪。 俺もっといいの買いますから」


 適当に流すつもりだった。

 それなのに私の右手を見てチャンスと思ったのかそんな声を掛けられた。


——我慢してたのに


 わかっているのに手に持つジョッキを一気にテーブルに叩きつける。


——遊太の職場なのに


「ウザい!!」


——やってしまった。



 


 


 

 


 


 

 


 

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