第11話 ジョッキどん!
ドンッ!!!!!
「ウザい!!」
ジョッキを叩きつけた音と沙月姉ちゃんの言葉で静まり返った店内。
「おい! 流石にそれはねぇだろ!」
思い通りにいかない挙句にキレられた男はわからなくもないがその気持ちを言葉にし荒らげる。
「うっさい! マジできもいんだけど!」
「ああ!!」
それに間髪入れずに沙月姉ちゃんが返してしまえば、あとはドラマのような展開だった。
******
「ちょ! お客さん!」
こっちだって一杯いっぱいで我慢してれば沙月姉ちゃんを怒らせてる始末。
そんで俺を申し訳なさそうで見てくればこっちだって味方に付く。何より俺は今店員だ。
「うるせぇクソガキ!」
ばっと間にはいった俺がよっぽど目についたのか、沙月姉ちゃんを捉えていた視界の端から迫ってくる拳には一切対応ができなかった。
「遊太!」
酔っぱらいの一発は幸いにも本気ではなかったようで、殴られて吹っ飛んでしまうなんて言うこともなく、そこに踏みとどまったのだが
「てぇなこの野郎!」
いろいろな不満やいらつきがここで爆発してしまった。
さっきまで下手に出ていたやつに胸倉をつかまれ一気に店内が静まり帰り、いままさに
「ストップ!!!」
手を出す手前だった時、そんな声に遮られた。
声の方を見れば渚さんに引っ張られる形でいる一人の赤い顔をしておじさん。
―—セクハラ親父
まさかの人物の登場に握っていた胸倉が離れると、目の前の二人は青い顔になり
「「大河原会長」」
そういった。
「会長?」
思わずそう復唱すればにこりと笑われてしまうがどういうことだか。
「沙月ちゃん、ここは私に任せてもらえるかな?」
まさにバッと出てきた主人公のような言葉に、かっこいい大人の姿を見たのだが
「遊太! 大丈夫?」
それに一切答えず俺の顔をペタペタと心配そうに撫でる沙月ねえちゃん。
「さ、沙月ちゃん?」
「遊太? いたくない? もう好きにして!!」
戸惑った声も虚しくそう一喝されたセクハラ親父もとい、大河原会長はすっと視線を正し二人を見た。
「君らにも自由はある。 ただやりすぎはいけないな」
ついさっきまではセクハラに興じてとは思えない声音に驚きを隠せないが
「す、すいません!」
「申し訳ありません」
「あした私のところに来なさい」
「「...はい」」
二人は見事に沈んだような声になりそう答えていた。
そのあとは、店長と奥さんに時間ももうだからと返され今に至るのだが、
「遊太ぁ、ごめんね。 我慢できなかった」
「いいよ」
「ごめんねぇ」
涙交じりの言葉が耳元に聞こえれば首筋を冷たい雫が濡らしてくる。
一歩、一歩と歩みを進めるたびに背中に背負ったその重さを確かに感じる。
「遊太、お仕事なのに...」
「いいから」
「で、でも」
お店を出るときには強がって見せてもかなりの量をのんでいたのだ、少し歩けば歩幅が狭いこともわかり、もう何度目かのおんぶをすればいよいよ申し訳なさそうに泣かれてしまった。
―—あいつらコロそ。
ガキ丸出しの言葉を思い浮かべるも今は沙月ねえちゃんが最優先事項で、あの二人にはセクハラ親父が何かをするのであろう。
怖くて正体までは聞かなかったがそんな危険ではないだろう。
たぶん。
「痛かったよね...ごめんね」
「大丈夫だから」
「嘘...赤くなってるもん」
そういって俺に抱き着いていた腕を片方ほどき、頬を撫でられるが正直これでおつりが出るまである。
まぁそんなこと言ったらドン引きだろうけど。
「......はぁ」
「遊太? やっぱり痛かった?」
酔ってるからか声に力はないが心配そうなのはわかる。
痛いといえば痛いのだが。
「遊太?」
―—好きだ。
背中に感じる温もりに、酒臭いはずなのにするいい匂いとか、一生懸命俺を心配してくれるその姿が、全部好きだ。
それをこうして深く感じてしまう。
―—それに
「あ、コンビニ寄って。 遊太ご飯まだでしょ?」
「いいよ、カップ麺で」
「駄目! 一緒に食べるの!」
酔っぱらって幾分か幼くなった口調でそう言い聞かされれば、ついつい寄り道してしまうのだが
なんで沙月ねえちゃんがあそこまで怒ったのかを店長に聞いた。
聞いたというよりかは教えられたのだが。
『指輪。 馬鹿にされて怒ってたぞ。』
まさかの理由にしばらく沙月姉ちゃんをカウンターに放置していたのは記憶に新しい。
―—本当に、これじゃ諦めらんねぇよ。
今日また一つ、沙月姉ちゃんを好きな理由が増えてしまった。
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