第14話 いとおかし
「な、なんていうさ…すごかったね沙月さん」
「うん」
「えーと、あ、勉強しようか」
「おう。 なんかすまん」
「いいよ、気にしないで」
——気まずっ
目の前でいそいそと教科書を取り出して準備を始める佐奈も、
『ごめん』
メッセージアプリに送られてきた短文のメッセージも。
なにもかもが気まずさを助長している。
というかもはや俺の精神衛生が限界といってもいいと思う。
「遊太、沙月さんと仲いいんだね」
「そりゃ家族だし」
「いやウチ、家族でもあそこまではないから」
「......やめてくれ」
「うん」
会話を数個繰り広げて、教科書の問題に。
もはや思い出すだけで俺もベッドに引きこもりたくなるレベルで恥ずかしいのだが、生憎飛び込むベットもさっきまで沙月姉ちゃんが寝ていたために飛び込めない。
それに何が恥ずかしいって、沙月姉ちゃんに抱き着かれたのを佐奈に見られたことだ。
「よし! じゃあ切り替えてべんきょうしよ!」
「おう」
「じゃあ、遊太。 ここの古文ってこれでいいの?」
気を利かせて、わざとらしくそう切り出してくれ、自習用のノートだかを見せてくる。
『いとおかし(それは面白い)』
「この馬鹿!」
「はぁ!? なんでさ!」
「そんな緩いわけねぇだろ」
まさか古文でこんなことをかます人間がまだ高2でいたとは。
開幕から不安がこみあげるがきっとそれも杞憂だろう、
『やんごとない(やなことがない)』
『あたらし(あたらしい)』
『あはれ(あわれ)』
——杞憂であってほしかった。
『めざまし(おきる)』
最後の一文がとどめの様だ。
「佐奈、お前。 古文の勉強したんじゃないのか?」
目の前で、不安そうにこちらを見つめてくる彼女にそういえば、
「うん。 長文とかは頑張ったよ! 大体どんな話か教えてもらったし」
「あー」
「小松原ちゃんが、お願いだからここだけは覚えとけって言ってくれたから」
「なるほどな」
確かに昨日の放課後、小松原が言っていた気はする。
いや実際言われたことも徐々に思い出してきたのだが、あの後こそいろいろあったので忘れていた。
「てか、それなら勉強しなくてよくね?」
——小松原のアドバイスを受ければ合格点は固いだろう。
「それがさ、50点分の配点で。 あと10点分」
「意外とえぐいな
——いや、ここは50点分もらったとすればかなり優しいか。
そうなれば、俺の実質的な補習クリアは見えた。
もはや徹夜で行かなくてはいけない、なんてこともないだろう。
「ねぇ、遊太」
目の前で、本当に泣きだしそうになって俺を見てくる佐奈、
「じゃあ、やるか」
「うん!」
事実上の佐奈の対策講座が始まった。
***********
カリカリとシャープペンが紙の上を走る音。
「うーーー」
唸るような声も聞こえる俺の部屋。
『お茶もってく?』
そんなメッセージに何と返信をすればいいものか。
既読なんて機能がなければいいのに、なんて女子のようなことを思ったそんな頃合い。
pipi!!!!
「あ、」
「よっし!!!! おわたぁああ」
スマホが鳴らす電子音と共に佐奈の大きな雄たけび。
「みて! 遊太!」
「お、ちょ、勢い強いって」
「あ、ごめん」
グイッとノートを押し付けられた拍子にスマホから音がした気がするがなんだったろうか。
ただ、それよりも今は、
「ねぇ、採点してみて」
「わかったわかった」
よっぽど自信があるのか、めちゃくちゃに押してくる佐奈のノートを採点することにしよう。
『いとおかし(とてもすごい)』
『やんごとない(とうとい)』
『あたらし(すごい)』
『あはれ(かんどう)』
さっきの馬鹿丸出し解答はしっかりと、正解に治っている。
あの、全力で指導した時間を思い出せばそれだけで感動だ。
『いや、いとおかしとかマジ意味不なんだけど』
『でも仕方ないだろ』
『てかおかしって、どう考えても違くない?』
終始、文句を漏らしながらも最後までやり遂げたのはたいしたもんだ。
「よし! 大丈夫だぞ!」
「マジで!? 満点?」
「いや、70点」
「そんなぁ」
流石にこの短時間で100点をとれるなんていくことはない。
そんな学園ドラマじゃないんだし。
「ま、70あればじゅうぶんだろ」
「まー、そうだけど」
だいぶ望みはあったのか、へこんでいる佐奈を励ましつつお茶でもとりに行こうと扉の前に立てば
ガラガラ――
自動で開く扉。
そして、その向こうには
「あ、あのお茶とお菓子です......」
顔を赤くした沙月姉ちゃんがいた。
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