工房

「そちらの状況はどうですかな? 随分と苦戦しているとお見受けしますが」



 月下の本拠地。そこで冷たき瞳の男ーーアイスローズがイズルに向けて話し掛ける。



 異世界最大の戦力である月下と異世界最美を誇るヌーヴェルマリエ。



 この二つのギルドの部隊で何度もナギトたちを襲撃しているが結果は惨敗。



 被害のほとんどが末端の冒険者とはいえ、それでもその損失はあまりにも大きい。



 もっともイズルにとっては損失などはどうでも良いのかもしれない。



 こちらは巨大ギルド。ある程度数を減らされたところですぐに補充は出来る。



 彼にとって問題なのは人が死ぬよりも何度も敗北しているこの現状にある。



 「随分と上から目線じゃないか? お前があんな任務を寄越さなければこんなことには!」



 「そう怒られなさるな。そもあの作戦は女神ヘカテイアから装備品である希望ーーつまるところエルピスを回収するだけの簡単な作業だったはず。だというのにみすみす他の転移者に使われる隙を与えたそちら側にも落ち度はあるでしょう」



 「あ? それってさ……つまりこっちの作戦に落ち度があるって言いたいわけ?」



 イズルは彼の言葉に苛立ちを覚えたのだろう。怒りで顔を歪ませるとアイスローズに向けて手を広げて握り潰すような動作をする。



 そんな彼に対してアイスローズはすぐさまその場から離れる。その瞬間、彼の居た床が一瞬で粉々に粉砕されてしまう。



 もしアイスローズの反応があと数秒遅れていれば彼もまたあの床のように粉々になっていたことだろう。



 「スキル……『破壊』ですな。半径数メートルのあらゆる物体を無条件で破壊できる……厄介なスキルです」



 「お前……なに避けてるの? お前のせいで俺たちのギルドは損失を受けてんの分かってる?」



 「とはいえここで私を殺せば困るのは貴方の方でしょう。なにせ貴族を殺したのですからな……今度は損失だけでは済みますまい。それに私は貴方に協力するつもりで来たのです」



 アイスローズはこの帝国においてかなりの地位を築いている。この異世界において貴族を殺した者は極刑、それは月下の団長であろうと例外ではない。



 さすがのイズルもこれ以上争っても無駄だと判断したのか溜飲を下げて話を聞くことにする。



 「それで協力っていうからには一緒に戦ってくれるんだな?」



 「ご冗談を。そもスキルも使えぬ私に何が出来ると仰いましょうか。私が協力するのは知恵の方でございます」



 「俺のスキルを避けておいてよく言うじゃないか。何にせよ冒険者は貸してやる……もっとも失敗にしろ成功にしろそれなりの報酬は頂くがな」



 「お心遣い感謝します。して……風鈴殿と椿殿はどこにおられますかな? 今回の作戦……彼女たちのスキルが必要不可欠なものでして」



 「このベースの見取り図だ。そこに各々の部屋が書かれている。勝手に使え」



 イズルが乱雑に放り投げる見取り図を受け取ると一度だけ会釈をしてアイスローズは風鈴の部屋へと向かう。



 この本拠地は規模が多いだけあって寮のようになっており、個室の一つ一つは小さい。



 その中から風鈴の部屋の番号を見つけてアイスローズはノックをする。



 しばらくしてギィィと軋むような音と共に茶髪の女の子が姿を表した。



 「貴方は……アイスローズさん」



 「突然すみませんな。次の作戦で少々話したいことがございまして…………ん?」



 そこまで言ったところでアイスローズは彼女の部屋にいたもう一人の人物に気がついた。



 黒く艶やかな髪に宝石のような青い瞳。それは間違いなくアイスローズが呼ぼうとしていたもう一人椿の姿だった。



 「お二人はご友人なのですかな?」



 「そうだよ。今……デッサンしてたところ。椿は美人だし」



 なるほど言われてみれば確かに部屋の中には無数の絵画が飾られている。



 勿論それらは芸術家の絵画に比べればまだ程遠いがそれでもどこか才能を感じる要所はあった。



 「見事な絵だ」



 「こう見えても美術部だからね。それで私たちに何の用?」



 デッサンを邪魔されたのが不快だったのかそれとも自分達を異世界に呼び出したことに腹を立てているのか風鈴の態度はそっけないものになっている。



 だが嫌われているのには慣れているのかアイスローズは特にこれといった反応をするわけでもなく手短に作戦の概要と参加意思の有無について尋ねるだけだ。



 「私は構わないよ……というか断れないし」



 「私はどうしようかしら……断っちゃおうかなー」



 「…………それは残念です。貴方のスキル……神眼がなければ作戦は成功しませんからな。仕方ありませんが団長には彼女が不参加ゆえ作戦は実行できずと伝えておきましょう」



 「ちょ! チクる気!? 冗談に決まっているでしょ……私もあの日の屈辱は晴らしたいと思っていたのよ。貴方は嫌いだけど手伝ってあげる」



 「ご協力感謝します。では私はこれで……」



 アイスローズはそれだけ述べるとドアをガチャリと閉める。風鈴と椿は彼が閉めたドアを見ながら軽く舌打ちをする。



 デッサンの邪魔をされたのも不快だし見た目も話し方も大嫌いだ。



 それは風鈴と椿の両者ともに抱いた感想であり当然の結果として二人の話題はアイスローズの悪口へと発展する。



 彼の澄ました顔が気持ち悪いだの。物静かだから友人すら出来ない嫌われものだのとその悪口は様々だったが彼女たちにとって悪口とはコミュニケーション。



 互いに仲を深めるための会話術に過ぎない。実際それはある程度の効果があるようで二人の会話は加速度的に弾む。



 「でも意外ね。貴方ならアイスローズのこと好きになるって思っていたわ。ほら前に付き合ってた近藤くんに似てるじゃない?」



 「近藤くんは別に好きじゃないよ。ただ私の嫌いな女子が付き合ってたから取っただけだし……」



 「くす……貴方も悪女ね。どうせならヌーヴェルマリエに行った方が良かったんじゃない?」



 「ヌーヴェルマリエには男がいないでしょ。王子様がいないっていうのによくお姫様気分でいられるよあの人たちは」



 「そうね……それに貴方には神成くんもいるものね」



 「……うん」



 そこで顔を赤くする風鈴。今まで浮気をしたり色んな女性から彼氏を奪ってきたが今は違う。



 彼女には神成という彼氏がいる。今まで移り気だった風鈴にしては珍しく長く続いている彼氏だった。



 しかし正直なところ神成のスキルはあまり強いものではなく月下でも良い活躍を見せていない。



 だからこそそんな彼の為にも自分が活躍しようと椿と共にアイスローズの作戦に参加することにしたのだった。





 この異世界には工房というものが存在する。工房には鍛冶師と呼ばれる職業の人が装備を作っておりそれらの装備は市販品として売られている装備品に比べて良質な物を作ることが出来る。



 今回はヘカテイアと如月の専用装備を作ってもらう為に工房へと向かっていた。



 本来は工房のほとんどはギルドの契約によって独占されている状態であり、まだ仮登録しか出来ていない俺たちのギルドでは工房で装備を作ってもらうのは難しいのだが。



 どうやらヘカテイアは工房に心当たりがあるらしく彼女の案内通りに工房を探していた。



 「工房って本当にあるの? もう他のギルドと契約してたりしてないかな」



 「一応私のギルドの幹部の一人なので裏切ることはないとは思いますけど……」



 ヘカテイアは口ではそういうが自信はないのかその語尾に覇気がない。



 確か彼女のギルドは悪徳商売がバレてしまったせいで組員がそれぞれ分解しギルドも消滅したという話。



 つまり彼女の言っていた工房もそういった中で消えてしまった可能性もある。



 実際ヘカテイアはこの辺りだと言うがそれらしい建物は全く見当たらな……。



 「も、もしかしてだけどさ……コレじゃないかな」



 無数に並ぶ建物の中で工房らしきものを見つけたのか俺たちに声を掛ける如月。



 だがその表情は目当てのものを見つけたにしては引き吊っているように見える。



 嫌な予感をしつつ彼女の指差す方向を見てみるとそこには廃墟当然の建物がありボロボロの看板で『ベルの怠惰工房』と書かれていた。



 「こ、これは……潰れたのか?」



 「いやベルさんは元々いい加減な性格なので単に手入れしていないだけかもしれません」



 「いい加減という言葉で片付けていいものなのか……これ」



 というかそもそもいい加減な性格の奴に装備を作らせても良いのだろうかといった疑問が浮かんだが今は黙っておく。



 俺は崩れかけの扉のドアノブを回す。店として一応は経営しているのかそれとも単に廃墟だから鍵が掛かっていないのかドアノブは抵抗することなく回り俺たちを迎え入れてくれた。



 「本当にここに人が住んでいるのか?」



 扉を開けて広がったのはボロボロの景色。ゴミは散乱しており室内には埃が充満している。



 こんなところに人が住んでいるとは思えない。恐らくはここに居たベルという人物もどこか別のところに引っ越したに違いない。



 そう思って引き返そうとしたその矢先。古びた工房の奥でモゾモゾと動く怪しき人物を発見する。



 その物体を不気味に感じながら目を凝らすとそこにいたのはーー。



 「んんっ……お兄さんだれぇ~。良かったら一緒に寝る?」



 そこにいたのは新聞紙にくるまりながら眠たそうな声をあげる桃色髪の少女の姿だった。


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