奪われた命
「レイシム兄ぃはね……ずっとずっと私の面倒を見てくれたんだ。両親が早くに亡くなったから俺が両親の代わりになるんだって……」
「いいお兄さんだったんだな。俺も短い時間だけど接してて分かった……どうしてあんな良い人が死ななくちゃならないんだろう」
キメラを倒した帰り道。俺は魔物のコアを袋に抱えながらスピナの話を聞いていた。
スピナたち兄妹の両親は二人とも冒険者であるクエストを受けて以来行方不明になった。
スピナたちの両親は冒険者としての腕はそこまで高くはなかったらしいが、その分安全に配慮しており自分の身の丈にあったクエストばかりを受けていたらしい。
それは行方不明になった時も同じでそのクエストは特段危険なものではなかった。
だがそんな危険なクエストでもないのにスピナの両親は行方不明になった。
魔物のいない現実世界と違ってこの異世界では冒険者が行方不明になることなど珍しくはない。
両親がいなくなった二人に対して国は何も援助することはなく必然的に最年長である兄ーーレイシムが稼ぎ頭として働くことになった。
その時のレイシムの年齢はまだ二桁にいったばかりでまだ身体的にはクエストをこなすことは難しかったかもしれない。
それでも彼は守りたいものがあったから守るべきものがあったから今まで戦ってこれたのだ。
でももう彼はいない。誰よりも妹思いで誰よりも頑張って苦労してきた彼はもういないのだ。
俺はまだ知り合ったばかりで長年一緒にいたスピナに比べればその悲しみは浅い。
浅いはずなのに……どうしようもないほどに感情が溢れて仕方がなかった。
「すまない……俺がもっとしっかり倒しておけば…………そうすれば……っ!」
「そんなことないよ。ナギトが戦ってくれなきゃ私までやられてたんだ。ナギトは私にとってのヒーローだよ」
「スピナ……」
その一言だけで救われた気がした。俺の行動は無駄ではなかったのだと自分は役に立っていたのだと。
でもそう思えば思うほどに彼を救えなかった後悔が胸の中に大きく膨らみ続けている。
とにかくこのコアだけは持って帰らなければ……これから俺はどうすれば良いのかスピナをどうするべきなのかそれらは町へ戻ってから考えよう。
そう考えていた時だった。不意に俺たちを取り囲むように複数人の足音が聞こえた。
どうやらそれは彼女には聞こえていないようで相変わらず俯いたままで歩いている。
「スピナ……」
「どうしたの?」
「誰かが俺たちを狙ってるみたいだ」
手短にそれだけ言うと俺はスピナを抱き抱えて逃げようとする。
だけどその行動は相手にも予想済みだったようだ。俺を逃がすまいと正面から二人、さらに他の木々からもぞろぞろと鎧に身を包んだ者たちが現れる。
「これは……どういうことだ!
「ギルドの連中だよ! アイツら私たちの手柄を横取りするつもりなんだ!」
なるほど魔物を退治してコアを回収した冒険者を集団で取り囲んで手柄を奪う作戦だ。
確かに狂暴な魔物と戦うより魔物と戦って疲弊した冒険者を狙う方が利に叶っているのかもしれない。
「ギルドっていうのはいつから盗賊集団になったんだか」
「……お前…………その声……ナギトなのか」
互いに鎧を着ているからお互いの素性は分からない。だけど声を聞くことによって互いに相手が顔見知りであることに気づいた。
この声は間違いない。同じクラスにいた佐竹琴春さたけことはる。クラスではいじめっ子でもなければいじめられっ子でもない目立たないクラスメイトだったはず。
そんな普通の生徒だったはずの佐竹が盗賊まがいなことをしている事実に驚きを隠せない。
「佐竹……? これはどういうことなんだ……っ!」
「見て分からないのか? 俺たちは脅迫してんだ。クエスト用紙とコアを渡せ! そうすりゃ何もしないで逃がしてやるよ」
さすがに多勢に無勢。これでは敵わないと思いコアと紙を渡そうとする。
だけどその手を止められる。止めたのはスピナ。彼女は首を必死に振って降参するのを拒否した。
「スピナ……」
「これはレイシム兄ぃが……私たちが! 自分の力で勝ち取ったものなんだ! それを……それをこんな奴等に……っ!」
彼女の気持ちは痛いほど分かる。だがこの状況を打開するには降参が一番の選択肢だ。
だから彼女の想いを踏みにじっても降参するべきなのだろう。そう頭では分かっているのだが。
「分かった。これは君のコアだ……だから君の選択に従おう」
「ナギト……!」
そうと決まれば行動あるのみ。俺はスピナの手を引くと一気にその場を駆け抜ける。
当然それを目の前の二人が止めようとするがそうはさせない。俺は大剣を振るって威嚇して二人の間を突っ走る。
「逃げるのか! こうなったら殺してでも奪うだけだ」
佐竹の合図と共に俺たちに無数の矢が放たれる。なんとかそれを凌ぎつつ木と木の間を潜り抜けた。
この場所が森で良かった。おかげで木々が盾代わりになって矢を防いでくれる。
「俺たちは人間だ! それなのに矢を放つのか!」
「分かってないなぁ。俺たちは人型の魔物とだって戦闘をしている! エルフや獣人を殺せれば人だって殺せるんだ!」
雨のような矢の襲撃を退けて何とか逃げようとするがいくら木々を盾がわりにしているとはいえ全て避けるのは難しい。
特にスピナなんて身体はまだ幼いから整備された道を走るのは酷なのだろう。
最初は早かったスピナも次第に足がおぼつかなくなりついには転んでしまった。
「うっ……!」
「だ、大丈夫か? 何とか姿勢を戻しーー」
そこまで言った時だった一本の矢が止まったスピナに一直線で向かってくる。
俺は何とか彼女に避けさせようとするが間に合わず矢は彼女の太ももに深々と突き刺さっていた。
「あ……あぁぁッ!?」
「スピナ!?」
「大丈夫……大丈夫だから…………今は逃げないと」
「わ、分かってる。スピナは俺が抱えるから」
額に汗を滲ませながら大丈夫というスピナ。そんな痛々しい姿に思わず目を覆いたくなるがその気持ちをぐっと答えて毅然に振る舞い太ももから矢を抜いた。
町へ出れば治療だって受けられるはず。だから今はこの場から離れることが優先だ。
走る。走る。無我夢中でスピナを助けるために。やがて何時間が走ったところでようやく視界に求めていたものが映る。
後ろを振り向けばもう追っ手がいる様子もない。どうやら佐竹たちを撒くことに成功したようだった。
「町についたよ……あとはお医者さんに見てもらえば……!」
「…………」
「お、おい……?」
嫌な予感がして両手に抱えているスピナの姿をみる。肌の色は恐ろしく生気がなく目もどこか虚ろだ。
これじゃまるでーーそこまで考えて俺は考えるのを辞めた。大丈夫……きっと大丈夫……彼女は生きてるはず。
「大丈夫……きっと大丈夫。スピナは俺が守るから……守るからさ」
それはまるで自分自身に言い聞かせるように俺は何度も冷たくなったスピナに大丈夫と言って町へと帰るのだった。
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