キメラとの戦闘

 「キメラ……なかなかいないね」


 「おかしいな地図だとこの辺にいるはずなんだが」


 森をさ迷い歩くこと一時間。クエスト用紙に同封されてあった地図を頼りに進んでいるが一向にキメラは見つからない。


 勿論相手は魔物だ。当然同じ場所にずっと留まっているはずもない。


 だが魔物だって生き物である以上。彼らなりのテリトリー……縄張りがあるはず。


 クエストはそういった魔物の出現頻度が高い場所を提示してくれるのだ。


 だからキメラがこの辺にいる確率は高い。それでも見つけられないとすれば考えられる可能性は。


 「もしかしたら……転移者ギルドに狩られちまったのかもな」


 「転移者ギルドってクラスメイトがいる……」


 「そうそう! 私あの人たちちょっと苦手なんだよね。自分達が強いのは分かるんだけどさ……向こうがクエストをどんどん取っていくから私たちの分までクエストが廻ってこないの!」


 「おいおい……あんまり悪口は言うもんじゃねぇ。それにナギトだって転移者なんだぞ……仲間のこと悪く言われたら嫌だろ」


 「大丈夫。気にする必要はないさ……あんな奴ら仲間だと思っていない」


 昨今では転移者は珍しくなく魔物討伐の為に年に一回は別の世界から人を転移させているらしい。


 転移者の増加によって確かに魔物の数は激減したがそれと同時にギルド間による手柄の奪い合いが頻繁に起こるようになっていた。


 特にギルドなんて大所帯ならば下っぱの何人かに掲示板や酒場のクエストが更新されるのを待つようにして更新されると同時にクエストを入手、それを実行係が行いクリアするといった方法も取られているらしい。


 そういった方法がまかり通っている以上。ソロやパーティーレベルの小規模な冒険者は危険なクエストが旨味のないクエストを受注せざるを得なくなってしまっている。


 またクエストは民間と行政の両方によって行われているのでその二つのクエストが重なりあってしまい魔物を退治にしに向かったが既に魔物は倒された後だったなんて事態も珍しくはない。


 だから今回のクエストも転移者に先を越されている可能性が十分にあったのだが。


 「……ん? 今……鳴き声のようなものが聞こえなかったか?」


 しばらく森を歩いていると少し離れたところから獣の鳴き声のようなものが聞こえる。


 俺の言葉に二人も耳を澄ますと同じ声を聞いたのか二人ともこちらを見て頷いた。


 「聞こえたよ! キメラかな?」


 「そこまでは分からねぇが可能性は高い! 他の冒険者に取られねぇうちに急ぐぞ!」


 レイシムの言葉に頷くと俺たちは鳴き声のする方向へと向かって駆け出す。


 無数の木々が行く手を阻み、根っこが足を引っ掻けようとするけれど関係ない。


 やがてしばらく進むと鳴き声が大きくなりそれと比例してその魔物の正体が視界に映るようになった。


 その魔物はライオンの頭に山羊の身体、尻尾は蛇の頭が引っ付いている。


 それは間違いなく俺たちが求めているキメラの姿。その事実に喜びつつもすぐに気を引き締める。


 他の冒険者より先にキメラを見つけられたのは良いことだ。だが問題はこれからだ。


 俺たちは荒れた呼吸を落ち着かせながら繁みに隠れて敵の隙を伺う。


 「……とりあえず敵はこっちに気づいてないみたいだがどうする?」


 「そうだな俺とナギトの装備は一発与えればそれなりにダメージはデカイ。スピナは弓矢で後方支援を頼めるか?」


 俺は大剣、レイシムは斧でキメラの背後に忍び一気に攻めようとするが……。


 「グオォォオォオォオッ!」


 「な、なんだ……!? ぐおっ!?」


 まるで俺たちが攻めてくることを初めから分かっていたかのようにキメラは振り返ると攻撃を仕掛けたレイシムを前足で吹き飛ばす。


 更に続けてこちらに鋭い爪で襲い掛かるが俺は咄嗟の判断で大剣を盾にしてその一撃を防いだ。


 「凄い反応速度だ。そっちは大丈夫?」


 「うっ……何とか生きちゃいるが…………これは予想以上だ」


 先程の一撃でレイシムは吹き飛ばされそれなりのダメージを負っている。


 どうやら今の攻撃に反応できたのは俺だけで彼は反応できなかったように見える。


 更に攻撃を受けた状態で戦うのは厳しいかもしれない。だがそんな状況など魔物はお構いなしだ。


 次の瞬間には弱ったレイシムに接近してその巨大な爪で身体を切り裂こうとしていた。


 「は、早……」


 「仲間を傷つけさせはしない!」


 瞬時に俺はレイシムの前に立ってキメラの爪を弾いた。それによって仰け反るキメラ。


 俺はその隙を逃したりはしない。連続に刃を振るって相手に隙を与えないようにする。


 「大剣を……あんなに早く…………よし俺も援護する!」


 俺が注意を惹き付けている間にレイシムは後方へと廻って刃を振るう。


 キメラもこのままでは不味いと判断したのか一瞬で俺たちからの距離を取る。


 だがそんなキメラに対して無数の矢が降り注いだ。それを放ったのはスピナ。


 彼女はずっと相手に対して狙撃できる瞬間を狙っていたのだ。


 スピナが狙っていたのはキメラの足。あの瞬発力を止めれば勝てると判断したのだろう。


 彼女の狙い通り放たれた無数の矢のうち数本はキメラの右前足に刺さり苦悶の鳴き声をあげる。


 「グルルルル!!」


 「え? 嘘!? 早い!?」


 矢がどこから放たれているのか突き止めたのだろう。瞬時にスピナの目と鼻の先に現れる。


 そのキメラの速度にもはや彼女は固まるしかない。そんな彼女に対して魔物は巨大な口を開き補食しようとする。


 だがそれよりも早く一筋の巨大な軌跡がキメラの頭を分離させた。


 「いいやーー遅くなってた。スピナのおかげだ」


 キメラの血飛沫を全身に浴びながら俺は笑う。キメラは首を切り落とされて絶命したのかしばらくピクピクと痙攣を起こして動かなくなった。


 そんな様子を間一髪で助かったことに安堵しその後、キメラを倒したことで俺と同じくその表情は喜びへと変わる。


 「や、やったんだ……私たち…………倒しちゃったんだ! 夢じゃないよね!」


 「ああ夢じゃない。俺たちはやり遂げたんだ……みんなで……倒したんだ!」


 「やったー! ナギトぉ! ありがとう!」


 「だ、抱きつくのは……血で汚れるだろ?」


 「そんなの気にしなくてもいいのにぃ~」


 喜んでじゃれつこうとするスピナを宥めていると遅れてレイシムがやってくる。


 「しかしお前を呼んで良かった。おかげてクエストを完了できたしな……本当にありがとうな」


 そういって手を差し出すレイシム。そんな彼の手を取ろうとこちらも手を伸ばす。


 ーーだがその手が彼に届くことは無かった。


 「シャァァァァァッ!」


 「な、なんだ!? う、うわぁぁぁぁッ!?」


 突然魔物の鳴き声が聞こえたと思った瞬間。レイシムの上半身が巨大な口によって食い千切られてしまう。


 残ったのは彼の半身だけ。彼の半身はまるで作り物だったかのようにその場にごろんと転がった。


 「レイシム兄ぃ……い、いやぁぁぁ!?」


 「スピナ下がるんだ!」


 俺は半狂乱になるスピナを抱き寄せて後方へと下がる。そこには先程まで尻尾だったキメラの蛇の頭が肥大化してレイシムを補職している姿があった。


 どうやらキメラの頭はライオンの部分だけを切断しても意識があり動けるらしい。


 となればさっき動かなくなったのも死んだフリをしてこちらを油断させるためだったのだろう。


 まんまとやられたと言う怒りと同時に彼を守れなかった悔しさが胸を満たした。


 「うっ…………あ……レイシム兄ぃが…………レイシム兄ぃが!」


 「…………すまない。約束したのにな……君たちを守るって……」


 俺はスピナを木陰に置いて大剣を構える。もうレイシムは戻らない。


 その事実に目の前が一瞬真っ暗になるが今は取り乱している暇はない。


 レイシムの命を奪った魔物ーーキメラはまだ生きていて俺たちを狙っている。


 彼がいなくなった今スピナを守れるのは俺だけなのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る