女神との出会い

 「グギャァァァッ!?」


 「これで五十匹目……」


 俺は血だらけで動けなくなったオークを見下ろしながら小さく呟いた。


 辺り一帯には魔物の死体。それはEランクからBランクまで強さは様々で、麻袋にはそれらの魔物のコアが詰められており少し歩くだけでカラカラとコア同士のぶつかる音が響いた。


 クエスト用紙のほとんどはギルドの連によって粗方奪われている。


 だからこれだけのコアを集めたところでクエストの依頼が無ければ依頼料は貰えず、こうして関係のない魔物を片っ端から倒すのはあまり効率的とはいえない。


 でも今の俺は効率を求めて戦っているわけではない。自分がこうして戦っているのは強くなる為……それだけだ。


 レイシムとスピナが死んでから数ヶ月。俺はひたすらに魔物と戦う生活を送っていた。


 もう二度とレイシムやスピナのような被害者を出さないために今度は約束をちゃんと守れるように俺は強くならなければならない。


 だからこうして毎日クエストとは別に目に付いた魔物を五十匹は倒すようにしているのだ。


 勿論装備や拡張力、スキルが戦闘において大切なのは分かっている。


 だがこうして多くの戦闘を経験することで剣の腕を上げれば強敵との実力の差を埋めることが出来ると思ったのだ。


 「どのみち……これ以上の装備を手に入れるには金が足りないからね」


 キメラ討伐のクエストをクリアしたことである程度の報酬を手に入れることが出来た。


 俺は守れなかった二人に詫びながらもその報酬で新しいCランクの装備を手に入れて今は戦っている。


 Cランクの装備品からは特殊武装が付属されるようになっている。


 この装備ーー通称スモークメイルはその名の通り鎧のあらゆる箇所から煙を出すことが出来る。


 この特殊武装を使えば相手の視界を奪って攻撃も可能だし同時に逃げる時にも使える。


 煙で視界を塞がれれば矢を撃っても当たる確率は少ない。更に鎧の色も灰色にしているから煙に紛れ込みやすくもなっていた。


 「さて……今日はこの辺で帰るとするか。もう魔物もいないだろう」


 俺はカラカラと音を鳴らしながら町へと戻ろうとしたその時だった。


 遠くの離れた場所から馬の鳴き声と共に何やら言い争う声が聞こえる。


 その方向へと向かってみると甲冑に身を包んだ冒険者に囲まれている女性の姿があった。


 年齢は高校生ぐらい赤色の瞳に水色の髪、頭には三日月のアクセサリーを付けている。


 どうやら彼女は何かの輸送中らしく後ろにある馬車の荷台には布で覆ってはいるものの僅かに膨らみがある。


 この異世界では行商人の物品を奪おうとするギルドも珍しくない彼女もそういった商人で物品に目を付けられているようだった。


 「…………わざわざこんなに人を連れて一体どこのギルドなんですか?」


 「それを教えるつもりはないな。荷台にある品を渡してもらう!」


 「簡単に渡すとお思いで? こっちはSランクの装備をしてるんですよ?」


 複数人に取り囲まれた状態で女性は槍を手にしながら戦おうとする。


 場は一触即発の空気。その光景は数ヶ月前の俺たちの状況に似ている。


 もしかするとこれは余計なお節介なのかもしれない。只の自己満足なのかも知れない。


 今ここで仮に彼女を助けたところで二人を助けられなかった事実は変わらない。


 「それでも……見なかったことにするなんて……出来ない」


 この数ヶ月魔物と戦い続けたのは誰かを守る力を手に入れるため。なのにここで危険だからと逃げる選択肢は俺には持ち合わせていなかった。


 既に女性と冒険者たちの戦闘は始まっており冒険者はボウガンよりも高性能なハンドガンを持って戦っている。


 ハンドガンが使えるのはBランクより上の武装。どうやら相手もかなりの手練れで大きなギルドのメンバーらしい。


 そんな冒険者たちに対して彼女も特殊武装なのかまるで魔方陣のような障壁を展開して防御に徹しているが障壁にもヒビが入りとても勝てるようには見えない。


 「ハンドガンなのにこの威力……もしかして転移者っ!」


 「気づくのが遅かったな。転移者ってのはAランク装備でもBランク装備でもSランク以上の性能を引き出すことがあるんだぜ?」


 追い詰められる女性に対してひたすらに発砲をし続ける冒険者たち。


 俺はそんな冒険者たちの背後に接近すると発砲に夢中になっている甲冑姿の連中に剣を突き立てた。


 「がっ……!」


 「なっ……ぁぁッ……!」


 まさか背後から奇襲されるとは思わなかったのか刃によって二人の冒険者が戦闘不能状態へと陥る。


 だが奇襲が通じるのはここまですぐに俺の攻撃に気づいた残りの冒険者が銃を構える。


 「まさか援軍がいたとはな。といっても一人じゃそんなに怖くないがね」


 「……その声。まだこんなことをやっていたのか!」


 リーダーらしき紅の鎧の声に俺は怒りを込めて呟いた。この声は間違いなくあの佐竹の声だ。


 スピナを殺したギルドの連中の一人。あのときはまだ人を殺すことにどことなく不慣れ感があったが今は違う。


 まるで人を殺すことも魔物を殺すことと一緒であると言わんばかりに声が落ち着いている。


 「また会ったなナギト。わざわざ攻撃しなけりゃバレなかったのに俺たちを襲うなんてさバカなやつだよ本当」


 「どうして……どうしてそんな平気そうに話せる!」


 「…………は?」


 「お前たちの放った矢のせいでスピナは……スピナは!」


 「ありがとな。おかげで吹っ切れることが出来た。人の命ってのは気にしても仕方ないってな」


 「……貴様っ!」


 俺は煙を噴出させて周りの視界を奪おうとする。だが鎧から噴出された煙は一瞬にして突風に吹き飛ばされてしまった。


 それはどうやら敵ギルドのスキルによるものらしい。一瞬で消された特殊武装の効果に佐竹は高笑いする。


 「煙ごときではどうにもならないんだよ!」


 「煙が使えなくても……負けられない! お前にだけは!」


 俺は無数の銃弾を避けながら接近戦に持ち込む。接近戦に持ち込めば周りの敵も撃てないという判断だったがどうやらこれは正解だったらしい。


 みんな銃弾が佐竹に当たるのを恐れて銃弾がピタリと止まった。


 「接近戦に持ち込めば数の有利を減らせるって? でもな俺はこの数ヶ月で沢山の人を殺してきたんだ……誰も殺したことのないお前が勝てると思ってるのかよ!」


 「人殺しを……人殺しを誇るんじゃない!」


 刃と刃をぶつける度に腕が痺れる。やはり装備のランクが相手の方が上である以上そのパワーも圧倒的に向こうの方が上だ。


 このまま刃と刃がぶつかり合えばこちらが力負けすることは明白。


 相手のペースを崩すためにつばぜり合いになった瞬間にその足で佐竹の腹部に蹴りを入れる。


 だがそれは悪く言えば佐竹との距離を離してしまうということ。そうなれば同時に再び銃弾の嵐が襲う。


 そんな銃弾に対して俺は鎧から煙を噴出させて再び煙を出そうとするがそれに合わせるように風の転移者がスキルで煙を吹き飛ばした。


 「風鈴ふうりのバカ野郎! 今、風スキルを使ったら」


 「え……ヤバっ!?」


 「そう……ここで風なんて使えば銃弾はブレる」


 風鈴という転移者は煙を出来るだけ早く吹き飛ばそうとかなりの強風を発生させていた。


 只でさえ弾道というのは周りの影響を受けやすい。そこに強風が重なれば銃弾はでたらめな方向へと移動する。


 当然中にはこちらにも銃弾が来るが風向きの影響なのかそのほとんどが佐竹の方へと向かっていた。


 勿論佐竹の装備も俺の装備も装甲がそれなりに高いので当たりどころが悪くない限りダメージは少ない。


 だからこの作戦はあくまで佐竹を混乱させる為と周りの銃弾を止めるために使っただけ。


 勝負が決まるのは次の一撃だ。俺は地面を強く踏みしめて佐竹の間近に接近すると刃を振るう。


 佐竹は銃弾から身を守るのに必死でその反応がやや遅れる。これなら倒すことが出来ると思ったのだが。


 「……え?」


 それは雷のような電撃。刃は佐竹から放たれた光によって一瞬で粉々に破壊される。


 更に続くように別の方向から楓の風スキルのカマイタチが発射され、鎧も粉々になり気がつけば軽装だけになっていた。


 「悪いけどな! こっちにはスキルがあるんだ……負けるわけないだろう!」


 「くっ……」


 あと少しで勝てると信じていた。だけどやはり強力なスキル相手では全てが無意味。


 もはや装備品も粉々になり勝てる確率はない。結局俺は誰一人守ることが出来ないのか。


 諦めた俺に無数のハンドガンが撃ち込まれる。装備品が壊れたことでもう銃弾にも反応できない。

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