如月の目的
「ここがナギトくんの宿なの?」
フェニックスを討伐し冒険者たちの進撃を退けた帰り道。俺は如月に頼まれて自分達の宿を案内していた。
もっともこれはある意味当然のこと。いくらソテルズの入団が決まったのに互いの居場所が知らなければ連絡手段は限られてしまう。
そこでいつでも如月がこちらに会えるように居場所を教えることにしたのだ。
「なかなか豪華なところだろ? ベッドもふかふかで気持ちいいんだ」
やはりベットやサービスも良いとあって俺たちの宿はそれなりに高価なものになっている。
今となってはSランクの魔物も倒せるので収益的にはプラスだがそれまではかなりの赤字になっていたほどだ。
もっともヘカテイアは俺と出会う以前からそれなりに資金を貯めていたみたいだしエルビスの性能を知っている彼女だすぐに利益がプラスになると分かっていたようで気にしてはいなかったが。
「私も……ここに泊まってみようかな」
「えっ……! いやかなり高価なところだぞ……ここ!」
「お金は結構持ってるから。美味しいクエストとか沢山やってきたし」
「さすがはヌーヴェルマリエに所属していただけはありますね。それなりに待遇も良かったってことですか?」
ヌーヴェルマリエはやはり巨大ギルドということもあって団員はそれなりの金額を得ている。
クエストも独占しているので当たりクエストが多く俺たちみたいにわざわざ強敵を倒さずとも同額の報酬を得ることが出来た。
それはまさにぬるま湯のような世界。彼女がそんな天国のような世界から抜け出してこちらに来てくれたことに改めて感謝せざるを得ない。
「待遇は良かったかな……でもさやっぱり大切なのは待遇だけじゃないよ」
如月はそう言ってこちらを見つめる。大切なのは待遇だけじゃない。
彼女はきっと人を集団で狙うギルドのやり方に堪えきれなくてこちらの味方をしてくれたのだ。
勿論それは如月が俺の友人だったということも少なからず関係しているかも知れない。
だがそれ以前に彼女が持っている信念、正義感があったからこそこうして俺の味方になってくれたのだ。
「それじゃあ私は荷物を取ってくるから……ナギトくんは部屋で休んでて……部屋番号さえ教えてくれたら後で連絡するね」
如月の言葉に頷いて俺は彼女に部屋番号を教える。それを聞いた彼女は何故かちょっと嬉しそうにしながらも速めに合流するためか大急ぎでその場を去っていった。
そんな彼女を見ながらヘカテイアは顎に指を当てて何やら考える素振りを見せる。
「何か気になることでも?」
「気になるというよりは感心していたんです。いくらギルドのやり方が気に入らないといっても抜けるには相当な覚悟が必要です」
「それだけ彼女の正義感が強いってことだろ?」
ヘカテイアの言いたいことも理解できる。本来ギルドを抜けることは大変なことだ。
安定した収入源は無くなるしギルドによっては辞めた冒険者に対して執拗に嫌がらせをすることだってあるらしい。
そんな中で友人が狙われているからという理由でわざわざ組織を抜けてまで助けるなんて普通に考えてあり得る話ではない。
だからこそヘカテイアも最初は敵ギルドの組織だと疑っていたわけだが。
「まさか今さら彼女をスパイなんて思ってはいないだろうな?」
「如月さんの想いは本当ですよ。……だからこそ厄介と言いますか問題といいますか」
そこでヘカテイアはさっきと同じように思案顔になる。一体彼女が何を悩んでいるのか俺には分からない。
最初彼女が悩んでいるのは如月をスパイだと思っているからなのかとも思ったがこの反応からしてそういうわけではないようだ。
「……もしかすると如月さんには貴方に伝えたいことがあるのかも知れません」
「そう……なのか?」
「私は女神ですからこれまでに沢山の乙女を見てきました。だからこそ分かるんです……きっと彼女は……」
そこまで言ってヘカテイアは何故か寂しそうな顔をする。普段は人を煽ったり見下したりと生意気な表情をしている癖に今回はまるで別人のような表情をしている。
一体どうして彼女がそんな表情を浮かべるのか分からなくて、尋ねようとするがそれよりも速くヘカテイアが口を開いた。
「とにかくもし如月さんが何かを提案して……貴方がそれを良いと思ったならその提案を受け入れて下さい。私は気にしませんので」
「……正直言ってお前が何を言っているのかは分からない。だが頭の良いお前のことだ……その言葉を胸に留めておくよ」
「ありがとうございます。あと頭が良いってやっぱり思ってくれてたんですね! 普段は結構侮辱してくるのに素直じゃないなぁー」
先程の表情はどこへやら。気がつけばいつものヘカテイアの表情へと戻り再び調子に乗り始める。
そんなヘカテイアを見て思わず微笑んでしまう。確かに彼女はちょっと生意気ではあるけど……俺はそんな生意気なところが実は気に入っていたりするのだ。
どちらにしてもあんな悲しい表情は彼女には似合わない。俺は彼女の軽口を適当に流しながらもこの時間を楽しみながら部屋へと戻るのだった。
◇
「ごめんなさい。こんな時間に呼び出しちゃって」
「別に気にしてないよ」
ヘカテイアと宿に戻って数時間後。まるで彼女の予期した通りに如月からこちらの部屋に来てくれないかと呼び出された。
最初それは自身の部屋の場所を教えるためだと思ったが彼女の様子を見る限りどうやらそれは違うようだ。
今の如月はあの時の寂しそうな顔をするヘカテイアとどこか似ている雰囲気を醸し出している。
まるでこれから重大なことを打ち明けるようなそんな感じ。俺は彼女の隣にあるベッドに向かい合うように座り彼女が話し出すまで待つことにする。
何度か呼吸を繰り返したり髪をいじったりと落ち着きのない様子を見せてから彼女はようやく覚悟が決まったのかこちらに対して視線を向けた。
「あのさ……私と一緒に暮らさない?」
「一緒に暮らすっていうのは……」
「私は……ナギトくんにギルドを抜けて欲しいの」
最初にその提案を聞いたときから何となくその意味は察していた。
要するに彼女が言っているのは童話でよくあるような駆け落ちへの誘い。
今あるギルドとしての活動を辞めて二人だけで暮らそうと言っているのだ。
「ギルドを抜けるか……どうしてそんなことを?」
「ナギトくんが大切だから……ヘカテイアは弱者を救済するなんて甘いことを言っているけど私はそれが大切だとは思えない……」
「だが人々は今だって飢えに苦しんでいる。力のない冒険者は月下のような力のある者に襲われて搾取されていて今だって罪のない人々が死んでいるかも知れないんだ」
「私も……弱者だって幸せになって欲しいとは思ってる。でもそれは貴方が命を張ってまで実現しなくちゃいけないものなの?」
「……それは」
そこまで言われて気がついた。彼女が組織を裏切ったのはギルドのやり方に反対だからだと思っていた。
勿論彼女が裏切った理由の中にはそういった部分も含まれてはいるのかもしれない。
でも如月がわざわざギルドを抜けたのは俺の安全のため。彼女は初めから駆け落ちが目的でこちらに接近したのだ。
「私は嫌だよ。ナギトくんに死んでほしくない。弱者も大事だし人々を救うことだって立派だと思う。でも私はナギトくんの方がもっと大事」
「如月……」
「だからさ……私と一緒に来て。イヤなことなんて忘れて二人でずっと過ごそう? お金なら大丈夫……さっきも言ったけどそれなりに貯金はあるから問題ないよ」
彼女の言いたいことも理解できる。俺だってヘカテイアや如月といった仲間が危険に晒されるのはイヤだ。
だがヘカテイアと共にいればエルビスを持っていれば月下たちに狙われて戦いを余儀なくされる。
だから彼女は俺と一緒にギルドを抜けることで平和な日常を取り戻そうとしているのだ。
「如月……ありがとう。そこまで言ってくれるとは思わなかった。でも……ごめん……俺は今逃げるわけにはいかないんだ」
如月の気持ちは分かる。それでも俺はどうしてもこの志を捨てることは出来なかった。
だって今ここで逃げてしまったら俺は彼や彼女に顔向け出来なくなる。
あの二人が……いや今までで戦ってきた者たちの命が全て無駄になってしまう。
殺された者や殺した者たちの為にも俺はその命を背負って世界を変える必要があったのだ。
向こうとしても断られる可能性は考えていたのだろう。その返答を聞いて落ち込んだような表情を浮かべる。
「やっぱり……ヘカテイアのことが好きなの? 好きだから……」
「確かにヘカテイアの人々を救いたいという信念。その想いを俺は気に入っている……でも俺がギルドの団長として革命を目指しているのは別の理由だ」
「別の理由……?」
「…………」
今度は俺が覚悟を決める番だった。彼女は自分の想いを正直に告白してくれた。
ならば俺もまた自分の抱えている物を正直に告げるべきなのだろう。
如月に話したのは未だに心深くに刻まれているスピナとレイシムのことについて。
今でも思い出すだけで身体は凍えて震えてしまうがそれでも彼女にはしっかりとそのことを話すべきだと思った。
それを聞いて如月は震える俺を温めるように手を軽く握ってから口を開いた。
「だから……戦うの?」
「スピナやレイシムだけじゃない。他にも救えなかった命や逆に奪ってきた命がある……もしここで逃げてしまったら彼らの命は無駄になってしまう」
「忘れられないのね……だから背負って進もうとする。でもそれを繰り返してナギトくんは耐えられるの? 命の重さに……潰れるんじゃないかって私……不安で」
「…………そうだな。俺一人では潰されてしまうかもしれないな」
「だったら……!」
「でも……お前がいる。一緒に背負って欲しいんだ……俺が潰れてしまわないように」
それは心からの言葉。確かに俺一人では全ての命を背負って戦うのは難しいかも知れない。
今は大丈夫でもこれから先。命を奪った罪悪感で心が潰されることもあり得る。
でもそこにヘカテイアや如月がいてくれればどうだろうか。彼女たちがいてくれることでもしかするとこの心の痛みも癒すことが出来るかも知れないそう思っての頼みだった。
「ナギトくん……ズルいよ。そんなこと言われたら私……断れない」
「ありがとう」
「でもこれだけは覚えておいて……私はいつだって貴方だけの味方だから……もし本当に心が潰れて戦いから逃げたくなったら言ってね。その時は私が居場所になるから」
「考えておくよ」
俺はそれだけ言ってこの部屋から出ようとする。だがそれを引き留めるように如月の遠慮がちな声が響いた。
「も、もう夜も遅いし……今からヘカテイアのところに行ったら起こしちゃうんじゃない? 良かったら今日はこっちの宿で休もうよ?」
「多分だがヘカテイアは起きてるんじゃないか? アイツはお前がこの提案をすることを知っていたようだからな」
「ヘカテイアって意外と賢いんだね。分かった……彼女のところに行ってあげて」
俺は如月の言葉に頷くと部屋を出て自分の部屋へと戻る。するとそこには案の定……ヘカテイアが起きて待っていた。
待っている癖にまさか来るとは思わなかったのかヘカテイアは驚いた表情を浮かべている。
「こんな時間まで起きているとは随分と夜更かしさんなんだな」
「……ヘカテイアちゃんは夜行性なので夜には強いのです。それよりその……話の内容はどうだったんですか?」
「特に気にする話じゃないよ。ただ俺たちはヘカテイアと一緒に戦う……それだけだ」
それだけで俺と如月がどういった内容の話をしてきたのかを理解することが出来たようだ。
その言葉を聞いていつも余裕そうな彼女にしては珍しくホッとしたような表情を浮かべた。
「……そのなんて言えば良いのか。本当に良いのですか?」
「俺たちは沢山の者を失い奪ってきた。ならばその消えた命を無駄にしないためにも逃げるわけにはいかない……ヘカテイアもそうだろ?」
「……そうですね。今までに流れた血の為にも私たちは世界を変えなくては」
俺の言葉で覚悟が決まったのかヘカテイアはしっかりと頷き同時に頷き返した。
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